73話 ワイバーン討伐作戦 1



 ワイバーン討伐作戦決行日。

 部隊全員が広場に集まり、王様から激励を受けていた。


「怖じけず、逃げ出さず、今日この日をここで迎えてくれた皆に感謝を述べる!」


 俺はその激励を、城の一室から眺めていた。


 何故、激励式に参加していないかと言われれば、それは王様とコウさんの気遣いによるものだ。


 “救世主”とか呼ばれてしまっている以上、下手に人前へ出るわけにもいかなくなった。

 この件以降、噂が完全に収まるまで人前に出る事は避けたほうがいいとの事だ。


「……別に、そんなつもりじゃ無かったんだけどな」


 あれはあくまで自分と家族のために戦ったのだ。だから、感謝される覚えなどない。


「……まぁ、今更か」


 現在、王様の激励は各部隊へ個別に行われている。

 俺はその様子を眺めながら、ワイバーンの情報を改めて整理した。


 ワイバーンは“モンスター”に分類され、その中でも上位に位置する程強力だ。

 生態系ピラミッドでは、間違いなくてっぺんだろう。


 大きな翼で上空を自由に飛び回り、性格は獰猛。

 大きさは成体で10メートル前後、基本肉食だが雑食の個体も確認されている。


 厄介なのは非常に戦闘に長けている上、知能が高い事。

 個体によって変わるが、多くのワイバーンは魔術に対する耐性を持っている。

 長く生きた個体は、口から火を吐くとも言われている。


 もはや、ワイバーンというよりドラゴンだね。


 他にも外皮が硬くて刃がなかなか通らないとか、知能も高いとか(2回目)色々ある。


「……はぁ〜〜〜、不安だ……」


 俺はワイバーンを見たことが無いので脅威を知らない。だが、知らないからこそ不安なのだ。


 今の所、ワイバーンに関する情報は不安要素しかない。


 そもそもの話、俺が勝てなかったコウさんでも勝てるか分からないって言ってるんだから、不安に感じて当たり前だろう。


 深くため息をついてから、頰を叩く。

 もう後戻りはできない。それにするつもりもない。

 自分に出来ることを精一杯しよう。


 そう1人で決意した時、王様の激励は終盤に差し掛かっていた。


「この場にいる者たちの勇気に敬意を表する! そして、その中から攫われた村人を救うため、自らワイバーンの巣へと乗り込む事を決意した者達の名を読み上げる!」


 お、救出部隊の事だ。やっぱり特別扱いされてるんだね。


「初めにリーダーのクルツ。そして、イシュベル、カインズ、アベル、シアン、ポルアだ」


 ……あれ? 俺は? ……あ、俺はいない扱いになっているのかな?

 ……でもさっき7人って言ったよね?


 すると、横にいた前に宰相と呼ばれていた男性から、筒状に丸められた紙が王様に手渡された。

 王様はそれを縦に広げ、読み始める。


「そして救出部隊の7人目に、あの前聖騎士長ギールを打ち取った“救世主”が協力を申し出てくださった!」

「は!?」


 ええーそんなに大々的に言う!? 一番最後にしれっと言えばいいじゃん!

 来てるのがバレないようにここにいるよう言われたのに、意味ないじゃあん!


「“救世主”がいる限り我らに負けは無い! 空を飛ぶトカゲなど蹴散らすぞ!!」


 オオオオオオ!! と叫び声が轟いた。

 その様子を見ながら俺はぷるぷると震えている。


 オイーー! 何してくれてんの! ちゃっかり俺の事を士気を上げる事に利用してんじゃん! あと、俺は救出部隊だから討伐隊は関係ないよ!?


 この状況はまずいと思う。

 何故なら“救世主(俺)が再び人の前に現れた”と言うことが、公になったからだ。


 聞いた話だと、以前俺が人前に現れた時……つまりギールを倒した時。

 当然その時は、“救世主の噂”は急速に広まった。

 しかし、あれ以降“救世主”が姿を現さなかったため、噂はある程度収まっていたらしい。


 だが、たった今“救世主”が再び姿を現したとなれば、それは噂ではなくなってしまうだろう。


 読んでたラノベでも、『それはただの噂で実際には居ないんだろ?』みたいなヒーローが突然現れてピンチから救う展開はよくあった。

 その様な展開を読んでいる時は、胸が踊ったものだ。


 今回の俺は完全にそれだ。ヒーローを名乗るつもりはないが、世間から見たらきっとそう感じるだろう。

 王様が話した内容はすなわち、“救世主”が存在している事を宣言している事と同じだった。



「いやぁ、すまないすまない」


 激励式が終わり、出発まで1時間を切った頃、俺がいる部屋に王様が入って来た。


「王様……」

「どうしても討伐部隊の士気を上げなきゃいけなくてね。ギールに恨みを持ってる騎士も少なくはなかったから、うってつけだとおもったのだ。だから、君の事をあの場で話す事になった。本当に申し訳ない」


 そう言って王様は不満を掲げる俺に、頭を下げた。


「それでだ。私はあの発言の責任を持って、今回の件が終わったら“救世主に関する噂”を徹底的に潰そうと思っている」

「……」

「……と、言っても完全に潰す事なんて出来ないだろうから、噂を上乗せする事にした」


 上乗せ……?


「救世主の噂に、別の噂を上乗せするんだ。例えば『子供ではなく大人である』とか、『髪は黒くない』とかね」

「……」


 上手くいくかは定かではないが、それを行うのが王様ならそれなりに期待できるだろう。


「じ……じゃあよろしくお願いします……ね?」

「ああ、任せてくれ。それじゃ、健闘を祈るよ」


 王様は笑顔で手を軽く振り、部屋を出て行った。なんともまあ、フランクな王様だ。


「いや……冷静に考えてみたら、フランクすぎない?」


 あれって王様だよね? この国のトップだよね? あんなにフランクで大丈夫なの?


「……でも、さっきみたいな場所ではちゃんとしてたし……大丈夫なのかな?」


 王様というのはよく分からない。とりあえず害意はないみたいだし、悩む必要はないだろう。

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