211話 倭国の宗教



 「いいかい? あんたが最初に言った御寺は、“仙教”の物なんだよ。そんで仙教というのは……そうだねぇ、子供には少し難しいかも知れないねぇ」

「む、難しい……?」

「まぁ、分かりやすく言えば、“仙術”を世に広めた7人の仙人様を崇める宗教さね。今じゃ、倭国中に広まってるよ」

「そ、そうなんですか……」


 は、初めて聞く宗教だなぁ……。とにかく、仙人は神様じゃないっぽい?


「そんで“創神教”で信じられてるのは仙人ではなく“神様”なんだよ。身の回りで起きている事、そして自然の全てを神様が創り、管理しているって考え方さ。これは場所によって管理する神様が変わるらしいからね、その神様方を総じて“土地神様”と呼んでいるよ」

「土地神様……」


 土地神様……って事は、こっちが神様なんだ。テイルと繋がってたりするのかな?


 すると、幸恵さんは地図の上に人差し指を置いて、何かを探すように右左へと動かし始めた。


「創神教なら、お寺じゃなくて“神社”だね。この街にも神社はあったはずだよ」


 少しの間人差し指は右へ左へ動いていたが、地図の端の端で止まった。


「あったあった。ほら、見てごらん。ここに“神社”があるよ」


 彼女が指を刺す場所を覗き込むと、そのにはたしかに墨で“神社”と書かれていた。

 すると、幸恵さんはこの神社について教えてくれた。しかし、その顔は少し難しそうな表情だ。


「実はね、この神社はもう誰も寄り付かなくなっちまってんだよ。それから手入れもあまりされなくなったねぇ」

「……え? な、なんでですか?」


 だ、だって神社ってことは神様じゃないの? 神様を……その、雑に扱ってるように聞こえるけど……。


「この神社はね、何十年か前まではちゃんと信仰されてたんだけど、変な噂が立ってしまってねぇ。それに、ここらには御神木様が2本もあるんだ。土地神様としても、あまり信仰されなくなっちまったんだよ」


 功さんの話から、2本の御神木様がなんなのかはわかる。華奈さんと千年桜の木の事だ。

 でも、この神社についてはなにも聞いてなかったな……それに……。


「変な噂……?」


 それが気になる。噂に関しては俺も痛い目を見たから、その大変さがわかるけど……神社に変な噂ってどういう事だろう?


 疑問を感じて呟くと、幸恵さんは少し怒ったような表情で教えてくれた。


「ああ、あの神社には子供を拐う妖怪が出るって噂さ」

「え……!?」

「まぁ、街の男どもが何度も何度も調べて、そんな妖怪はいないって証明したんだけど……やっぱり噂の力は恐ろしいね。ここ数十年は誰も近寄らなくなっちまったよ」


 神様がいるところに妖怪って……なんだか変な感じだなぁ。子供を拐う……きっと、昔何かあったんだと思う。

 でも……神様か……もしかしたらテイルと繋がってたりするかもしれない。


 もし本当にそうなら……ちょっと行ってみたりしたいな……。


「さてと、どうだい? 他に聞きたい事はないかい?」


 考え込んでいると、幸恵さんがそう問いかけてきた。ハッと我に帰って考えるが、彼女に聞ける事で特に聞きたい事はない。


「いえ……あ、ありません」

「そうかい。街の構造も大体分かったかい?」

「はい。あの、ありがとうございます」


 お礼を言うと、彼女は笑った。


「あいよ。お礼が言えるのはいい子の証拠だ。またいつでもこの店に寄っとくれよ」

「はい」


 幸恵さんいい人だなぁ。お金があったら、またここに来るのもいいかもしれない。

 ……あ、でもここ八百屋だった。子供がお小遣い持ってくるような場所じゃなかった。


 その事実に気がついたと同時に、幸恵さんが何かに気がついたように部屋の外へ目を向けた。


「おや、お客さんだね。ちょっと失礼するよ」


 そう言うなり立ち上がって、部屋の外へ出て行った。


「はいはいお待たせだね。おや、またあんたかい」

「……」

「はは、こんな毎回真面目にお使いできてるのはあんたくらいなもんだよ。他の子は寄り道ばかりしてるからね」

「……」


 もともと声が大きい幸恵さんの声は聞こえるが、会話相手の声は聞こえてこない。彼女の言葉から、子供であることはなんとなく分かった。


「で? 今日はなにを買いに来たんだい?」

「……」

「はいはい。値段は……ま、こんぐらいだね」

「……」


 幸恵さんとお客さんの会話を聴きながら、この国のお金の相場ってどのくらいなんだろうと考える。

 ……考えてもわからないか。今度功さん聞いてみよう。


「あいよ、それじゃあ気をつけて帰るんだよ。今日は雲行きが怪しいからねぇ、昼頃には雨が降ると思うよ」

「……」

「また来ておくれよ」


 あ、お客さん帰るみたい。……そろそろ俺も行こうか。いつまでもここにいても迷惑になるだろうし。


 立ち上がり、幸恵さんが出て行った戸の方へ歩く。

 これからどこに行こうかな……神社……行ってみようかな。

 そんな事を考え、戸へ手をかけて外へ顔を出す。


 そこには幸恵さんの背中と、お客さんとして来ていた子供の姿があった。



 その瞬間、俺は固まってしまった。



「……あ、いた」


 か細い女の子の声が耳に届く。

 その声の主はあの池で俺の魔術を見た少女だった。

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