第304話 侯爵邸へ
フルーエ王子との面会を終える頃には日が落ち、王都の街灯にはタウロの作った商品の魔道具ランタンの灯りが灯って王都を照らし始めた。
タウロが王宮を後にすると、待っていた馬車の中にはヴァンダイン侯爵の使いが搭乗していた。
「タウロ殿、緊急のご報告が……」
「緊急……、ですか?」
「はい。騎士団からの報告でサイーシ子爵がハラグーラ侯爵の屋敷に逃げ込み、引き渡しについて揉めているようだとの事です」
「短時間で逮捕に向かったのに逃げられたのですか!?」
「どうやら、騎士団内部にサイーシ子爵、もしくはハラグーラ侯爵派閥の内通者がいた様で、騎士団がサイーシ子爵邸に踏み込んだ時にはもう、ハラグーラ侯爵邸に逃げ込んでいたようです」
「それにしては早すぎませんか?もしかしたら、偶然のタイミングでサイーシ子爵がハラグーラ侯爵邸を訪問していたのかもしれませんよ?」
「……なるほど。その考えには誰も及んでいなかったようです」
「理由はどうあれ、サイーシ子爵はハラグーラ侯爵邸に匿われているという事ですね」
「はい。いくらハラグーラ侯爵が権力者とはいえ、逮捕予定であった犯罪者を匿い続ける事は不可能だとは思うのですが……」
「わかりました。この馬車の目的地は、そのハラグーラ侯爵邸に向かって貰っていいですか?」
「え?よろしいですが、行っても出来る事は限られると思いますよ?騎士団にお任せしておくしかないと思うのですが……」
「もちろん、騎士団にお任せします。僕は僕でちょっと情報収集しておきたいので」
タウロは使いに意味ありげに答えると馬車の目的地を変更して貰うのであった。
「……タウロ殿、到着しました。ですが何を?」
「ハラグーラ侯爵邸に忍び込んで今のタイミングでしか得られない情報を得たいと思います」
「えええ!?タウロ殿。あの屋敷は天下のハラグーラ侯爵邸ですよ!?一流の警備体制を敷いているところに侵入を試みるのは危険過ぎます!もし、侵入しようと思ったら気配を完全に殺し、闇に溶け込まないといけません。その様な技は特別なスキルの持ち主か、複雑な多重魔法で精密な魔力操作の元、伝説の姿隠魔法を使えでもしない限り、無理だと思いますよ!?」
使いの男は、その辺りの知識があるのか不可能な事を指摘した。
「それでは、その多重魔法で光、闇、水の魔法を多重詠唱で発動、精密な魔力操作を行い自分の姿を消してみます」
タウロがそう言うと、馬車内でその姿がふっと消えた。
「え!?」
同乗していた使いは、目の前に座っていたタウロが一瞬にして消えた事に驚いた。
これは、『多重詠唱』能力を覚えた事で、以前から考えていた光の屈折を利用したタウロのとっておきの姿隠しの魔法である。
闇魔法でどうしても浮かび上がる輪郭を消しているのがタウロが工夫した要素だ。
水魔法は、大気に浮かぶ水分が光を屈折させるので精密な魔力操作で他の魔法と合わせ光学迷彩の役割を果たしている。
着想を得たアニメに万歳だ!
タウロは内心ガッツポーズをする。
「……ここから、さらに『気配遮断』で気配を殺せば、侵入は簡単かと」
タウロが消えた誰もいない空間から声が聞こえてくるのでさらに使いの男性は驚く。
タウロは、その使いの男性が驚く表情を見て、どうやら上手く出来ている様だと確信した。
「では僕は行って来ますね」
タウロはそう言うと、馬車の扉を開き、降りて行く。
馬車の車体がひと1人が下りた事で一瞬傾いたのが戻って、タウロが下りた事がわかった。
「……とんでもない方だな。伝説と言われている魔法を事もなげに使ってしまうとは……」
使いの男性は、透明のタウロが開いた馬車の扉が周囲から不自然に思われない様に、一度、自ら降りて御者と軽く話すと、馬車内にまた戻るのであった。
姿を隠したタウロは警備兵のいる間から大胆に高い塀を乗り越えると、ハラグーラ侯爵邸の敷地内に潜入した。
広大な敷地で屋敷までも距離がある。
タウロは身軽に石畳を選んで屋敷に近づいていった。
敷地内は、厳戒警備態勢であった。
沢山の警備兵が所狭しと敷地内を歩いている。
玄関先には、沢山の馬車が止まっていて来客が多い事がわかる。
それも、多数の貴族が今晩はハラグーラ侯爵邸には訪れている様だ。
『気配遮断』と、姿隠しの魔法で景色に姿が溶け込んでいるタウロは、丁度今も訪れた馬車から下りて来た貴族の背後に立つと、一緒に屋敷内に潜入した。
「アヤンシー伯爵、みなさまが応接室でお待ちです」
ハラグーラ侯爵の使用人と思われる男が、タウロが引っ付いていた貴族に声を掛ける。
「アレクサか。侯爵殿はどうしている?サイーシ子爵が考えも無しに、侯爵のところに逃げ込んで来たそうだが?」
「お二人は今、主の執務室で話をされています。後で、みなさんのところにお顔を出すと思いますので、みなさんと一緒に応接室でお待ち下さい」
「……わかった」
アヤンシー伯爵は、アレクサと呼んだ使用人に頷くと他の者に案内され応接室に向かう。
タウロはそのアヤンシー伯爵の背後から離れると執務室に向かう事にした。
その時、使用人のアレクサがタウロの居る空間をじっと見ている。
!
タウロに緊張が走り、息を押し殺す。
「……気のせいか。いや、まさかな」
使用人のアレクサはそうつぶやくと忙しいのか小走りでその場を後にした。
ふぅー……。
勘が良い人だった……。
うん?アレクサ?どこかで聞いた名前の気がするけど……。
それより、執務室だ。
タウロは緊張感に包まれたまま、冷や汗を拭うと執務室があるであろう2階に上がっていくのでのあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます