第24話 ポーションの価値
ーsideエアリス
「ティカどうしたの? そんなに慌てて」
領地経営の資料を整理していると、ティカが部屋に駆け込んできた。
喜びとも、驚きとも取れる顔をしている。
「と、突然申し訳ありません! 今、カイト様からエアリス様のお話にあった“ポーション”と言うものを頂いたのですが!」
そう言って彼女は腕を上げてみせた。
「もしかして!?」
「はい! 腕が上がるようになったんです!」
彼女が肩を怪我したのは、1ヶ月ほど前。
2階のベランダから落ちてきた鉢から、新人のメイドをかばった際に重傷を負ってしまった。
幸い命に別状は無かったが、右肩の関節とその周りの骨が変形してしまい、上がりきらなくなってしまったのだ。
そうなれば、彼女のメイドとしての立場は危うくなる。
他のメイドや執事からの信頼が厚かったので、メイド長を続けてもらっていた。しかし、責任感の強い彼女自身が、辞職を申し出るのも時間の問題だった。
そんな彼女の怪我が治ったのだ。喜ばずにはいられない。
2人で手を取り合って喜んだ。
「……あら? ねえティカ、そのポケットに入っているのは何?」
メイド服のポケットにある、カラフルな瓶に目が止まった。
「あ、申し訳ありません。本題を忘れていました」
そう言って3つの瓶を取り出す。
「実は他にもいくつかのポーションを頂きまして。それぞれ頭痛、腹痛、栄養状態回復に効果があるそうです」
「そ、そう……それは凄いものを貰ったわね」
彼がどう認識しているのかは分からないが、これはとても貴重な物だ。
国の薬師が作る薬に、“ポーション”という薬は無い。一応、傷薬などは存在するが。
だが、それは薬草を乾燥させ粉にしたものを、使用時に湿らせて傷口に当てて縛るというもの。
彼がくれた“ポーション”のように即効性は全く無い。
そして、当然傷薬なので病気などに効くわけがない。今、“病気に効く薬”は種類も数も少ないのだ。
もし、“ポーション”が彼にしか作れない代物だったら。彼を巡ってのトラブルが起きる可能性が高い。
「ティカ、この事は絶対に他言無用よ」
「はい。承知しております」
その後、もらったポーションは私の仕事部屋に保管しておくこととなった。
警備はそれなりに厚いので、ここなら大丈夫だろう。
「でも……どうして、あの子はこれをくれたのかしら?」
このポーションは本当に凄い物だ。しかし、それが目的で彼を保護したわけではない。
彼はティカと話すだけでも恐怖を感じるはず。それなのに、それを我慢してまでこれを渡す理由があるのだろうか?
「あの、憶測なのですが……」
「思い当たる事があるの?」
すると彼女は少し困ったような表情をした。
「カイト様の食事の時の様子を思い出してください。毎回料理を見つめていませんか?」
……確かに、食事を取る前に、彼は手を止めて料理をじっと見つめる。
その度に具合が悪いのかと効くと『大丈夫』と一言だけ言い、食べ始めるのだが……。
口に合わないのかと聞いたこともあるが、『ごめんなさい……何でもない』と返されてしまった。
「それを見て思ったのですが……カイト様は料理を食べることに、抵抗があるのではないでしょうか?」
「……どうしてそう思うの?」
「カイト様はずっと1人で生きてこられました。それはつまり自分に関する事を、全てご自分でこなしていたということです」
「……そうね。森で1人で暮らしていたらね」
「しかし、ある日突然、それらの全てを他人が無償で行うようになり、戸惑っているのではないでしょうか」
彼女の予想は最もな話だ。
「確かにそうね……でも、ポーションとそれの関係は?」
すると彼女は悲しそうな表情を見せた。
「もしかすると、カイト様は“宿泊費”や“食事代”などの、見返りを渡そうとしているのではないかと」
「……ぁ」
「もしくは……森での生活をする前の話を聞き思ったのですが、“何か役に立たないと罰を受ける”というような、不安を感じているのではないでしょうか……」
「……っ」
どうして今まで気がつかなかったのだろう。
彼はここにきてからというもの、目の光がさらに減った気がする。
それは人に対する恐怖だと思い、彼が怖がらないよう尽力を尽くしてきたのだが……そうではなく、別の不安を感じさせてしまっていたかもしれないだなんて……。
「もしそうだとしたら、すぐにその不安を取り除いてあげないと」
「そうですね。確証はありませんが、出来るだけ早く解決した方がよろしいかと」
そう決まるが否や、彼のいる寝室へと移動した。
ちなみに、カイトが料理を見つめていたのはティカが考えた様な理由では無い。
単純に、初めて見たこの世界の料理を観察していただけで、特に深い意味は無い。
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