第12話 シーサーペント

「このクソくまがぁぁぁぁぁ! さっきの借りを返しに来たぜぇぇぇぇぇ!」


 巨大な水棲すいせいへび、シーサーペントに乗って現れたのは、魔獣使いのキーラだった。

 その元気な様子を見たノアがフンッと鼻を鳴らした。


「あの女、しぶとく生き延びておったか」

「う、うん」


 彼女はアニヒレートの頭の上から振り落とされたんだけど、あの高さから雑木林に落下しても平気だったのか。

 さっきは巨大コブラを操ってアニヒレートにいどんでいったキーラだけど、今度はシーサーペントをアニヒレートにけしかけている。

 シーサーペントは素早い動きでアニヒレートの体に巻きついていた。

 その様子にノアがまゆを潜める。


「あれではまたアニヒレートの筋肉肥大でねじ切られてしまうのではないか?」

「いや……」


 あの時は大地にしっかりと足をつけた状態だった。

 だけどアニヒレートは今、足場が底なし沼になっている状態でもがいている。

 そんな時にへびに巻き付かれても、力を入れられないんじゃないだろうか。

 その推測を確証づけるかのように、アニヒレートはシーサーペントを振りほどくことよりも、不安定な足場から逃れようともがくことに注力しているように見える。

 そしてそこに追い打ちをかけるようにキーラが叫んだ。

 

「アタシのシーサーペントがスタンダード種だと思うなよ? こいつのしびれる強さを見せてやる!」


 彼女がそう言った途端とたん、シーサーペントの緑色のタテガミがかがやき始めたんだ。

 するとその光がシーサーペントの体全体を包み込み、その光がアニヒレートにも伝播でんぱしていく。

 すぐにアニヒレートが苦しげな声を上げた。


「ギアアアアアアッ!」


 見るとアニヒレートの体が小刻みに震え、その毛並みから白い煙が立ち上り始めた。


「な、何だ?」

「あれは電撃だぞ。アルフリーダ。高電圧がアニヒレートの体を包み込んでおるのだ」


 ノアの言う通り、アニヒレートは小刻みに痙攣けいれんしながら苦しんでいる。

 キーラのシーサーペントはまるでデンキウナギのような力を持っているのか。

 彼女が言っていたしびれる強さってのはこのことだ。


「しかしあの魔獣使いの女はなぜ平気なのだ?」

「多分、彼女が着てるウェットスーツに電気を絶縁する特質が付いているんじゃないかな」


 そうでなければキーラも一緒にしびれちゃうしね。


「グアアアアアッ!」


 アニヒレートはもがいて暴れるけれど、足場の覚束おぼつかない状態ではシーサーペントを振りほどくことも出来ない。

 水の中では完全にアニヒレートが不利だった。

 そしてシーサーペントの電撃が思いのほかアニヒレートに効果があったようで、そのライフが100、200と大きく低下していく。

 いいぞ。

 ここで一気に決められるかも。


「ハッハッハー! コブラのかたきだ! しびれて死ね!」


 キーラの気勢に乗ってシーサーペントはおよそ5秒間隔かんかくで通電を繰り返す。

 徐々にアニヒレートの全身の毛が逆立ってきた。

 そのライフは順調に減り続けている。

 効いてるんだ。


「このまま息の根止めてやるぜ!」


 キーラはそう息巻いてシーサーペントの電撃をひたすら繰り返す。

 徐々にアニヒレートの受けるダメージ量が大きくなってきた。

 おそらく電撃をその身に浴びるのはアニヒレートにとって初めてのことなんだろう。

 慣れない痛みとしびれは確実にその巨体をむしばんでいく。


 アニヒレートの動きは次第に鈍くなり、底無し沼にあらがうことが出来ずにその体がどんどん水中に沈んでいく。

 その様子に対岸の兵士たちから歓声が上がった。

 本当にわずかだけど、見えてきた勝利への可能性に皆の士気が上がっているのが分かる。


 だけど……そんな空気に水を差すように空から降ってきたのは、無数の燃え盛るくいだったんだ。

 それはチームβベータの作戦時にシェラングーン沖の海上で僕らを襲ったものに似た上空からの爆撃だった。

 燃え盛るくいが次々と川面かわもに落下し、激しい水しぶきを上げる。


「アルフリーダ!」


 ノアが叫んで咄嗟とっさに僕の手を取り引っ張った。

 そんな僕のすぐ背後を燃えるくいが落下していく。

 僕らは上空から降るそれを裂けるために即座に川から対岸へ避難した。

 爆撃は川に集中していて、対岸の兵士たちは無事だった。


「あ、ありがとうノア。危なかった」

「またあの忌々いまいましい火の雨だ。こんな時に……」


 そう言ってノアはくちびるむ。

 燃え盛るくいは当然のように川の中にいるアニヒレートの体に当たって砕け散り、そのライフを減らした。

 だけど問題なのはアニヒレートの体に巻き付いていたシーサーペントにも燃え盛るくいが命中してしまっていることだ。


「うおああああっ! 何じゃこりゃぁぁぁぁっ!」


 おどろきの声を上げるキーラの乗るシーサーペントの体に、燃え盛る炎のくい容赦ようしゃなく突き刺さる。

 そのうちのいくつかはシーサーペントの頭の近くに立て続けに突き刺さり、頭部と胴体とを無残にも切断してしまった。


「ああっ! シーサーペントが!」


 当然のようにシーサーペントのライフは尽きて光の粒子となって消えていき、足場を失ったキーラは川の中へと落下していった。


「こ、今度は川かよぉぉぉぉぉっ!」


 川の流れに飲み込まれてキーラが見えなくなる。

 その体をさいなんでいたシーサーペントの電撃が失われたため、アニヒレートが再び動き出した。

 燃え盛るくいが無数に川に落下した影響で水温が上がり、浮いていた氷はことごとく溶けてしまっている。

 そのせいかアニヒレートが先ほどよりも力強く動き出したんだ。

 まだ底無し沼からい上がれそうにはないけれど、あのまま活発に動き続けるようならどうなるか分からないぞ。


 くっ!

 どうしてこんな時に邪魔が入るんだ。

 さっきの爆撃の主がアナリンの手下であるメガリンであることは明らかだった。

 でもなぜアニヒレートを助けるようなことを……。

 そういぶかしむ僕の内心を察知したようにノアが言う。


「奴らからすれば、アニヒレートを取り巻くこの乱痴気らんちき騒ぎが収まるのは好ましくないのであろう。今の状況ならば混乱に乗じて動きやすいであろうからな」

「そういうことか……くっ。こっちは必死だってのに」


 僕がうらめしい思いで上空を見上げると、アニヒレートが体の自由を取り戻したのを見計みはからったかのように爆撃は止まっていた。

 僕はメイン・システムを起動して作戦本部のブレイディーに連絡を取る。


【ブレイディー。上空に敵の姿は?】


 このポイント・ファイブの上空には多数の監視妖精や鳥型監視カメラが用意されている。

 敵の姿があれば必ず捕捉しているはずだ。


【今の爆撃で2割ほどカメラが落とされてしまったが、やはり上空に敵の姿はないよ、残念ながらね。でもひとつ分かったことがある。どうやら敵は遠隔地えんかくちから爆撃を行っているらしい】


 遠隔地えんかくちから?

 僕らはあの爆撃は上空から行われているものとばかり思っていたけれど、そうじゃないってこと?


【今回の爆撃の軌道を今、計算して辿たどってるんだけど、どうやら王都の方角から放たれた攻撃みたいなんだよ】


 そ、そんなに遠くからこの場所を正確に攻撃できるものなのか?


【超遠距離攻撃だね。こういうタイプは初めて見るよ。おそらく座標を入力してその場所に寸分たがわぬ爆撃を出来る能力なんだろうけど、そのためには攻撃目標がその場にいることを確実に知っておかなければならないよね。要するに敵は何らかの手段でこのポイント・ファイブを監視しているに違いない】


 ブレイディーがそう言ったところで、突如としてアニヒレートが大きくえた。 


「グオオオオオオッ!」


 見ると、胸の辺りまで沈みかけていたアニヒレートが前脚をバタつかせて水をかきまくり、そこから脱出しようとしている。

 ものすごい水しぶきが対岸まで飛び散り、待機している兵士たちが全身ズブれになってこれに耐えていた。

 

 くっ!

 アニヒレートにすぐに対処しなきゃならないのに、上空からの爆撃にも備えなくちゃならないなんて。

 ここにきて事態は悪い方向に転がり出し、さっきまでの勝利への期待感は吹き飛んでしまった。

 アニヒレートは力強く前脚で水をかき、浮上しようとする。

 底無し沼にあらがうその大きな力は巨体を徐々に上へと引き上げようとしていた。

 そんな……ここまでやってもダメなのか?


「落胆しておる場合ではないぞ。アルフリーダ。我らであのくまを沈めるのだ」


 そう言うとノアは蛇龍槍イルルヤンカシュを手にアニヒレートの頭上に向かう。

 僕も彼女を追っていこうとしたその時、アニヒレートの体に水面下から何かがからみ付くのを見たんだ。


「ゴアアアアッ!」


 アニヒレートの体や前足に何匹もの大きなへびからみ付いてその体を再び水面下に引きずり込もうとしている。

 まだ他にもシーサーペントが残っていたのか?


「いや、あれは……」


 よく見るとそれはさっきポイント・フォーで見たへびの精霊たちだった。

 僕の先を行くノアもその様子に急停止して、周囲をうかがっている。


「見よ。アルフリーダ」


 そう言ってノアが指差すのは、シェラングーン側とは反対側の対岸だ。

 そこに集まって来たのはポイント・フォーでアニヒレートに破れて潰走かいそうした混成部隊の人たちだった。

 その数は200人程度と少ないけれど、そのほとんどが精霊魔術師たちだった。


 そうか。

 彼らがあのへびたちを召喚してアニヒレートに攻撃を仕掛けていたんだ。

 見ると精霊魔術師たちのかたわらにはあの部隊長の姿があった。

 彼が残存兵力のうちまだ戦える人たちを集めてここまで戻ってきてくれたのだと分かり、僕は胸が熱くなる。


 アニヒレートの怖さを嫌というほど見せつけられて、本当なら彼らの誰もがアニヒレートの顔も見たくないはずだ。

 それなのにこうして再び駆けつけてくれた。

 皆、勝利への思いは一緒なんだ。


「ゴアアアアッ!」


 せっかく邪魔物が消えてい上がろうとした矢先に再びまとわりつかれて、アニヒレートは苛立いらだっている。

 だけどその足元が覚束おぼつかないままではあらがうこともままならないだろう。

 精霊魔術師たちも魔力を振りしぼり、それを受けた精霊のへびたちがアニヒレートを水底へと沈めていく。

 元来、へびを苦手とするアニヒレートは抵抗むなしく、とうとう頭まで水の中へと引きずり込まれていく。

 無敵の力を誇る巨大なくまの魔物は、ゴボゴボと盛大な泡を残して、ついに底無し沼の奥へと沈んでいった。

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