166話 コウの過去 29


 

ー 森、御神木前。


 月明かりが雲に遮られ、薄暗く不気味な雰囲気を漂わす森の中、功と華奈は話していた。

 そして、彼女から伝えられた真実に、彼は驚きを隠せない。


「え……!? じゃあ……妖怪が人を襲うのって……」

『ええ、そうです。意味なくして人を襲う妖怪は居ませんよ』


 華奈から伝えられた、妖怪が人を襲う理由。それは、主に“報復”であると言う。


『妖怪の多くは、人間に住処を奪われ、親族を殺された事に怨みを持っています。その中でも特に多いのは……』

「……多いのは……?」

『“子”を殺された怨みです』


 聞くと、“妖怪”は人間の子供を襲うことが多いそうだ。子供達が遊んでいる時、森に迷い込んだ時、そして村が襲われる時も、子供が真っ先に狙われる。


 しかし、それに対して“人間”が妖怪にしてきた行為はどうだろうか。

 住処のある山を焼き討ちし、親がいない隙を見計らい子供の妖怪を殺している。



 “自分たちの子供を拐われたり、殺されれば、どんな生き物でも怒り狂うだろう”。



 無力な子供を狙うほど、効率の良い勢力の削り方は無い。しかし、それと同時に子供を殺されたという事ほど、哀しく辛く、そして怒りを感じる事は無いだろう。


『長い間、妖怪と人間は互いの子孫を葬り合い続けていました。そして、互いに我が子を殺された怨みを抱き、戦い続けています』

「……」

『ですが……彼等は互いを……いえ、“同じ思い”を抱いている事を理解しようとせず、『相手を敵』としか評価せずにいるのです』


 大切な我が子を殺され、“敵”を怨み、報復する。そしてさらにその“敵”が怨みを持ち、“敵”へ報復する。

 まさに負の連鎖。それがこの国で起きている悲しい現実だった。


『貴方の先程の問いに答えます。なぜ私が人間の味方をしないのか……そして、妖怪は“悪者”なのでは無いか……』

「……っ」

『その答えは単純です。“どちらも加害者であり被害者であるから”……ですね』


 もし、功がこの世界で生まれ育ったのならば、この理由には納得していなかっただろう。しかし、妖怪とは無縁の現代社会で生きていた功は納得していた。


 学校で習う事柄には、過去に起きた戦争を学ぶこともある。その学んだ戦争で共通しているのは、互いに互いの正義をかざしている事。


 互いの正義をかざした結果、相容れぬ相手を“敵”と見なして戦争が起きる事を勉学を通じて知った。

 この国も、それと同じだ。


『ふふ……見損ないましたか? 私は貴方と親しくしていますが、人間の味方ではありません。もちろん、妖怪の味方でもありませんが』

「……なんで、見損なったと思うんですか?」

『おそらく、見方によっては貴方の思いを裏切った形となっているでしょうからね』


 華奈は、真実を伝えた事で悲観的になってしまっている様だ。

 しかし、功はそうは思っていなかった。


「そんなことありませんよ。……たしかにショックは受けましたけど、俺なりに華奈さんの立場は理解しているつもりですから」

『……そうですか?』

「はい。それに、俺は別の世界から来ましたし……華奈さんのどちらも加害者であり被害者って言う考えは、理解出来ます」


 この世界の人間じゅうにんとして生まれ育ったのならば、もしかすると理解出来なかったのかもしれない。

 しかし、一月ひとつきほど前に突然この世界に来た功は、“常識”に染まる前に“現実”を知り、理解することができた。


『……そうですか。ありがとうございます』

「いえ……」


 しかし、いくらこの現実を理解出来ても、やはり馴染みのある方が大切なのは変わりない。


『……街が心配ですよね』

「……はい」

『そうですよね。しかし、おそらく心配は要りませんよ』

「……え?」


 怪訝そうな表情を見せる功に、華奈は続けた。


『街の領主の総一郎さん、居ますよね』

「は、はい」

『彼が“鬼殺し”と呼ばれているのはご存知で?』

「鬼殺し……?」


 突然物騒な異名を話題に出され、面喰らう功。


「……そういえば、美音ちゃんと八百屋の人が……」


 どこか聞き覚えのある異名。記憶を辿ると、確かに彼は時々そう呼ばれていた。


「『おそらく、彼がいれば今夜の戦いは人間の方々が勝利するでしょう』

「そ、そうだって言い切れるんですか?」

『はい。そうですね……鬼を倒している侍は、彼以外にも多くいます。では、なぜ彼がその幾多の侍達を差し置いて“鬼殺し”と呼ばれているのか、分かりますか?』

「え……いや……」

『答えは単純です。彼が他の誰よりも、鬼を倒しているからです』


 この倭国と言う国には、妖怪を倒す事を目的とした“侍”が数多く存在する。もちろんその中には有名な者も、そうでない者もいる。

 しかし、全ての侍の目的は一致している。


 それは、妖怪を統べる鬼達を倒す事。


『鬼と呼ばれる方々は、九尾などの一部の妖怪を除く、ほぼ全ての妖怪の頂点に立っています。鬼は個々実力はもちろん、知能もかなり高い存在。妖怪達からは崇められ、人間達からは畏怖の目で見られています』

「……」

『そんな鬼を倒す事を目的としている多くの侍達から、“鬼殺し”と讃えられているのです。どれだけ凄いか、分かるでしょう?』

「……はい。なんとなくは……」

『それに、彼は妖怪からも恐れられるほどの実力者なのですよ』

「そうなんですか……?」

『ええ、その証拠と言ってもなんですが、妖怪の方々からも異名をつけられています。それは……』



 ー 道場


「最後ノ忠告ダ。ソノ幼子等ヲ差シ出セ」

「……断るっ……!」


 ほとんど崩壊した道場の前に、膝をついて頭から血を流す秀幸の姿があった。

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