第62話 魔王レヴィアタンについて

 眼の前にそびえるレヴィアタン大神殿。

 何もかもが、建てたものではなく、削り出したもの。


「でかい」


 近くに来ると、そのとんでもないサイズの大きさが分かる。

 ええと、高さが二十メートルくらいあるか?

 足がすくみそうな天井の高さだ。


 俺たちが姿を見せると、奥から土色のローブを着た女性が何人も現れた。

 頭には、葉のついた枝を編んだ冠を被っている。

 彼女たちの中心から歩み出たのは、髪が白くなりかけたおばさん。


「戦士の国であるガルム帝国で、長く生きることはそれだけで尊敬の対象です」


 セシリアが教えてくれた。

 つまり、あのおばさんは凄い人だということだろう。


「ようこそ、おいで下さいました。英雄姫セシリア様。そして勇者様……!」


 おばさんが跪くと、他の女性たちもそれにならった。

 セシリアの名前しか呼んでないのは、エノアとかナディアが復活するのが、普通ありえないことだからだろう。


「出迎えご苦労」


 セシリアは彼女たちに、そっけない態度を取る。

 王や皇帝よりも立場が上の英雄姫にとって、神殿の偉いおばさんだろうが、格下であることに変わりはないのだ。


「私たちは、魔王レヴィアタンについて聞きに来ました。

知っていることを話しなさい」


「はい」


 ということで、神殿の奥へと誘われる俺たちなのだ。

 案内された場所は、神殿の最奥にある、神殿長の部屋だった。

 あちこちの壁がくり抜かれ、窓の代わりに外の光を取り込んでいる。

 それでも、やたらと天井が高いこの部屋は暗い。

 魔法の明かりが灯されて、ようやく夕方くらいの明るさになっていた。


「私が神殿長です」


 そう言ったのは、さっきのおばさん。

 レヴィアタン信仰には、教祖っていうものはいないそうだ。

 これはガルム帝国そのものが信仰の母体となっており、宗教的頂点は女帝が兼務することになっているからだ。

 あくまでこのおばさんは、神殿を預かる一番偉い人。

 

「では、魔王レヴィアタンの伝説についてお話しましょう……」


 こうして、彼女の長い長い話が始まった。

 これはスマホの録音アプリで収録してあるので、後で要約することにした。

 本来はパワハラ告発用のアプリらしいんだけど、なかなか役立つなあ。


 あまりに話が長かったので、マナはこっくりこっくり船を漕ぎ、エノアは弓の手入れを始め、ナディアはあちこち歩きまわって神殿の蔵書を勝手に広げて読んでいた。


『新しい本が増えてますわね! これはわたくしも知りませんでしたわ!』


 おいやめろマスコット。

 ちっちゃいぬいぐるみが自由に動き回ってたら怖いだろ。

 案の定、神殿の女性たちは活動するナディアを見て、がたがた震えていた。


 もう、真面目に神殿長の話を聞いているのはセシリアと俺だけだよ。

 というか俺の気を散らすようなことが起きすぎなのだ。

 集中させろー!


 おばさんの話がようやく終わったのは、もう日が傾き始める頃合いだった。

 スマホの時計を見ると、大体三時間掛かったことになるな。

 凄い。


「マナ、エノア、起きろー」


 弓の手入れに飽きて、エノアまで居眠りしていたので、二人を揺すって起こす。


「うおー……。寝ちゃってた……。無理だわあれ。うち、また聞いたら絶対寝るって自信があるもん」


 自信があってどうするんだ。

 マナは、ほわほわと大あくびをしていた。


「神殿長の話はここにまとめたから。ヘルプ機能。要点をまとめて表示できるか?」


『要点を指示してください』


「ええと……民の反応とか、ついで語られる逸話を排除して、本筋を分かりやすく」


『了解しました。編集を開始します』


 スマホが仕事をし始めた。

 これ、本来は口で喋ったことを文章に起こすアプリと連動しているんだけど、これに自動編集機能をくっつけている。

 神殿長の長い長い話が、驚くべき速度でまとめられていく。

 いらなそうな部分はどんどん切り捨てられ、魔王レヴィアタンに関する本筋だけが残される。


『編集を終了しました』


「よし、見せて。ついでにマナのために読み上げて」


『了解しました』


 表示と読み上げが始まる。

 内容は、こんな感じ。


“かつて、世界は一つだった”

“ガーデンは、より広い世界の一部であった”

“この世界には、人間に害を成す恐ろしいものが存在していた”

“恐ろしいものは人間を支配しようとしたし、その時の気分で人間を殺してしまうこともあった”

“魔王レヴィアタンは、他の魔王とともに人間を助けることにした”

“魔王ベリアルが世界を切り離した”

“魔王レヴィアタンが世界を作り変えた。大きな大地から離れても、世界がやっていけるように”

“魔王サタンが世界を守る見えない壁を作り出した”

“魔王ルシフェルが世界を管理する存在を配置した”

“こうして切り離された世界はガーデンとなり、大きな世界の上に浮かんでいる”

“ガルム帝国は、魔王レヴィアタンが眠る大地に作られた”

“世界を作り変えた母である、レヴィアタンの眠りを守るためだ”

“レヴィアタンのおわす大地は、レイルの大河を遡った先にある”


 うーん。

 要約しても長い。

 それと、ものすごく重要そうな情報がもりだくさんじゃないか?

 この世界の成り立ちに関する話だ。

 神殿長は、「あくまで言い伝えです。私に伝わるまでの間に、変化しているかも知れません」と言っていた。

 彼女からすると、お伽噺みたいな感覚なのかもしれない。

 だが、実際に黒貴族と戦い、悪魔たちと接触した俺は、この言い伝えが真実ではないかという確証を抱いている。


「恐ろしいものってなんでしょう。悪魔でしょうか?」


 セシリアは首を傾げている。 

 だけどこれは、あれの存在を知らなかった、セシリアやエノア、この世界の人々には思いつかないものだと思う。

 おそらく、天使。

 俺がいた世界でも、悪魔は人間を堕落させる存在だったけれど、人間を滅ぼす存在ではなかった。

 だけど、神と天使は何度か人間を滅ぼしかけた。

 どっちがより多くの人間を害しているかと言えば、神と天使だろう。


 ガーデンは、そいつらがいる世界の上にある。

 で、そいつらから人間を守っている、ということになるのだ。

 とんでもない話だ。


「じゃあ、一旦レヴィアタンに会いに行こう。それから俺が、色々説明するから」


『やっぱりカイルさん、何か知ってそうですわね……!』


 ナディアの目がきらーんと光った。

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