107話 まさか喋るとは 3



 ミフネさんがいた方向へ目をやる。

 そこには、体育座りをしている彼女の姿があった。


「ミ……ミフネさん?」

「ん? ……あ、ああ……なに?」


 あれ、いつの間に正気に戻ったんだろ? いや……正気でもないか。


「な、何故体育座りを……?」

「たいいく……? い、いや……邪魔しちゃ悪いかと思って……その、随分といじられてたわね」


 見られてた……。


 彼女はゆっくりと立ち上がると、こちらへ歩いてきた。

 その彼女へ、ポチが自己紹介をする。


「先程、主人様から『ポチ・シリウス』の名を授かりました。どうか、私の事はポチとお呼びください」

「ああうん……ずっと聞いてたわ」


 彼女はポチをじっくりと観察しているようだ。それに対し、彼はただ微笑んでいる。


「どっから見ても……人にしか見えないわ……ツノとかしっぽとか付いてるけど……」

「……ミフネ様」

「な、何よ」


 突然話しかけられ、彼女の体が反射的に反応した。


「……てか、なんであたしの名前知ってんのよ」

「私は主人様の記憶から、人族の言葉を学びました。その際に、主人様の周囲の方々の事を把握させて頂いております」

「……そう」


 その返答を聞き、考え込むミフネさん。その彼女へポチが話しかける。


「ミフネ様、主人様は貴方様への質問をご希望されております」

「ええ、分かってるわ。……でも、その前にあたしの質問に答えなさい」


 そう言うと、ポチを指差して続けた。


「あんたが人を襲わないって、どう証明できるの?」

「……」

「それが証明出来ないなら、あたしはあんたがカイトの家で生活するのを許可しないわよ」

「……ふむ、なるほど」


 その発言に俺は驚いた。とっさに彼女を問いただす。


「な、なんでそんな事言うんですか!? さっきは飼えって……」

「冷静に考えたら、なんでそう言ったのか分からないわ。矛盾を言ってるのは重々承知よ。でも、さっきは興奮でどうかしてたわ」


 横目の視線が俺に向けられる。それはかなり鋭いもので、俺はビクリと震えてしまう。


「逆に言えば、なんであんたはこいつの話を疑わないわけ? あたし達を騙すための嘘だとは思わないの?」

「……ぇ……」

「こいつは人間並みの知能を持っているのよ? なら、人間を騙そうと思うのも容易なはずだわ」


 たしかに……テイルの時と同じように、俺は彼の話を疑いもせず聞いていた。

 もし、彼女の言う通り今までの話が嘘なら……。


「さっき、あんたの周囲の人を把握したって言ってたわよね? もし復讐しようとしてるなら、油断させて近づいて、目の前で殺そうとか……そんな事も考えられるはずよ」

「……!」

「それにね……」


 ミフネさんの鋭い目がポチに向く。


「こいつは、国を滅ぼしたのよ?」

「っ!!」


 ポチへ目を向ける。彼は無表情でそれを聞いていた。その無表情からは何も伝わってこない。彼は何を考えているんだ。


「……なるほど、つまり私が信用にかける……と?」

「その通りよ。これでもあたしは国家騎士団長なの。そうやすやすと、危険を見逃すわけにはいかないわ」


 ……ミ……ミフネさん……騎士団とかどうでもいいとか言ってたのに……な、なんかカッコいい。

 って、それどころじゃない。


「ふむ……なるほど、分かりました」


 彼はそう言うと、しっぽを自分の顔の前へ持ってきた。

 先端のクリスタル状の刺が光を反射する。


「これが私の答えです」

「「っ!」」


 彼がそう一言放った瞬間、しっぽが動いた。それに合わせ、俺とミフネさんの体に力が入る。


 そして、視界いっぱいに血しぶきが上がった。


「……は!?」

「……え!?」


 しかし、俺とミフネさんは無事だった。

 その血しぶきが上がっている元はポチ。その彼の足元には、背にあった大きな翼が血だらけになって落ちていた。


「なっ……」

「ポ、ポチ!? 大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ろうとするが、彼は手のひらをこちらに向けた。“止まれ”と言うことだろうか。


「ちょ……ちょっとあんた! 何してん……」

「ワイバーンにとって、翼を失くす事は死を意味します」


 ポチは背から血を流しながら話した。


「翼をなくしたワイバーンは、群れから追い出されてしまいます。飛べなくなったワイバーンは、体の形やその大きさが地上で生活する事に向かないため、いずれ死に至ります」

「ポ……ポチ……」

「他にも翼とは、『求愛』『威厳』『個々の実力を示す』など……様々な用途に使われます」

「……」

「ワイバーンにとって、翼とは命より大切なものなのです」

「な……なんで……切っちゃったの……?」


 弱々しくそう尋ねると、彼は片手を胸に当て片膝を地面へつけた。その間も、背からは血が止めどなく溢れている。


「ミフネ様のその不安、私の足りぬ脳でも理解できます。事実、以前の私は多くの人族を殺めました」

「……っ」


 彼は俺へ顔を向けた。その表情は真剣そのものだった。


「しかし、主人様への忠誠心、そして覚悟は本物です。そのためならば、この翼の1つや2つ惜しくなどありません」


 彼はそう言い、再びしっぽの刺を自らへ向けた。

 そして、残ったもう片方の翼も切り落とした。


「そして……この痛みも本物です」

「……っ」

「しかし、ワイバーンにとって主人となる者へ尽くす事は最大の悦び。貴方様のためなら、翼だけでなく、この手足も惜しくなどありません」


 再びしっぽの刺が彼へ向く。


「ま、待って!」


 それが動き出したと同時に、俺は叫び彼の元へと駆け寄る。

 彼に向いているしっぽを掴んで静止させた。


「も、もう良いから! もう十分だから! ですよね!? ミフネさん!」

「……っ……ええ、分かったわ」


 その返答にホッとするのも束の間、翼を拾い上げる。

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