第三章
第1話 『森の狩人』
――数多の氷の弾丸が空を貫き、直線の軌跡を描く。それらは瞬く間に複数の鳥型の生物に迫り、目標の脳天を穿ち、羽毛を散らす。
あちこちで悲鳴が響き、集団は混乱に満ちる。
また一匹、また一匹と、蹴散らされていく内にこちらに飛んで来る者はいなくなり、最終的には羽音が止んだ。
それらの悍ましい凶弾を放ったのはひとりのエルフの少女。少女は森を駆ける風に白金の髪を靡かせ、得意げな顔で振り向く。
「二人とも、やったわよ! 食材を確保できたわ!」
意気揚々と胸を張った少女はそのままの足で生を絶たせたばかりのものに近づき、躊躇なく刃物を突き立てる。
そしていとも簡単に、切り込みを入れられた首が体から分離した。
「「…………」」
「ついているわね、野生のコンコン鳥に出会えるだなんて。今夜はご馳走ねっ」
いつもの甘い彼女の面影はおらず、今のフィーネはただただ美食を獲得した狩人だ。
ホクホク顔で、仕留めた獲物の首を切り取っては逆さにして木に吊るすを繰り返している。
調理された後の姿しか知らない現代人からすると、調理される前の姿を見ると嫌厭しがちだ。だが、動物を狩ることは食物連鎖の頂点たる人間にとっては避けられないことである。
比較的文明が遅れているこの世界では、全て他人がやってくれるなどと甘えたことを言ってられない。
まして俺はヴィーガンでも無いので、尚更留意すべきである。
ただ――、
「――カイ、フィーネだけは絶対に敵に回すなよ」
「……ええっ!? そんな命知らずな事できませんよ!」
「本気で怒らせたらお前もああなるから……。まあそこんとこは、信用してるけどさ」
常識を弁えているこの少年は粗相をしないと信じているが、一応、忠告しておく。
恐らく、魔法少女たるフィーネはこの中で一番の戦闘能力を持っている。決闘の勝ち負けがどうとかではなく、精神的な強さ諸々も含めてだ。
「――? 二人ともどうかしたのかしら」
と、断面から赤い血がどくどくと流れ落ちているのも臆さず、首から上が無い鳥を手にぶら下げたフィーネが首を傾げてくる。
「おい、カイ。何か言いたかったんだろ。言えよ」
「な、な、やめてくださいよイチジョウさん! ぼくは何も言ってません!」
「いーや、言った。騙せる訳ないからな」
「ぼ、ぼくに何か恨みでもあるんですか!」
脇腹を小突いて回答権の押し付け合いが始まったが――すぐに鈴を転がした笑い声が聞こえて止まる。
見ると、フィーネが口元に手を当てて笑っていた。
「ふふっ……二人とも、ますます仲良くなっているわね」
「お、おう」
「そ、そうですか?」
実際は一番年上なのは俺の筈なのに、まるでお姉さん的な振る舞いを見せてくる。
彼女には包容力と頼り甲斐があるので確かに相応しいが、
「……死体持ってる女の子が笑ったらこんなに怖いもんだな」
「……それには同意です」
この場に血みどろな光景が無ければな、とも思う。
まあこの世界でも獲物を狩ることは当然で、彼女も褒められる事をしているのだが――。
「――――」
彼女に頼りっぱなしになるのではなく、自給自足を出来るくらいにはなるべきだろう。だから彼女を見習うべきだ。
「と、それよりもこいつらも魔物なのか? いきなり奇声上げて飛んで来たけど……」
「そうよ。コンコン鳥と呼ばれる魔物の一種よ。王都で売られている焼き鳥もこの魔物のものが多いわ」
「へえ。飛べる鶏の魔物か。異世界って感じがする」
「野生に生きている魔物は家畜化された魔物より気性が荒いから、手に入れるのに手間が掛かるのだけれどね」
飛べる点と野生化している時点で鶏では無い気がするが、あまり異世界の生態系にごちゃごちゃ言っていたらキリが無いだろう。
「で、動物と魔物の違いは魔石の有無だっけ?」
「ええ。魔物の体内にある魔石は、亜人を含めた人間でいうオドの役割をして運動能力を高めるの。その影響で魔石を持たない動物よりも生存競争に勝ちやすいから、生態系は魔物が大半を占めているのよ」
「なるほど。またひとつ勉強になりました」
フィーネは俺の質問に答えながらも死んだコンコン鳥の血抜き作業をしていき、血の滴りもほとんど無くなったものから魔法で氷漬けにしていく。
どうやら、冷凍保存をしようという魂胆らしい。ちゃんとそういった正しい保存方法も知っている所も、彼女が抜け目の無い証拠だ。
「これだけのコンコン鳥がいるのなら、この近くに巣があるはずだけれど……」
俺達が手伝おうとしても止められ、ただ作業を傍観していると、フィーネがそんなことを呟いた。
――すると、待ってましたと言わんばかりに緑の精霊が出現。
主の悩みを、いち早く解決しようとする意思が伝わった。
「どうしたのかしら、セラ。――っ!? それなら、卵もあるってことね!」
緑の精霊と交信したフィーネは飛びのき、「ちょっと行って来るわね!」と言って森の中に入っていった。
「「…………」」
ぽつんと残された、俺達二人。
「……なんか、おかしい」
いつもと変わらない調子の、何気ない会話。
――なのに、名伏し難い違和感がある。
「目を、合わせてくれなかったからか……?」
俺は彼女の目を見て話をしていたのに、フィーネはこちらの目を真っ直ぐ見ようとして来なかった。
節々に、彼女の気遣いのようなものを感じた。直感的なものではあったが。
「ま、気のせいか」
「どうしたんです? イチジョウさん」
「……ん? いや、フィーネが少し変だったなって思っただけ」
「確かにフィーネリアさんは、少し変わってますよね。でもそういう所も、素敵だと思いますけど。……イチジョウさんが一番そのように思っているんじゃないですか?」
「あー、違うそうじゃない。今のは忘れてくれ」
何も起こっていないのにいきなり態度が変わるとも思えないので、きっと俺の早とちりだろう。
俺は、そう締めくくった。
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