79話 vs.ワイバーン 1



「皆さんは逃げてください」


 こちらを見下ろすワイバーンを見つめながら言った。しかし、返事は無い。


 見ると、皆ワイバーンを凝視して震えてしまっている。


「……っ」


 俺だって当然怖い。

 今こうして冷静でいられるのは、きっと“精神系スキル 恐怖耐性 Lv5”のおかげだろう。


「……皆さん!」


 大声で叫ぶと、皆ハッとしてこっちに顔を向けた。

 出来れば刺激をワイバーンを与えたくなかったので大声は避けたかったが、仕方ない。


「僕があいつを引きつけます……その内に逃げてください」

「……し、正気ですか!?」

「あいつ……ずっと僕を見てるんです」


 そう。このワイバーンは何故か、俺の事をじっと見下ろしているだけでなにもしてこない。

 もし俺が狙いなら、何もしてこない今のうちにみんなを逃したほうが良いだろう。


「早くして下さい」

「……分かりました。お前達、行くぞ……」


 クルツさんは小声でそう指示し、俺の後ろを姿勢を低くして歩き始めた。

 他のみんなもそれに続いて行き、ここを離れた。

 すると、最後に通った男性を背負ったアベルさんと少女と手を繋いだポルアさんが小声で話しかけてきた。


「カイトさん、どうかご無事で」

「はい。任せてください」

「絶対に生きて帰って来て下さいね」

「勿論です。……皆さんもお気をつけて」


 ワイバーンから目を離さずに、小声で受け答えをする。

 足音でみんなが離れていくのが分かった。

 ワイバーンは予想通り、俺だけを見ていてみんなを追う気配はない。



 グルルルルル……。



 しかし、ワイバーンは唸り、みんなが向かった方へ顔を向けた。


 まずい!


 なんとか気を引こうと、手の炎魔術を撃とうとした。だが……。


「……?」


 ワイバーンはただその方を見ているだけで何もしない。


 一体なんなんだ?


 横目でみんなを確認する。

 周囲に他のワイバーンはおらず、順調に進んでいるようだ

 そして、岩陰へ姿を消した。



 ゴアアアアアアアアアアアア!!!! 



「うわああぁぁ!?」


 突然咆哮が轟き、爆風に襲われた。なんとかその場で踏ん張る。 

 ワイバーンへ目を向けると、明らかに様子が変わっていた。

 だらんと垂れ下がっていた腕は広がり、口から漏れ出ていた炎は更に火力を増している。


 その表情から“威嚇”を感じた。これは、明らかに戦闘態勢だ。


「やっぱり俺が狙いだったの……?」


 炎を宿す手に力が入り、頰に汗が伝った。


「こっ……怖い……」


 視界にはワイバーンしか映らない。というか、ワイバーンから目を離せない。

 目を離したその瞬間に、殺されてしまいそうだ。


 こんな感覚は、この世界に来て初めて人に会った時以来だ。だがその時と違うのは、下手をすれば本当に殺されてしまうと言うこと。

 あの時のように、泣きじゃくるわけにはいかない。


 とにかく、狙いが俺なら、逃げたみんなを追う事は無いよね……? なら……。


 ワイバーンを睨みつけ、全身に力を込めた。

それに合わせるかのようにワイバーンの口の炎が更に大きくなった。

 今、俺がすべき事、それは一択しかない。


「逃げる!!」


 みんなが向かった方向と、逆の方向に全力で走り出す。

 あんな怖いのとなんか戦いたくなんてない。

 逃げ切れる自信は無いが、戦わなくて済むならそれが良い。


 だが、振り向いて確認するとワイバーンは咆哮しながら追って来ていた。


「っ!」


 予想以上の速度だ。身体強化をかけて全力で走っていると言うのにあっという間に頭上まで追いつかれてしまった。


「やっぱり、逃がしてくれないよね!」


 走りながら右手をワイバーンに向けて火球を撃った。しかし、それはいとも簡単に避けられてしまう。


「……ダメか」


 土魔術で岩を飛ばしたり、風魔術の刃を飛ばしたりと色々な魔術を使うが、どれもかわされてしまう。


 すると、ワイバーンが口を開けこちらに向けて来た。そこに魔力のような力が集中していくのを感じる。


 これは……まさか……。


「っ!! あああ!!!」


 ワイバーンの口からとてつもない大きさの火の玉が放たれた。

 とっさに横に跳びのき、直撃は免れる。しかし、飛び散った岩の破片に体のあちこちを切り裂かれた。


 それが着弾した場所は大きくえぐれ、爆発したような跡が残っている。


 あれが……ブレス……!? 


「……っ!!」


 焦る気持ちを抑え、ひたすら走る。

 初めて来た岩山の右も左も分からない道無き道を走る事が、更に恐怖心や不安感を煽った。


「……グスッ……うぅ」


 このままでは間違いなく俺は殺される。

 そう考えてしまい、焦りと恐怖から目に涙が溢れ始めた。


 魔術は簡単にかわされてしまった。

 決して手を抜いているわけではない。ちゃんと全力で撃った。


 今までの敵と全く違う。

 今までの敵は動きが鈍く、魔術は簡単に当てられた。


 魔術は強力なほど発動に時間がかかる。

 ただえさえ最も発動が早い火球を、いとも簡単に避けられるのに、さらに発動の長い上位魔術なんて撃てるはずがない。


 せめて、連続で撃てたら……。


 そんな中、頭の中にお母さんに以前、魔術に関してとある事を指摘された時の記憶が流れた。



「……連射が遅い?」


 お母さんに魔術を見せて欲しいと言われ、家の裏庭で色々見せたところ、そう指摘された。


「そうなの……もちろん、あなたの魔術の才能は疑いようのないものよ。あなたみたいにレベルの高い魔術を使える人は、きっと歴史書にも記されていないわ。でもね……」


 そこまで言うと、彼女は右手を伸ばして詠唱を行い、的の丸太へ連続で炎魔術を放った。


 ドンッ……ドンッ……ドンッ……。


 威力はそこまで無い。

 しかし、1発1発の間は約3秒ほどだろうか。それは俺の倍は早い。


「魔術の連射力ってね、魔術レベルとは関係ないの。鍛錬の成果で変わってくるわ。あなたは1発の威力は高いけれど、連射はあまり得意じゃ無いでしょう?」

「うーん……」


 試しに丸太へ炎魔術を連続で放ってみる。


 ドンッ………ドンッ………。


 1発ずつの間隔は7秒くらい?


 なんとかそれを縮めようとしてみるが、魔力が上手くまとまらずに散ってしまう。


「……出来ない……」

「あなたはずっと森の中で過ごして来たから、魔術の連射について教えてくれる人がいなかったのね」


 思い返してみれば、森の生活では魔術を連射しようだなんて考えたことがなかった。

 日頃の生活では魔術を連射しなくてはならない場面がなかったし、狩りは弓や槍を使っていて、魔術は罠とかにしか使っていなかったからだ。

 『広範囲に1度』ならば出来る。しかし、『連続で』はうまく出来ない。


「今の……僕の連射速度ってどれくらいなの……?」


 すると、彼女は少し考えるような様子を見せてから答えた。


「そうねぇ……連射速度に関しては……この国の魔術師の中の下……」

「ほんと?」

「……ごめんね。下の中くらいだわ」


 そんなに遅いのか……。


「魔術を覚えたての人より、少し速いくらいかしら……」

「そっか……」


 魔術の腕にそこそこの自信があった故に、この事実に軽くショックを受けてしまった。

 すると、お母さんが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んで来た。


「ごめんね。傷ついた?」

「ううん……大丈夫……」


 頭を優しく撫でられた。


「さっきも言った通り、魔術の連射速度は鍛えられるの。私と一緒に、ちょっとずつ練習していこうね」

「……うん」


 笑顔で優しく語りかけてくる彼女に笑顔で答えた。

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