118話 誘拐 4


 顔をしかめている男の顎を蹴り上げた。その拍子に、胴体を掴んでいる手の力が緩む。

 そこへ手をかけて、こじ開ける。拘束はいとも簡単に解け、俺は地面へ着地した。


 間髪入れず、男の股間を全力で蹴り上げた。

 男は股間を抑えて、悲鳴を上げながらその場にうずくまった。それを見下ろす。


「っっっ!! な、なんなんだテメェは!」


 男は股間を抑えながら、顔をこちらに向けている。


「テメェのせいであのメスエルフは、酷い目にあってるんだぞ!? 変態貴族に売られちまったんだぞ!? なんで絶望してねぇんだ!!」


 その様子を見下ろしながら答える。


「絶望しても……意味は無い」


 リティアさんは……俺を守ってくれた。それに対して、『絶望』はなんの恩返しにはならない。

 だから、なにがなんでも、絶対に、必ず助け出す


 彼女が酷い目にあっているのは俺のせい……それは、否定できないかも知れない。


 だから、助け出した後に謝るんだ。


 お母さんにしたように……ちゃんと目を見て、気持ちを込めて。


「それに……『絶望』なんて」


 男へ向け、枷の付けられた両手を振り上げた。


「もう、忘れた」


 1度目の人生。2度目の人生。それらの悲惨で苦しかった過去。常に『絶望』に取り巻かれていた記憶。


 もはや、感覚が麻痺して『絶望』の感覚など忘れてしまった。


「うぁぁぁぁああ!!!」

「なっやめ……」


 叫び、全力で振り上げた両手を男へ振り下ろす。

 床に亀裂が入り、赤い液体が視界を覆った。


「はぁ……はぁ……」


 息切れをしながら、足元の亀裂の中心となる穴をを見下ろす。男はもう動いていなかった。

 ふと、両手が自由になっている事に気がつく。叩きつけた時に、枷は壊れたようだ。


「……はぁ……はぁ……」


 無事、“身体強化”をかけることが出来た。これで、多少は戦える。

 しかし、枷が壊れるような衝撃でも、腕にはめられた魔道具は無傷だった。


 どうにかしたいが、とにかく今はリティアさんを助け出さないと……。


「アニキ! なんの音ですか!?」

「っ!」


 音で気付かれてしまったようだ。声からして、おそらくさっきのもう1人の男。

 とっさに飛び退き、ドアの横へ立った。


「失礼しやす!」


 ドアが勢いよく開く。俺は開いたドアの影に隠れた。


「……アニキ? なっ!?」


 その男は、部屋全体に広がる亀裂の中心へ走っていった。その後ろを足音を立てぬように追いかける。


「いっ……一体なにが……」

「動かないで」

「っ!?」


 男の腰に携えてあったナイフを抜き取り、首へ押し当てる。ナイフに一滴の血が流れた。


「わ、分かった! 動かない!」

「……質問に答えて。まず、ここの出口はどこ?」


 魔術が使えない以上、戦闘は避けるべきだ。

 出来るだけ見つからないよう、壁を破壊するのはやめておこう。


「そっそこのドアを出て、右にまっすぐだ! 1つだけでかいのがあるから、すぐに分かる!」

「……分かった。じゃあ、リティアさんはどこに連れて行かれた?」


 これが1番大事なこと。これが分からない限り、たとえ戦闘を避けたくてもここから出る気はない。


「リ……リティア……?」

「僕と一緒にいたエルフの女の子」

「……っ」


 リティアとは誰なのか。それを理解した男は、黙り込んでしまった。


「早く答えて!」


 ナイフを握る手に力がが入る。


「す、すまねぇ! どこに連れて行かれたのかは分からねぇんだ!」

「……っ!」


 ……くそっ……どうすれば……。


「で、でも……ドアを出て左にまっすぐ行った突き当たり。そこに、騎士団長の旦那の使ってる部屋がある。さっき色々紙を持ってたから、もしかしたらその中に……」

「……!」


 ……その中に、リティアさんの行き先が書いてあるかも知れない! だとすれば、今すぐ行かないと!


「……分かった。お前はもう用済み」

「っ!!」


 男の首へ、さらに強くナイフを押し当てた。


「頼む! 命だけは見逃してくれ! 絶対にあんたの邪魔はしねぇから!」


 男は両手の指を交差に組み、命乞いをしてきた。その体はガタガタと震えている。


 ……こいつは、最初俺の味方をしてくれてた。……悩んでる暇は無い。


「この部屋の外で見たら、容赦しない」


 そう言い残し、俺は部屋から出て行った。




 ドアから出て左の突き当たり……あれか!


 男から聞いた情報を頼りに、建物内を進む。

 途中で分かれ道がいくつかあったが、アルフレッドが使っていると言う部屋のドアを見つけた。

 さっきの男の話ぶりから、まだここにいると考えられる。


 しかし、同時に不安に襲われた。

 あそこに殴り込んだとして、どうすればいい?


 武器は、今手に持っている小さなナイフだけ。

 それに対して、あの中にアルフレッド1人とは限らない。部下の騎士だっているかも知れない。


 身体強化をかけて素早く動けるとはいえ、相手は腐ってもこの国の騎士団長だ。必ず勝てるとは限らない。


「っっ!!」


 いや、悩んでる暇は無い! ドアを開けたら、スピード勝負で全員倒してやる!


 腹をくくり、ドアへ走り出したその瞬間だった。


「ぐわあああああ!!」

「っ!?」


 突然、向かおうとした部屋から男性の悲鳴が響き渡った。慌てて足を止め、物陰に隠れる。


 なっなに!? なにが起きたの!?


 部屋からは、未だに叫び声が聞こえてくる。

 しばらくすると、悲鳴は1人分のみになった。


「……?」


 物陰から顔を覗かせて、様子を伺う。

 すると、突然ドアが勢いよく開いた。


「っ!?」


 とっさに物陰に隠れなおす。


「たっ助け……助けてくれぇ!」


 何かを引きずる音と共に、男性の助けを求める声が聞こえた。

 再び顔を覗かせると、騎士の格好をした男性が先にある曲がり角へ引きずられていくところだった。

 その引きずって行った人物は見えなかった。


 見えたのは、騎士の襟首を掴んでいた手首だけ。それだけでは、それが誰なのかは特定できない。


「な……なんだったんだろ……っ!?」


 部屋のドアは乱暴に開けられたからか、破損してしまっている。

 そこから部屋の中がみえたのだが、それは遠目のここからでも分かる程、酷い惨状だった。


「……っ」


 あの騎士を引きずって行った何者かが、やったのだろう。 

 しかし、怖がっている時間はない。部屋の中に動いているものはいない。

 リティアさんの行き先を調べるには、今しかない。


 部屋へ向かって走り出す。

 騎士が引きずられて行った曲がり角を確認するが、赤い液体が引きずられた跡になっている事しか分からなかった。


 部屋の中へ飛び込み、ナイフを構える。

 しかし、やはり複数人分の遺体と赤色が目に入るだけで、立っているものはいなかった。


 見渡すと、机の周辺に紙が散らばっている事に気がついた。拾いあげ、内容を確かめてみる。


『周辺の地図』『盗賊 金』『密約に関する』


 赤く染まっていない部分だけで判断すれば、そのような内容だ。

 そして、その全てに虫食いではあるものの“アルフレッド”と記載されている。


 これ……持って帰ったら、証拠になるんじゃないかな?


 そう思い、服のポケットに詰め込む。

 しかし、リティアさんの行き先について書かれた紙が無い。他の紙は、全体的に赤黒く滲んでしまい、読むことが出来ない。


 その時、机の反対側にも紙が落ちている事に気がついた。

 机を飛び越え、そこへ向かう。


 その紙は、倒れている男の手の下敷きになっていた。そのおかげか、そのほとんどが綺麗なままだ。


「……ん!?」


 その紙を拾い上げた時に気がついた。その手には金色の腕輪が付けられている。反射的に顔を確認した。


 こいつ……アルフレッドだ!


 なんと、その紙に手をかぶせていたのは、俺とリティアさんを誘拐した首謀者のアルフレッドだった。


「……あれ、もしかして……生きてる?」


 他の騎士達は死んでいるようだが、こいつは生きているようだ。


 殺意が湧いてきた。


 しかし、魔道具の関係で、変に手を出したら一生魔力量はそのままだった。なんてことがあったら、たまったもんじゃない。


 こいつの腕に付いている魔道具も、外すことはできなかった。

 惜しいが、今はほっておこう。


 ……と、こいつの手の下にあった紙を忘れてはいけない。内容は……?


『最重要機密 エルフの監禁場所』


「っ!!」


 それには、リティアさんの行き先が書かれていた。ここから北東の方向にある、街の中の廃屋。


 つまり、北東へ向かえばリティアさんを助け出せる。


 紙を握りしめ、立ち上がる。隅にあったロープでアルフレッドをぐるぐる巻きに拘束してから、部屋を出た。


「よし……リティアさん。待ってて……」


 出口へ向かって走り出す。しかし、その足はすぐに止まってしまった。


 騎士が引きずられて行った曲がり角に、1人の男性の後ろ姿があった。

 先ほどはなかった、騎士の遺体の前に座り込んでいる。


 ……だ、誰……? 服装から、騎士でも盗賊でも無さそう……。


 おそらく、先ほどまでいた部屋の惨状は彼の仕業だ。

 となると、少なくとも“騎士の敵”と言う事になる。そうなれば、自動的に“盗賊の敵”にもなるはずだ。


 ……味方をしてくれないかな。


 不意にそんな期待が生まれた。

 彼の目的は分からないが、少なくとも騎士達よりも実力は上。この状況では、頼れるものには頼った方がいい。


 そう思った俺は、その男性へ声をかけた。


「す……すみません」


 すると、男性の体がピクリと反応した。ゆっくりと立ち上がり、こちらを振り返る。


 その顔を見た瞬間、俺は凍りついた。


 顔色はどう見ても生きたものではない。肌もボロボロどころか、所々崩れ落ちている。口は耳まで裂け、赤く染まっていた。


 そして、その顔には見覚えがある。


「せ……聖騎士長……!?」


 そこに立っていたのは、以前闘技場で殺したはずの、“聖騎士長 ギール”だった。


「みつゲだぞぉ……マがいもノォぉ」


 聖騎士長がそう言い浮かべた笑顔は、とても不気味なものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る