216話 まさかの神様



 今まで感じたことのないような寒気だ。優しそうな笑顔なのに……。

 そんな初めての経験で、何かを考える余裕は無かった。


「こ……怖い……」


 口が、勝手に本音を言ってしまった。


「あ……ぅ……」

「ふふっ、そうやね。名も分からん人に、いきなりこないな所に連れ込まれたんやからね」

「……」


 すると、女性は立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。


「っ……!?」

「ふふっ、大丈夫大丈夫。わやな事なんてしいひんよ」


 びくびくする俺を宥めるように言うと、すぐ隣に座り込んだ。


「……」

「この尻尾が気になりはるん?」

「ぁ……えと……」


 女性が近くに座ったことで、今までは見えなかった尻尾が見えるようになった。腰のあたりで動く尻尾は、やはり本物にしか見えない。

 それに、耳だってそうだ。長い髪の間からは人間の耳は見えず、頭の上の狐みたいな耳しかない。


 と言う事は、やっぱり……。


「この耳と尻尾についても、合わせて自己紹介しまひょか」


 すると、女性は自分の尻尾を右手で撫でつつ、話始めた。


「ほな、改めて。うちの名は朔夜さくや。街を含めて、ここら一帯の管理を任せてもろうてた稲荷の分身……分かりやすう言ゆうたら、ここの“土地神”どす」

「え……!?」


 と……土地神様……!? 

 そ、そういえば、ここ神社だった……妖怪のことばっかりで、忘れてた……。


「この耳と尻尾は、稲荷の分身であるさかい、持ってるもんどす。妖狐という妖怪はんはうちと似てはるけれど……全くの別物どすえ」

「ぁ……そ、そうなんですね……」

「……そやから、あんたはんには、なにもしいひんよ」


 よ、妖怪じゃなかったんだ……。

 あ……あれ……? じゃあ俺って、神様に向かって色々……し、失礼なこと言ってた? 


 あれ? 言ってない? よ、よくわからなくなってきた……。


 頭の中で、相手が妖怪じゃなかった安心感と、神様に失礼な事を言ったんじゃないかという不安が入り混じった。


「ぁ、あの……」


 神様……テイルとは友達だけど、この人とは全くそんな関係じゃないし……も、もしかしたら、怒らせちゃったらこ、殺されちゃうかも……?


「……あの……」

「ん? なぁに?」

「ご……ごめんなさい……」


 若干泣きながら謝ると、朔夜さんの笑顔は驚いた表情になった。


「あらあら……もしかして、うちが神様やからって、謝ってはるん?」

「は、はい……ごめんなさい……」


 すると、彼女は申し訳なさそうに俺の頭を撫でた。


「そないにちょちょこばらんといて、かんにんえ。うちの説明が足りひんかったみたいやね」

「せ、説明……?」


 朔夜さんはうなずくと、目を閉じて、俺を撫でながら説明をしてくれた。


「そや、うちは土地神言ゆうても、今は御神木はんがここらの管理をしてはるんよ」

「ご……御神木……?」

「うん、御神木。ほら、ここらには御神木はんがふたっつもおるやろ? それまではうちがしてたんやけど、御神木はんの力が強すぎて、うちの出る幕がなくなってしもたんよ」


 御神木……って、功さんの話にあったやつだよね……神様にも、そんな事があるんだ……。


 俺が納得したような表情を見せたからか、朔夜さんは再び笑顔を見せた。


「やから、うちは今、神様なんて大そうなもんやないどす」

「……」

「姿はこんなやけど、うちの事はちょっといたずら好きなお姉さんって、思ってくれはって思えると、嬉しいんよ」

「い、いたずら……?」


 急にいたずら好きというワードが出てきて面食らう。そう言う朔夜さんは、少し茶目っ気を感じる仕草で笑った。


「ふふふっ、どうえ? うちの事、少しは分かってくれはった?」

「えと……は、はい」

「それはほっこりした。それならもう1度聞きます。……うちが怖い?」


 先ほどと同じ事を聞かれた。

 でも……今はさっきみたいに怖くはない。

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