第12話 闇の狼

「ゴアアアアアアッ!」


 平原をシェラングーン目前まで進んでいたはずの破壊獣アニヒレートが、突然進路を変えて僕らのいるミランダ城に向かってきた。

 まるで人の作った建造物はことごとく破壊するのがその身に刻みつけられた本能であるかのように、うなり声を上げて一直線にこちらに駆けてくる。


「……アニヒレート」


 さっきまで中庭にいた東将姫アナリンがミランダ城の中に突入してきたばかりだというのに、この状況でアニヒレートまでこちらに向かってくるなんて最悪だ。

 それにアニヒレートはさっきまで平原でプレイヤーの集団と戦い続けていたはずなんだけど。……。


「プ、プレイヤーたちはやられちゃったのかな?」

「でしょうね。それで次の標的をこの城に定めたってわけか。手間がはぶけたわ。あのくまを倒すためにわざわざロールアウトの場所をここに定めた甲斐かいがあったわね」


 そう言うとミランダは不敵に笑う。


「アニヒレートを倒すため?」

「そうよ。本来ならこの城はやみ洞窟どうくつの上にある湖の中島に建てるって言ったでしょ?」


 確かに先日ミランダはそう言っていた。

 だからいきなりこの場にミランダ城が出現したことが僕は不思議で仕方なかったんだ。


「アル。このやみの魔女ミランダ様の居城がただの城だと思ってんの? このミランダ城はね、攻撃型移動要塞なのよ。見てなさい」


 攻撃型移動要塞?

 まゆを潜める僕に構わず、ミランダはやみの玉座に腰をかけるとメイン・システムを操作する。

 すると彼女の目の前にコマンド・ウインドウが浮かび上がった。


【陸用移動形態:闇狼ダーク・ウルフ


 闇狼ダーク・ウルフ

 首をかしげる僕を見てニヤリと笑うミランダが頭上を指差した。

 すると中庭を取り囲んでいた城壁が音もなく上空に向かって伸び始め、アーチ状に湾曲して頭上をすっぽりとおおったんだ。


「屋根が……」


 おどろく僕の視線の先では出現した天井や壁に数多くの巨大なモニターが現れた。

 ミランダはそのモニターを指差して得意気に言う。


「あの真ん中の大きなモニターがこの城から映したメイン・カメラ。その左右のモニターがサブ・カメラでメインの上と下がそれぞれ頭上のモニターと背後を映すバック・モニター。その他のモニターは記録妖精が外側から撮影しているこの城の様子よ」


 それらのモニターの中に映っているこの城はまるで液体のようになって形を変えていく。

 それが一頭の巨大なおおかみの姿へと変貌へんぼうげていった。

 黒い城壁で出来ていたはずの城は、ものの数秒で黒くつややかな毛並みを持つおおかみへと完全に変化したんだ。


「し、城がおおかみに……ミランダ、これは?」

闇狼ダーク・ウルフよ。私の魔力をこの城に通すことで、移動用のけもの形態に変化することが出来るのよ」


 ミランダがそう言うと闇狼ダーク・ウルフがゆっくりと脚を踏み出して歩き始めた。

 し、城が動いてる。

 僕ら今、この闇狼ダーク・ウルフの体の中にいるってこと?

 おどろく僕を横目で見ながらミランダは得意げに言った。


「前に砂漠都市ジェルスレイムへの出張襲撃サービスをやったことがあるでしょ。これなら城ごと出張できるわよ。これからのボスは城で待ってるだけじゃないってこと」


 し、城ごとボスが襲撃してくるのか。

 新しいボスのり方だ。


「さあ。おおかみの牙でくま喉笛のどぶえをかき切るわよ!」


 闇狼ダーク・ウルフはどんどんアニヒレートに近付いていき、向こうからも迫ってくるために、あっという間に互いの距離が縮まってくる。


「サムライ女が王女の寝室にたどり着く前にあのくまを倒すわよ。さすがに城の外と中を両方操作するのは厳しいから」


 この城をミランダがどうやって動かしているのか分からないけれど、彼女の集中ぶりを見るに、おそらく頭の中で指令を出しているんだろう。

 それにしても今こうしてアニヒレートに近付いている最中もアナリンがこの城内を駆け回っているという状況は、あまりにも危険で落ち着かない。

 いつアナリンがこの場に現れて僕らを殺そうとするのか分からない現状は、とてもじゃないけど生きた心地がしなかった。

 

「ミランダ。いくら城内にわなが仕掛けられているとしても、アナリンの足の速さならすぐに王女様の元に辿たどり着かれてしまうんじゃ……」

「この城内のわなはね、ちょっと普通じゃないのよ。あのサムライ女を少しの間、足止めすることくらいなら不可能じゃないわ……っと。そろそろおしゃべりはオシマイ。アル、これだけは言っておくわ。戦闘中は私、周囲の情報を一切シャットアウトするくらい集中しなきゃならないから、もしその間にアナリンがここに来たら、あんたは私を強引にでもこの玉座から引きはがしなさい。そうしたら私が何とかするから」


 そう言うとミランダは静かに目を閉じた。

 闇狼ダーク・ウルフの操作に埋没まいぼつするためだ。


「さあ! 三度目の正直よ。この私の誇りにかけて今度こそくま狩りを完遂かんすいさせて見せるわ!」


 ミランダの命令に従い、闇狼ダーク・ウルフはアニヒレートと対峙たいじする。

 つい先ほどまでミランダ城だった闇狼ダーク・ウルフはまるで本当に生きているかのようにグルルルとうなり声をらしてアニヒレートを威嚇いかくする。

 2本の後ろ脚で目の前に立つアニヒレートも、牙をいてこちらを見下ろしながら短くえた。


「ゴフッ!」


 これが合図となって2頭のけものが戦いを食らうべく争いを始めた。

 巨大な闇狼ダーク・ウルフは四本脚で地面に立つと、その頭がアニヒレートの腰の高さに来るほどの大きさがある。

 アニヒレートは前脚を振り上げて闇狼ダーク・ウルフの頭をなぐりつけようとする。

 だけど闇狼ダーク・ウルフは頭を地面近くまで低くしてこれを避けると、一気にアニヒレートの後ろ脚にみついた。


「ウガウッ!」

「ゴアアアッ!」


 闇狼ダーク・ウルフの鋭い牙がアニヒレートの硬質な毛並みにしっかりと食い込んでいる。

 脚首近くをまれたアニヒレートはたまらずにえて闇狼ダーク・ウルフを前脚で振り払おうとしたけれど、闇狼ダーク・ウルフはアニヒレートの後ろ脚に食らいついたまま激しく暴れた。

 そのせいでアニヒレートはバランスをくずして背中から転倒したんだ。


「ゴアッ!」


 地響きが空気を震わせ、盛大に土埃つちぼこりが舞う。

 あ、あのアニヒレートが大地にひっくり返っている。

 すごい力だ。


「今よ! くまの首に食らいつきなさい!」


 ミランダの号令を受けた闇狼ダーク・ウルフは倒れたアニヒレートの上にのしかかり、その首に食らいつこうとする。

 だけどアニヒレートも激しく抵抗し、前脚のつめ闇狼ダーク・ウルフの横腹に食い込ませた。


「ギャオッ!」


 闇狼ダーク・ウルフが短い悲鳴を上げ、モニター上に表示されているゲージがわずかに減った。

 おそらくあれは闇狼ダーク・ウルフのライフゲージだ。

 あれが尽きるとこの城は破壊されてしまうということだろうか。


「チッ!」


 ミランダは舌打ちをして闇狼ダーク・ウルフをアニヒレートの上から飛び退かせる。

 アニヒレートはすぐさま起き上がると、警戒して四本脚で立ち、こちらをにらみ付けてきた。

 だけどアニヒレートのライフは今の攻撃で確実に減っていた。

 闇狼ダーク・ウルフの攻撃は効いているんだ。

 ミランダは決然と前を見据みすえて言う。


「アニヒレート。あんたの天下はここまでよ。今自分が狩られる側の立場にいるんだってことを思い知らせてやる」

 

 そこから巨大な2頭のけものによる壮絶な取っ組み合いが始まった。

 アニヒレートに飛びかかった闇狼ダーク・ウルフは巨大なくまの体につめを立て、牙を食い込ませる。

 アニヒレートはその前脚で闇狼ダーク・ウルフを叩き飛ばす。

 体格差があるためにアニヒレートのほうが力は強いけれど、素早さは闇狼ダーク・ウルフのほうが断然上だ。


 そして不思議なことに闇狼ダーク・ウルフがどれだけ激しく動こうと、その体内であるはずのこの場所にいる僕らには影響がなかった。

 アニヒレートの前脚で闇狼ダーク・ウルフが弾き飛ばされた時でさえ、僕らには振動一つ感じられない。

 まるで外はあらしのようなのに、ここだけは無風状態だった。


「中にいる人の安全をちゃんと考えて作られているのよ~。このお城は。親切設計なのよね~。城の主と違って」


 突如として背後から聞こえてきたその声にハッと振り返ると、僕らの後ろに懺悔主党ザンゲスト妖艶ようえんシスター・エマさんが立っていた。


「エマさん!」

「は~い。オニーサン、じゃなくてオネーサンか。お元気そうね」


 そう言ってエマさんはいつもと変わらぬあでやかな花のような笑みを見せた。

 エマさんとも北の森ではぐれたきりだったけど、その無事な姿に僕はホッとした。

 アリアナから彼女の無事は聞かされていたけれど、こうして実際に目の前に姿を見せてくれると一層安心する。 


「よかった。エマさん。無事でいてくれ……」


 僕がそう言い終わらないうちに、エマさんはいきなり抱きついてきた。


「ヒエッ! エ、エマさん?」

「心配かけてごめんね~。でも本物よ~。幽霊ゆうれいじゃないわよ~。感じるでしょ? わたしのカ・ラ・ダ」


 感じる!

 感じますとも!

 甘い香りとスベスベの肌。

 そしてやわらかな2つのふくらみ。

 エロい声!

 まぎれもなく本物のエマさんだ。


「あ、あのエマさん。今までどこに?」


 僕がそう言うとようやくエマさんは離れてくれて、肩をすくめて言った。


「このお城でしばらくミランダと一緒だったの。彼女のおかげで今回わたし働き詰めなのよ~。オニーサンからもミランダに言っておいてくれる? 私はあなたの部下じゃないんだから、あまりこき使わないでって」


 そう言うとエマさんはうらみがましげな視線をミランダに送る。

 だけどすぐに彼女は僕に向き直って言った。


「でも、首尾は上々。城内に侵入したあの女剣士さんは時間歪曲回廊わいきょくかいろうに入ったわ」

「時間歪曲回廊わいきょくかいろう?」

「ええ。時間の流れが極端に遅くなったいびつな空間。このお城の中にはそう言う場所があるのよ。そこに迷い込んだら現実時間の1分が10分になるの。本当なら5分で抜けられる回廊かいろうをアナリンは50分かけて抜けなきゃならないってわけ。時間かせぎにピッタリでしょ」


 そんな場所があるのか。


「実はこのお城にはある高名な時魔道士の霊が住みついてるの。その人のおかげで城内の時間の流れが狂ってしまってるのよ」


 そう言いながらエマさんはバルコニーから見下ろす中庭のはしを指差した。

 さっきまでまったく気が付かなかったんだけど、そこには一本の苗木なえぎが植えられていた。

 成熟した木々が立ち並ぶ中庭の中で、それだけがまだ子供の木だった。

 僕はその苗木なえぎに見覚えがある。

 僕の脳裏のうりに春先に起きた不思議な出来事が鮮明によみがえった。


「あ、あれって花見の時の……」


 それはマヤちゃんの祖母である高名な時魔道士・カヤさんが僕にゆずってくれた桜の苗木なえぎだった。

 カヤさん自身はもうすでに亡くなってしまっていたのに、桜の木を求める僕の前に現れたんだ。

 そして花見の席で苗木なえぎだった桜が一瞬のまぼろしのように成熟して満開に咲き誇り、それを見届けたカヤさんは同じくまぼろしのように消えていったんだ。  


「あの苗木なえぎは確かやみ洞窟どうくつの裏手にある山に植樹されたはずだけど……」

「ミランダ城の築城が決まった時、ミランダがあれをここの中庭に植え替えるように提案していたみたいなの」

「ミランダがそんなことを……全然知らなかったよ」

「そのおかげでこの城にそういう奇妙な特性がついたってわけ。さて、とりあえずアナリンを閉じ込めていられる間にミランダがアニヒレートを倒してくれることを祈りつつ、オニーサンには大事な話をしなきゃならないから、よく聞いてね」


 ミランダの操る闇狼ダーク・ウルフはアニヒレートと激しい戦いを繰り広げているけれど、どちらもそう簡単には倒れそうにない。

 決着までには少し時間がかかるだろう。

 僕もエマさんには色々と聞きたいことがある。

 少しの間、僕は彼女の話に耳を傾けることにした。

 それは僕と離れている間に、ミランダが反撃の糸口をつかむべく暗躍あんやくした話だった。

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