194話 倭国入国 6
とある事情により約6000文字を一度に投稿します。ご了承ください。
本編↓
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大きく深呼吸をして、小道から街へはいる。家の合間を縫って街道に出た。辺りを見渡すと、街道の先に話しに聞いていた通りの屋敷があった。
ただ、そこまでかなり遠い。屋敷に続く階段がとても小さく見えた。
「さ、行きますよ。堂々としていてください」
「は……はいっ……」
そのポチの小声を皮切りに、ついに街道を進み始めた。
出来るだけ堂々と……ど、堂々と……。
「……」
な、なんかめちゃくちゃ見られてる気がする。
周囲を目だけ動かして確認してみる。やっぱり見られてる。
なんで!? ちゃんと言われた通り堂々と歩いてるのに!
「おーい! そこの兄ちゃん達」
ここ最近で、1番びっくりしたと思う。
突然真横の建物からそんな声が聞こえ、俺の体はびくりと大きく震えた。
しかし、まだ俺達が呼び止められたと決まったわけではない。別の人を呼んだのかも……そんな淡い期待を抱きつつ声のした方向へ顔を向ける。
声が聞こえてきた建物の前には、多くの野菜が並んでおり、八百屋である事がわかった。
そして、その並べられた野菜の中央に、恰幅の良い女性が座っていた。
残念なことに、その女性の視線は真っ直ぐこちらを向いている
それを確認したら、反射的にポチの後ろに隠れてしまった。
「おや、すまないねぇ。驚かせちまったかい?」
「ああいえ、大丈夫ですよ。弟は人見知りなもんで」
「なるほどねぇ、そうだったのかい」
ポチは俺に「しっ」と合図を送ると、女性と会話し始めた。口調は普段より軽く、頭をかきながら笑うその姿は、人当たりが良い印象を受ける。
「あんた達見ない顔だね、最近来たばかりかい?」
「そうなんですよ。ちょっと事情があってこの街へ来たんですが……」
ポチはそう言うと、辺りをキョロキョロと見回した。
「話には聞いていましたが、平和な街ですね。ここ最近妖怪とか出ていないんですか?」
ポチの質問に、俺はびくりと震えた。それと同時に緊張が走る。
「はっは、この15年前の事件以来は、せいぜい河童くらいしか出てないよ。ま、あんたの言った通りこの街にいれば安全だから心配はいらないね」
女性は笑いながらそう言った。どうやら、少なくとも女の子の話しは彼女の耳には入っていないらしい。
いや、そもそもあの子が俺の事を周りに言っているのかすら分からないけど。
「そうなんですか、でも、噂で聞いてましたが、領主様は……」
「たしかに今領主様はちょっと調子が悪いけど……なに、すぐに良くなるさ。体の丈夫さであの人に勝る奴はいないからねえ」
「それを聞いて少し安心しました」
2人は互いに笑顔で話している。すると、ポチが何かを思い出した様な表情を見せた。
「あ、すいません。待ち合わせがあるのでこれで」
「ああそうだったのかい、呼び止めて悪かったね」
「大丈夫ですよ」
「あんたも、驚かせて悪かったね」
「あ……いえ……大丈夫、です……」
おどおどしつつもなんとか返事を返す。
「ははっ、ちゃんと返事できて偉いねぇ。それじゃ、落ち着いたらうちに寄っとくれ」
「それじゃあ落ち着いたらきますね」
ポチは女性に笑顔で挨拶して別れようとするが、突然女性に手を掴まれ人止められた。そして、小声で何かを伝えた。
それを聞いたポチは小さくうなずき、会釈をして歩き出した。手を引かれ、ポチの後に続いて歩く。
「ね……ねぇ……さっきの人……」
「はい、おそらくコウ様のお話にあった八百屋の女性でしょう。お話の通り、気さくな方のようですね」
やっぱりそうみたいだ。なんだか、話で聞いただけの人に実際に会ってみると、イメージと違かったりしてへんな感じだな。
「……さっき、なんて言われたの? なんだか急すぎてびっくりしたけど……」
「それは後ほどお伝えします。今は、ひとまず屋敷へ向かいましょう」
「……分かった」
何を言われたのか気になるけど、ポチがそう言うなら後でいいか。
それにしても、ポチ凄かったなぁ。
急に話しかけられたのにすぐ対応して……ビクビクしてた俺とは大違いだ。
そんな事を考えているとポチと目があった。やはり俺とは違いなんの緊張もない笑顔を返してくる。
……俺も、もう少しポチみたいになれたらなぁ。
「主人様」
ため息をつくと同時に、ポチの小声が耳に届く。何事かと顔を上げると、目の前には斜面に階段が連なる山があった。
そして、その階段の先には、先ほど遠く目から見た屋敷がある。
どうやら、目的地のすぐそばまで来てたみたいだ。
「ここを登れば目的地です」
「そ、そうだね……」
な、なんだか……遠くから見たより階段が多いような……これから登るって思うと、ちょっとしんどくなる……。
「ふむ……主人様、失礼します」
「えっ? わっ!?」
突然ポチに持ち上げられ、おんぶされた。
「な、なに……」
「主人様はお疲れでしょう。屋敷への階段は私が登りますので、おやすみになってください」
迷惑になるし降りよう……とは思ったものの、たしかにポチの言う通りそれなりに疲れている。女の子の件もあるし、地味にここまで遠かったし……。
今回はお言葉に甘えることにした。
「……うん、ありがとう」
「いえ、お気になさらず」
ポチは俺をおんぶしたまま、軽々と階段を上って行った。
「だ、大丈夫? 重くない?」
「大丈夫ですよ。むしろ直に触れ合っているので、いつもより体が軽いです」
「あ、そっか……魔力が届きやすいのかな?」
「おそらくそうです」
へぇ……触ってるのと触ってないとじゃやっぱり変わるんだ……そういえば、この前ポチが助けてくれた時も、俺が手を握ってから復活したんだっけ。
じゃあ、もっとに触ればもっと元気になるのかな?
そう思い、ポチの背中に抱きついてみた。
「おや……ふふ、ありがとうございます」
すると、ポチは少し驚いたような反応をして、くすりと笑った。
なんだか、ポチの素の反応って感じがした。
「魔力、来た?」
「はい、先ほどより供給が増えました。ずっとこうしていたい気分です」
ずっと……か。
ポチの背中に抱きついてから、妙に落ち着く。お母さんに抱っこしてもらったときとは少し違う、安心感。
むしろ……こっちがずっとこうしていたい気分だ。
しかし、残念ながらあれだけあった階段を、ポチはあっという間に登り切ってしまった。
登り切ったと言う事は、背中から降りなければならない。
「主人様、到着しました」
「う……うん」
これ以上は迷惑になる……そう思い、背中から降りる。
「功さん、到着しました。門を開けてください」
ポチが門の向こう側へ声をかける。もちろん倭国語でだ。
すると、少ししてから門がゆっくりと開き始めた。しかし、そこにいたのは見知らぬ男性だった。
ポチと同じような地味な配色の和服に身を包んだ男性で、50歳くらいの中年。
細い目で、あごのちょび髭が印象的だった。
「功君の言っていた人かな?」
「はい、遅くなりました」
男性は俺達を門の内側へ招き入れると、ゆっくりと門を閉めた。
「自己紹介が遅れたな。私は久山秀幸。現在病で動けぬ領主様の代わりに領地を統治している者だ」
「はじめまして、私は史郎でこっちは弟のかいとです。ほら」
「あっ、えっと……はじめまして」
促されて挨拶した。そういえば、今弟設定だったんだっけ。
「うむ、功君から聞いているぞ。帰国したばかりの彼らの世話をしてくれた村の者だそうだな」
あ、そう言う設定なんだ。
「ええ、まさかかの鬼殺し様のお弟子さんとは思いませんでしたけどね。いつかここへ移住したいと考えていたので、驚きました」
「今君達がここにいるのは、功君らが総一郎殿のお孫さんだからだ。彼らと出会ったのも縁だろう」
門と屋敷を繋ぐ石畳を歩きながら話すポチと秀幸さん。しかし、屋敷に入る寸前でポチと俺は止められてしまった。
「君達は屋敷へあげるよう言われている。が、すまない。出来るだけ静かにしてくれるかな?」
「もともと騒ぐつもりはありませんが……なぜです?」
「実はな……」
秀幸さんは玄関扉を開けると、俺たちを中へ入れた。そして、玄関から見える奥の部屋を指さした。
「……!」
そこには、こちらに背を向け座り込む美音さんの姿。しかし、その背は落ち込んだように丸くなっている。
その向こう側には布団が見えた。きっと、そこに総一郎さんが寝ているのだろう。
「彼女の事は先生から話だけは聞いていたんだが……まさか、あそこまで落ち込むとは……。すまんが、今はそっとしておいてやってくれ」
ポチと俺がうなずくと、秀幸さんは玄関から入って右の部屋へ案内した。そこには、功さんと瀬音さんの姿がある。
「あ、かいと君、到着したんだね」
「……はい、さっき着きました」
「ちょっと待っててくれ。今茶を出そう」
そう言うと、秀幸さんは入って来たのとは違う襖を開けて出て行った。
その場に残され、なんだか気まづい雰囲気がただよう。
「あ、あの……総一郎さん……」
「……俺も驚いたよ。でも、総一郎さんはきっと元気になるから、大丈夫」
功さんは笑顔で言った。
「かいと君、その服似合ってるよ」
「ぁ……ありがとうございます。これ、すっごく動きやすくて良いですね」
「最近この街でも、服とか色々な物を作るようになったそうなんだよ」
功さんが言うには、この街はここ数年で飛躍的に進歩したらしい。道場とか建物も沢山増えたそうだ。
すると、瀬音さんが功さんと会話している俺を不思議そうに見てきた。
「かいとさんって……そんなにすらすらと倭国語を話せるんですね」
「え……」
「あ、いや……本当に話せるか疑っていたわけではなくて……」
「大丈夫です」
俺が倭国語を話せるのは、テイルから貰った“言語理解”っていう加護のおかげだけど……やっぱり、それを知らない人から見たら、かなり変なんだろうな……。
加護のことは功さんどころかお母さんにも話してないし……。
この事を知っているのはポチだけだ。あ、でも功さんはなんとなく察してるかもしれない。
「えっと……」
瀬音さんにはなんて説明したらいいんだろう……。
「私と一緒に勉強したんですよ」
瀬音さんにどう説明しようか悩んでいたら、ポチが一言そういった。
「あ、そうだったんですか?」
「はい、私は王城内にある資料室で、過去の貿易の際に使われた翻訳本にて学びました。そして、主人様には恐れ多いながらも私が指教させていただきました」
「え……倭国へ行くことが決まってからの短期間でですか!?」
「ええ、主人様は特別ですからね。その件については、あまり触れないでいただきたく」
「ぁ……」
瀬音さんが「やってしまった」と言いたそうな表情でこっちを見る。それに対してどう返したら良いか分からず、とりあえず微笑んでおいた。
ポチの話……後半は嘘だけど、前半はほんとなのかな……? だとしたら、たった数日で倭国語を完璧に話せるようになったってこと?
たまにポチの凄さに驚きが追いつかない。
「えと……す、凄いですね……私、王国の言葉を話せるようになるまで半年かかったのに……」
「それは人それぞれですよ。私の場合は父上様にお休みをいただき、文字通り一日中資料を見ていましたから。瀬音様は王国での仕事と両立していたのでしょう? それでもきちんと話せるようになったことは素晴らしい事ですよ」
ポチのフォローを受けた瀬音さんは、少しの間固まってから照れ臭そうに頭をかいた。照れてる瀬音さんは久しぶりに見た気がする。
「待たせたな、茶が入ったぞ」
すると、そこに秀幸さんが戻ってきた。手に湯呑みが乗ったお盆を持っている。
「この茶は功君たちが他国へ渡った後、この街で作られ始めた茶だ。今やここの特産品にもなっているんだぞ」
「そうなんですか、俺達が出て行った後に……」
功さんはが湯飲みを受け取り、茶を口へ運ぶ。
「……! 美味しいですね。何茶ですか?」
「玄米茶だ。この町で作られる玄米茶は、他のと比べて香ばしい香りがより良くなっている。ほら、君たちもどうだ?」
秀幸さんに促され、お茶の入った湯飲みを手に取る。中には緑色のお茶が入っていて、薄く俺が映り込んでいた。
玄米茶? って言ったっけ……日本のお茶ってあまり飲んだ事ないなぁ……。
そんな事を考えながら、一口飲んでみる。
「……!」
さっぱりした味わいに、なんだか香ばしい香りが合ってとても美味しい。苦いのは苦手だったけど、このお茶は凄く好きだ。
この香ばしい香りって……やっぱりお米なのかな? 玄米茶って言ってたし、きっとそうだよね……。
ふいに1つの記憶が蘇った。
1度目の人生で、おにぎりを食べた記憶。それが最初で最後だったけど……。そして、それは顔も忘れた母親から貰ったような気がする。
「……」
なぜ今になってこの事を思い出したのかは分からない……が、急に家族が恋しくなってきてしまった。
「かいと」
「……? わっ」
名前を呼ばれたと思えば、ポチが抱き上げてきた。俺を膝の上に乗せ、片腕で体を包む様に抱きしめてくる。
「ん? かいと君どうかしたかい?」
「あーいえ、この歳で親元を離れたもんですから、少し寂しくなってしまったみたいなんですよ」
「なるほどね」
功さんの質問に、ポチはいつもより軽い雰囲気で答えた。秀幸さんがいるからだろう。それに対して、功さんは何事なかった様にしている。
きっと、事前にこんな感じで行くと話していたのだろう。
「……ポ……」
「史郎兄ちゃんがいるから、安心していいぞ」
あ、そうだった……ここでは史郎って名乗ってたんだっけ……。危なかった。
「ふむ、かいと君はまだ親離れ出来ていないのか。年齢は?」
「9歳です」
「……まぁ、中にはそのような子もいるだろうよ」
この国だと、9歳は既に親離れしてるの?
「うちのかいとは少し色々あって、まだ親離れ出来ていないんですよ」
「ご……ごめんなさい……」
「いや、人それぞれの事情がある。別に批判する気はないから安心していいぞ」
なんだか……精神的に弱すぎて、申し訳ない気持ちになって来る。
「よし、ならば今夜は宴会にしよう」
「……え?」
突然の提案に、疑問の声が上がる。
「まぁもとよりそのつもりではいたがな。なにせ、功君達がようやく帰ってこれたのだ。祝わぬ道理はない」
すると秀幸さんは、総一郎さんが寝ている部屋の方を一瞥して続けた。
「もしかすると、先生が大事にしていた功君達の騒ぐ声が聞こえれば、目を覚ますんじゃないかと思ってね」
「な、なるほど……」
功さんは少し考える様子を見せた。正直なところ、俺もその提案は答えに困る。
病人がいるのに、楽しいことしてもいいのかな?
「あたしは賛成よ」
「え?」
突然、隣の部屋からそんな声が聞こえた。そして、襖が開いて美音さんが現れる。
しかし、ふすまの前から動こうとせず、立ったまま話始める。
「美音?」
「秀幸さんの提案に賛成って言ったのよ」
強い口調で言う美音さんの目は赤く充血して、涙袋は腫れていた。表情も、どことなく悲しそうにも寂しそうにも見えた。
「おじいちゃんは子供のはしゃぐ声が何よりも好きだったわ。あたし達は子供って年齢じゃないけど……」
「……」
そう話す美音さんは誰とも目を合わせようとせず、虚空を見つめていた。
「……美音……」
「……とにかく……今夜はお酒が飲みたいの……」
美音さんはそう言い残し、部屋を後にした。その場に残った俺、ポチ、功さん、瀬音さん、秀幸さんの5人に静寂が訪れる。
その静寂の中、最初に声を出したのは秀幸さんだった。
「……とにかく、今夜は祝いだ。街の者に料理を作らせよう」
秀幸さんはそう言って部屋を出て行った。その場に残されたのは4人。
「み、美音さん……大丈夫ですか……?」
「……美音は強いからね。きっと大丈夫さ」
功さんは笑って俺の頭を撫でた。しかし、すぐに心配そうな表情で、美音さんが出て行った方を向いた。
「き……きっと、美音さんなら大丈夫ですよ! あ、あの人程強い人なんて、そうそういませんから!」
「……」
瀬音さんの励ましにうなづいて答える。
きっと……功さんの方が美音さんを心配してるけど……やっぱり、心配だ。
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