203話 忘れていた事

「して、主人様。もう1つよろしいですか?」

「え? う、うん……なに?」

「昨日の件、まだ功様にも美音様にもお話ししていないようですが……」

「……昨日の件?」


 昨日……? なんのことだろ……昨日あったことといえば、夜の美音さん事だし……。


「……あ」


 思い出した。


「魔術をみられたこと、まだ話してない……」


 わ……忘れてた……すごく大変なことなのに……。


「ぁ……ど、どうしよう……? ああ……どうしよう……!?」

「主人様、まずは落ち着いてください」


 ポチに落ち着くようなだめられるが、呼吸はだんだんと荒くなっていった。


 ど……どうしよう……な、なんで俺、こんな大事な事忘れてたの!?


 『魔法や魔術を使わない』と美音さんと約束してた。

 なのに、誰もいないからと約束をすぐに破って……それに加えて、それを見られてしまうという最悪な事まで起きてしまったのだ。


「ぅ……ぁ……」


 そのことを思い出した途端、ポチのおかげで1度は消えた“約束を破った”事への罪悪感や恐怖が再び押し寄せてきた。

 いや、むしろ昨日より強い罪悪感や恐怖を感じる。


 気づいた時には、ボロボロと泣いてしまっていた。


「ぅ……うええ……や、やくそぐ……」

「主人様、とにかく落ち着いてください」

「で……でもぉ……」

「……失礼します」


 すると、ポチが俺の事を抱きしめてくれた。


「ぅ……ぐす……」

「主人様、とにかく1度落ち着いてください」

「う……ん……」


 ポチの大きな体に力一杯しがみついた。それに応えるように、ポチも力強く抱きしめてくれる。

 少しの間、そうしていた。


「……主人様、落ち着かれましたか?」

「ぅ……うん……」


 ポチから体を離して、まだ若干流れている涙を両手で拭く。さっきより、だいぶ落ち着いた。


 ……ま、またポチに助けられちゃった……。


「ご、ごめん……なさい……また……」

「謝罪の必要はありませんよ」

「ぅ……うん……」


 ポチはなだめるように俺を撫でている。


「で……でも、どうしよう……」 

「やはり、本人に直接謝罪した方が良いかと。……もしよろしければ、私がお伝えしましょうか?」

「そ……それはだめ! ぼ、僕が……ちゃんと……」

「……分かりました」


 や、やっぱり……俺がやったことなんだから、ちゃんと俺が……。


「……どうしますか? 功様方の元へ向かいますか?」


 ……いつまでもここにいるわけにもいかないし……。


「うん……行こ……」

「主人様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫……」


 正直に言うと、全然大丈夫じゃない……けど……。


「では、行きましょうか」

「……うん」


 手を引かれて屋敷の中を移動する。

 心臓がばくばくと鳴り続けてるけど、覚悟を決めないと。


 着いた部屋には、昨日と同じ配置で食事が置かれていた。

 そこには秀幸さん、功さん、瀬音さん、そして美音さんの姿があった。


「……っ……」


 一瞬美音さんと目があった。反射的に目を逸らしてしまう。


「すみません、遅れました」

「む、ようやく来たか。ほら、座りなさい」


 促され、俺とポチはそれぞれの料理の前へ座った。

 そして、手を合わせて食べ始める。おかずは魚で、昨日の夜に食べたものよりさっぱりとしていた。


 正直、食欲はないしご飯を飲み込もうにもなかなか喉を通らない。

 しかし、それをなんとか飲み込む。こんなに苦しいご飯は久しぶりだ。


 ちらちらと美音さんの様子を見てみる。彼女はただ静かに食べ進めていて、特に変わったところはない。

 他の皆んなも、朝だからか静かに食べ進めている。 

 そんな事を考えていた時、不意に功さんから話しかけられた。


「史郎君、かいと君、ちょっと良いかい?」

「はい、なんですか?」

「……?」


 功さんの顔を見ると、少し悩んでいるような表情をしている。


「今日の予定なんだけど、俺達3人は行かなきゃ行けないところがあってね」

「それはどこですか?」

「君達にはもう話したけれど、俺達は海の向こうの国から9年ぶりに帰ってきたんだよ。で、その事を国のお上に報告しなければならないんだ」

「と言う事は……都みやこに行くんですか?」

「いや、この街と都の間に街があるだろう? そこに幕府直属の施設があるから、そこに報告しに行くんだ」


 あ、そっか。そりゃあ偉い人達に報告しなきゃ行けないよね。功さん達は王国で偉い人になったわけだし。

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