176話 コウの過去 39
親玉が喚いている間、功を襲っていた河童達の動きは止まっていた。その隙に、近くにいた河童の皿を叩き割り体制を整える。
「……!」
その様子を伺っていた功に緊張が走る。
一頻り喚いた親玉が功を鋭い目で睨みつけだと思うと、ゆっくりと前にで始めたのだ。
おそらく、たった1人という獲物を狩れない子分達に痺れを切らし、自らが獲物を狩ることにしたのだろう。
今まで相手にした河童とは、体の大きさも、筋肉量も違う河童を目の前にし、固唾を飲み込む。
自分よりやや高い背丈、しかし大きく曲がった猫背の体に汚らしい緑色の肌。それらは、他の河童とは違う嫌悪感を功に抱かせた。
その違いは、より強い恐怖心が入り混じったこと。
それを感じつつも、功は木刀をより強く握りしめた。
不快でもあり、恐怖を感じさせる鳴き声と共に、親玉が功へ攻撃を仕掛ける。
振り下ろされた鋭い爪を紙一重で躱し、親玉の胴へ木刀を叩きつける。だが、今まで相手してきた河童とは比べ物にならない固さと質量だ。まるで効いていないように見える。
防御、躱す、打ち込むを繰り返す。しかし、その河童の強靭な肉体を打ち破ることは出来ない。
急所である頭の皿を狙おうにも、河童の背が高く狙うことができない。
「きゃあああ!!」
その時、美音の悲鳴が響く。反射的に彼女へ目を向けると、そのすぐ近くに1匹の河童が迫っていた。回り込まれてしまった。
「っ!!」
とっさに持っている木刀をその河童目掛けて投げつける。回転しながら飛んだ木刀は、その河童の頭部に命中した。
河童が倒れるのを確認し、ほっとする功。だが、その隙をつき親玉が功の背へ蹴りを入れ込んだ。
「ぐぁっ!!」
「功君!」
地面へ倒れ込んだ功の背に、親玉がのしかかる。ずっしりと重いその重圧が功を苦しめる。
この状態に、勝利を確信したのか親玉は嘲笑のように鳴いた。
木刀は投げしまった為に手元には無い。美音に取ってもらうにも、今の彼女は動ける状態では無い。
何か反撃できないかと周りを見渡す。
「っ!」
すると、手の届く位置に1つの赤く染まった石がある。美音を心臓マッサージしていた直後に使った、拳よりやや大きめの石だ。そのすぐ近くには、頭部がめちゃくちゃになった河童の死骸がある。
「あああっ!!」
一か八か、その石を掴み全力で後ろへ腕を振った。
鈍い感触が手に届く。のしかかっていた重圧がふっと軽くなった。
親玉の体のどこかへ石が命中した。それを認識したと同時に、思い切り体を起こした。
背後からドシンッと地面に重いものが落ちる音が鳴る。即座に振り向き、石を両手で持って振り上げた。
目の前には尻餅をついた親玉の姿。それを確認したと同時に、ありったけの力を込めて石を振り下ろした。
親玉はそれを防ごうと左腕を突き出す。しかし、振り下ろされた石が命中し、その腕は大きくひしゃげる。
叫ぶ親玉へ馬乗りになり、何度も何度も石を叩きつけた。
どこに当たったかはよく分からない。ただひたすらに叩きつける。
だが、親玉はなかなか息絶えない。それどころか、功の脇腹へ掴みかかった。鋭い爪が突き刺さり、激痛を感じる。
「あああっ!」
痛みを耐え、再び石を振り下ろした。
その瞬間、掴んでいた石が崩れるのを感じる。幾度となく叩きつけた石は、粉々に砕けてしまった。
「っ!!」
武器を失い、一瞬ためらう。……が、諦めなかった。
左手で河童の首を押さえつけ、右手を高く振り上げ拳を握る。今まではひたすら石を打ちつけたが、今度は一点に狙いを定めた。
「おおお!!!」
振り上げた右手を、全力で皿目掛けて振り下ろす。
硬い物を叩き割った感触の直後に、生暖かい物へ手がめり込む感触。
それを功が感じると共に、親玉は動かなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
動かなくなった親玉の上で、呼吸を整える。
周囲からは、河童達の困惑したような鳴き声が聞こえてきた。
そんな河童達へ視線を向ける。
ゲッ!? ゲッゲッゲッ!!!
そんな鳴き声を残し、河童達は逃げ去っていった。遠くからは、水へ次々に何かが飛び込んでいく音が聞こえてくる。
「こ……功……君……?」
背後から弱々しく名を呼ばれた。そちらへ目を向けると、心配そうに美音がこちらを見ている。
「はぁ……はぁ……」
そんな彼女へ功は笑顔で言った。
「言ったでしょ……? 守るってさ」
「っ……!」
美音の目から涙が溢れ出す。そんな彼女の元へ、功はふらつきながら歩み寄った。
たどり着くと、弱々しくではあるが、美音に抱きしめられる。
「良かった……良かったよぉ……」
「うん……ぐっ……ふぅ……美音ちゃんも無事で良かった」
痛みを耐えつつ、返答を返す。すると、ハッとした美音が体を離した。
「あ……だ、大丈夫? ごめんね……」
「いや、大丈夫だよ。それよりも、多分美音ちゃんの方が重症だからね」
「ううん、さっきより痛みは引いたよ。……ねえ、功君」
「なに?」
「……」
互いの体を心配し合う中、何やら美音の様子が変わる。突然もじもじしだし、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「……どうしたの?」
「あのね……えっと……」
「……?」
「……すごくかっこよかった。本当に……ありがとう」
「……!」
微笑んで礼を言う美音。功は一瞬動きを止め、照れ臭そうな表情をした。
「いや、お礼を言いたいのはこっちだよ。だけど、今はここから離れなきゃ。街に帰ろう」
「うん……あっ、でも今街は……うぅ!?」
立ち上がろうとした美音が、痛みを感じてうずくまる。いくら普通に会話できたとしても、今の彼女はあばらが折れている。
「無理しないで。俺が街まで連れて行くからさ」
「……うん……ごめんね。おねが……」
「……たくっ! こんな事なら来るんじゃなかった!!」
その時だった。
河童達が去った方と逆の方面から、声が聞こえた。
「っ! ……しーっ……」
「……! ……!」
「糞人間共が……ああっ畜生ッ!!」
木を蹴り倒したような大きな衝撃音が響き渡る中、とっさに息を殺し、木陰へ隠れようとその場から動く。
しかし、時すでに遅し。その声の主が姿を現した。
「うお!? なんだこの河童共の死体……ん? そこに居るのは人間の子か?」
「……!」
見つかってしまった。
その姿は到底人間では無い。体躯は河童の親玉よりも大きく、人間の大人ほどある。
決して筋骨隆々では無いが、一般男性ほどの筋肉量。頭には3本のツノがあった。左手には長い刀が握られている。
その姿から、鬼であると予想できた。
しかし、何より1番目を引いたのは、右肩から先がない事だ。切断されたように見える断面は赤く染まっている。
鬼がニタリと笑った。それを見た2人は背筋に寒気を感じる。
「ちょうどいい。憂さ晴らしにお前らと遊んでやる」
「っ……!」
刀を2人へ向け、ニヤニヤと笑う鬼。
一難去ってまた一難。再びその場に強い緊張が流れた。
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