101話 家庭教師 4



 目があったと同時に、ネズミが牙を剥き出しにし飛びかかってきた。

 ビクリと体が反応して、尻餅をつく。飛び上がったネズミが目の前まで迫る。


「わっ!?」


 空中でネズミに火の玉が直撃した。その小さな体は炎に包まれ、地面へ転がる。


「ちょっと、大丈夫?」

「はっ……はっ……」


 声がした方へ目を向けると、心配そうな表情でミフネさんが駆け寄ってきた。片膝をつき、尻餅をつく俺の背中に手をかける。


 無事を確認したのか、安堵したかのように息を吐いた。


「……まったく、ネズミ程度に何やってんのよ」

「え……」


 もしかして、今の見てたかったの?


「あ……あのネズミ……なんだか、変じゃなかったですか?」

「……森でたまに見る程度のネズミってことくらいしか、分からなかったわよ。魔獣でもないただの獣には、あまり詳しくないわ」


 やっぱり見てなかったんだ。


「……何を見たのよ」

「な、なんだか……なんで言うか……色があせて、肉が腐ってました……」

「……は?」


 ここであることに気づく。俺、相当変なこと言ってる。ネズミも、炎に包まれ真っ黒になっている。

 これでは証明にはならない。


「あ……いや……」

「……なるほどね」


 慌てて弁明しようとするが、彼女は顎に手を当ててなにやら考える様子を見せた。


「あんたがそんな嘘、つくとは思えないわ。きっと、魔力召喚になにかあるのね」


 そして、すんなり信じてくれた。


「し、信じてくれるんですか?」

「ま、肉が腐ったなんて、まるで生きてんのに死んでたみたいなこと、普通は信じれないでしょうね。でも、さっき言ったわよね? あんたがそんな嘘つくような奴ではないのは知っているわ」

「……」

「なに照れてんのよ」

「えっあ……」


 顔に出ていたみたいだ。慌てて両手で顔を隠す。


「……で、どうする? まだやれるのなら頼みたいけど、もし嫌なら今日は終わりにするわ」

「あ……いえ、もう1回やってみます」


 気を取り直して、もう1度魔力召喚をやってみることにした。

 さっきの原因は分からないけど、特にやめるほどのことでもないだろう。


「……そ、分かったわ」


 ミフネさんはそう言うと、俺のすぐ横に立った。


「念のためそばに居るわ。……何があってもすぐに対処出来るようによ。勘違いしないでよね」


 逆に何をどう勘違いすればいいんだろ……?


「それじゃあ……」

「待って。もう1度やる前に、さっき起きたことを確認するわよ」


 再び魔力召喚を行おうと両手を水平に上げたが、制止された。

 見上げると、彼女は先ほど凄い勢いでペンを走らせていた手帳に目をやっていた。


「さっきは、1メートルほどの魔法陣出現の約10秒後、ネズミらしき小動物が召喚されたわ。でも、そいつは明らかな敵対行動を取った。一応聞くけど、それであってるわよね?」

「はい。合ってます」

「ん。じゃあとりあえずそれから分かることは、召喚魔法に“隷従”の効果は無いってわけね」

「……!」


 そっか。さっきのことを考えると、召喚体は仲間にはならないのかな。


 読んでいたラノベでは、召喚体は仲間になるのが定番だった。俺はてっきりそれと同じだと思い込んでて……。

 あの様子がおかしいネズミに安易に近付いたのも、それが原因だ。


「……と言っても、まだ全てが分かったわけでは無いわ。データはまだまだ足りない……今出来ることは『仮説』を立てることよ」

「仮説……ですか?」


 その言葉に若干テンションが上がる。

 なんだか、今の俺は研究者っぽい……!


「そ、仮説よ。まだ答えに結びつけるほどのデータは無いわ。まだ1回分だからね。でも、それを元にして『どう行動したらいいのか』を考えることは出来るのよ」

「……えっと……」


 テンションが若干上がったのも束の間。理解が追いつかない。


「……つまり、さっきのを失敗と捉えた場合、何が原因かを考えるのよ」

「原因……」

「召喚魔法は謎の多い魔法よ。予想外だったり、まだ解明されていない法則があってもなんらおかしくは無いわ」


 なるほど……。どうやったら上手くいくのかを考える……ってことかな。


「……ま、そんな謎の多い魔法の実験を、たった2人でやってるのもおかしな話なんだけれどね」


 ミフネさんは手をやれやれと動かし、短くため息をついた。


「本当だったら、兵士を集めて守りを固めて、もしもの時用に医療班を待機させとくんだけど……」

「え、そうなんですか?」

「ええ、そうよ。何が起きるか分からないんだからね。でもまぁ、あんたがいれば大抵はなんとかなる気がするわ」

「……えー……」

「もしもの時は、ブラック・ワイバーンを倒した技で蹴散らしてやりなさいよ」


 笑いながら冗談まじりに言う彼女に、思わず俺も笑う。自分で言うのもどうかとは思うが、言えてる気がする。


「それじゃあ、やりましょうか」

「はい。分かりました」


 クスクスと笑い合い、再び魔力召喚を行う準備に取り掛かる。


「今から言うのは、さっき考えた仮説ね。魔力召喚は生き物を創り出す魔法よ。だから、もしかしたら“創る生き物”のイメージが整っていないと、肉が腐るとかアクシデントが起こるのかも知れないわ」


 なるほど……一理ある気がする。

 さっきのイメージは“小さな動物”だけだった。イメージ不足といえば確かにその通りだ。


 彼女の言葉に耳を傾けながら、魔力召喚を行う。さっきも見た魔法陣が地面に出現した。


「だから……そうね、思い入れの強い動物とか居ないかしら? 印象が強かったりね」


 印象強い動物か……いろんな動物と戦ってきたからなぁ……。



 そういえば、最近戦ったブラック・ワイバーンはかなり印象が……。



「ぅぐっ!?」


 突然、体の内側から何かがごっそりと抜けた感覚を感じる。思わずうずくまり、胸を押さえた。


「ちょっと、どうしたの!?」

「う……」


 まさかと思い、ステータスウインドウを表示してみた。


 魔力 392500/635000


「……っ!?」


 20万くらい減ってる!?


 最大魔力量から大体20万ほど無くなっている。そして、その魔力の行き先は……。


「に……」

「に!? なによ!?」

「20万くらい……魔法陣に……」

「……は!?」


 すると、彼女はとっさに魔法陣へ“炎魔術火球”を放ち、召喚を中断させようとした。


 ……しかし、時はすでに遅く、召喚が始まった。

 魔法陣の周辺に凄まじい風が吹き荒れる。まるで魔法陣へ吸い込まれていく様だ。


「っ! こっち来なさいカイト!」

「わわっ!」


 ミフネさんに腕を引っ張られ、その場から離脱する。

その時、見てしまった。


 風が吹き荒れる魔法陣の中心から、真っ黒の球体が浮かび上がり空中で停止。

 その瞬間、爆風のような衝撃に襲われた。


「きゃあ!」

「うわあ!」


 バランスを崩し、その場に転倒してしまう。その衝撃の後には強い風が吹き、地面にへばりつく事しか出来ない。


「っ!!」

「っ!」


 ようやく風が収まり始め、目を開ける事が出来た。見ると、ミフネさんが俺をかばうように覆いかぶさっている。


「っ……ねぇ、無事?」

「あ……は、はい、無事です……ありがとうございます……」


 返事をすると、彼女はホッとしたような表情を見せたが、すぐにハッとして後ろを振り返った。


「あ、あんた一体何を召喚し……」


 だが、その振り返った彼女の様子がおかしい。


「う……嘘でしょ……」


何かを見上げ、絶望したかのようにそう呟いている。


 何を見たの……?


 彼女が見たものを確認する為に振り返る。


「……ぇ……」


  “それ”を見た瞬間、背筋が凍りつき“ある記憶”が頭の中に流れた。

 その記憶は、つい最近、岩山で命がけで戦った記憶。何度も何度も激痛に耐え、戦い抜いた記憶だった。



 グルルルルル……。



 魔法陣の上には、1匹の巨大な生物がいた。

 全身真っ黒で、背に大きな翼を生やし、長い尾の先には鋭いクリスタルの様な針が付いている。

 俺が召喚してしまったのは、俺が死闘のすえ倒したブラック・ワイバーンだった

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