第32話 前夜

家に着くなりグレイスさんはボトフさんを呼びに行った。きっと安否確認だろう。


 グレイスさんもそうだが、1週間ぶりに帰ってきたエアリスさんは風呂に向かった。環境的にあまり良くなかったらしい。


 玄関口に、俺とティカさんだけ残った。


「……カイト様」

「な……なん、ですか?」


 返事をすると、ティカさんは深々と頭を下げた。


「エアリス様とグレイス様をお救いくださり、ありがとうございました」

「ふぇ……あ、当たり前…の事です」


 突然お礼を言われ、情けない声が出てしまう。


「そ、それに……言葉、教えてくれた。ありがとう……ございます」


 俺もお礼を返す。


「いえ……私はそれくらいしか、出来ませんでしたので……」


 少しの間沈黙が流れた。


「……あの、申し訳ございませんが、エアリス様の様子を伺いに行ってもよろしいでしょうか?」

「……大、丈夫です」


 返事をすると、彼女はエアリスさんの後を追いかけて廊下を歩いて行った。


「……」


 その姿を見ながら考える。


 ……面倒な事になったなぁ。明日の事を考えると、あの聖騎士について情報が欲しいな。

 みんな戻ってきたら聞いてみよ。




 エアリスさんがお風呂から帰って来た。

 グレイスさんは既に、ボトフさんを連れて戻っている。

 ちなみにグレイスさんは、濡れタオルで体を拭いたそうだ。


 その3人とティカさんと、1つの部屋に集まる。最初にボトフさんの謝罪をしてきた。


「大変申し訳ありませんでした! 私の私情でカイト様の情報を漏らしてしまい……本当に申し訳ありません!」


 周りは俺の事をチラチラと見てくる。


 ……? あ、俺の返答待ちか。


「……全部、聖騎士長あれが悪い……ですから」

「し、しかし……」

「気に……しないで、ください」

「……あ、ありがとうございます」


 別に彼を咎める気は無い。後の祭りな上に、彼が悪いわけでは無いから。


 ……ん、そういえば……。


「……あいつ……は、お父さんに、病気ある……って、言ってました……どこが、病気? ですか?」


 あいつが言ってたけど、彼のお父さんは病気らしい。お世話になってるから、助けられそうなら手を貸したい。


 突然そんなことを聞かれたボトフさんは、少し戸惑ったものの答えてくれた。


「は、肺に病気があると……長くはないとも言っていました……」

「肺……なら、これです」


 そう言って、収納部屋から取り出したポーションを渡す。


「カ、カイト様……? これは……」

「……肺の病気、に効く……ポーションです」


 彼は手に持ったポーションと、俺を交互に見る。


「そ、そうではなく……なぜ、私にこれをくださるのですが? 私はあなたの情報を、聖騎士に……」

「……僕、ボトフさん……嫌いじゃない、です」


 俺は笑顔で続けて言った。


「肺……治ったら、仲直り……したい、です」

「仲直り……ですか?」

「はい……ボトフさんは良い人、ですから」


 その後お礼を言った後、彼はポーションを握りしめて父親の元へ向かった。


 エアリスさんとグレイスさんへ目を向けると、なぜか2人は難しい顔をしていた。


 ……多分、今日の事だね。


「あいつ、何……ですか? 聖騎士長……本当に?」


 あいつって本当に聖騎士長なのかな? 性格にかなり難があるみたいだけど。


「あの男が聖騎士長と言うのは本当だよ。君が疑うのも、無理はないと思うが」

「ええ、あの男の“救済”という行為はただの殺人……テイル様には感謝しているけれど、あの男に御加護を与えた事だけは間違いだと思うわ」


 やっぱり嫌われてるな。分かってたけど。


「そんな奴……なんで、野放し……なん、ですか?」


 あいつはあまり、筋骨隆々という感じではなかった。大勢でかかれば倒せるような気がしたけど……。


「君の意見は最もだ。だが、奴は御加護によって“神の力”を使えるんだ」


 ……え、神の力?


「神の……力?」

「『裁きの神炎』という炎だよ」


 なにその厨二臭い名前。


「それ……何……ですか?」

「いや……すまない。『裁きの神炎』については詳しくは……カ、カイト君。まさかとは思うが、奴と戦う気かい?」

「……? はい、当然」


 そう答えた瞬間、彼に両肩を掴まれる。


「そ、それだけはいけない!! どうか我々に任せてくれ!!」

「お願いカイト君!! どうか戦おうだなんて思わないで!」

「いけませんカイト様! 思い留まって下さい!」


 その場全員から説得された。


「……そ、その炎魔術って、そんなに凄い……ですか?」


 きょとんとした表情で聞くと、全員の表情がさらに険しくなる。


「あれは魔術なんてものではないんだ!」

「『裁きの神炎』は、受けた人が燃え尽きるまで消えないのよ!」


 要するに必ず死ぬ……そんなんチートじゃん。


「カイト君がこんな事に巻き込まれたのは、全て私達の責任なの。だから……私達がこの事態を終わらせるわ。お願い、信じて……」


 そ、そんな顔でそんな事言われたら断れない……。


「わ、分かり、ました……」

「……ありがとう、カイト君……」


 またエアリスさんに抱きしめられる。しかし、彼女は小さく震えていた。


 2人は自分達でどうにかすると言った。


「……」


 だが、奴は話し合いでどうにかなる様な奴ではないのは分かる。

 このまま全て任せれば、どうなってしまうかなど考えるまでもない。

 このまま2人を見捨てていいの?



 良いはずが無い。



 2人をまた騙すのは心が痛む。しかし、見捨てるよりマシだ。


 俺は奴と戦う。個人的に嫌いなのもあるが、2人を守るためならば容赦はしない。


 そうと決まれば、奴と戦うための準備にすぐに取り掛かろう。

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