第9話 激突! 熊と大蛇

「ハッハッハー! どけどけぇ! 前座のカスどもが! アタシの邪魔すんじゃねえ!」


 キーラの高笑いが高いところから響き渡る。

 彼女は今、アニヒレートに負けないほど巨大なへびの頭の上に立ち、戦場を見下ろしていた。

 キーラが操るその巨大なへびは、彼女が装備しているレザーアーマー同様に黒と赤が特徴的な縞模様しまもようの胴体を持つコブラだった。

 その大きな頭部にはちょうど人1人が立てるスペースがある。

 そして牙は鋭く、その眼はおどろおどろしい黒みがかった緑色をしていた。


 その大きさはアニヒレートよりはやや小さいけれど、それでもゆうに100メートルはあるだろう。

 胴回りは直径にして2メートル近くあるかもしれない。

 見たこともないほど巨大なへびが現れたことで、兵士たちの間からどよめきが上がった。

 特に魔獣使いの人たちは規格外の巨大なへびの姿に唖然あぜんとしている。


 優れた魔獣使いはより強大な魔物を使役するのみならず、その魔物の力を最大限まで引き上げることが出来るらしいと聞いたことがある。

 だから魔獣使いであればこそ、キーラの操る大蛇だいじゃの大きさにおどろきを隠せないんだろう。

 そんな周囲の反応を楽しむようにキーラが得意げな様子で言った。


「真打ちの凄味すごみを見せてやるよ。いけっ! ボンクラぐまを締め上げてみ殺せ!」


 キーラの命令に従って巨大コブラはアニヒレートに向かって行く。

 その体が高熱の赤いきりに触れても巨大コブラは平然としていた。

 あのへび、熱に強いのか?

 それだけじゃなくキーラも赤いきりの中でまったく動じていない。

 そうだ……以前も彼女は確か熱に強い装備をしていたはずだ。


 キーラに命じられた巨大コブラはアニヒレートの足元からゆっくりとい寄っていく。

 それに気付いたアニヒレートは後ろ脚を振り上げて、これを踏みつぶそうとした。

 だけど巨大コブラは急激にその身をひねって素早い動きを見せると、アニヒレートの後ろ脚にからみついた。


「シャアアッ!」

「ゴアアアッ!」


 バランスをくずしそうになりながらも何とか踏みとどまるアニヒレートだけど、巨大コブラは螺旋らせんを描くようにその脚を伝って体の上へとい上る。

 その速度は速く、アニヒレートが反応するよりも先に巨大コブラはその鋭い牙をアニヒレートの首すじに食い込ませた。


「グォォォォッ!」


 みつかれて声を上げるアニヒレートのライフがどんどん減っているのが分かる。

 ただでさえ苦手なへびである上に、あれだけの大きさを誇る相手だ。

 アニヒレートも必死にこれを引きはがそうとするけれど、くまの前脚は物をつかむのには適していないようで、それもままならない。


「ハッハー! こいつの毒はえげつねえぞ。たっぷり味わえ!」


 巨大コブラの頭の上に立つキーラはそう叫ぶ。

 あのへびは見た目の毒々しさにたがわず毒蛇どくへびなんだ。

 さらにキーラは苦しむアニヒレートの顔に向けて、彼女の中距離攻撃スキルである爆弾鳥クラッシュ・バードを放った。


爆弾鳥クラッシュ・バード!」


 赤く燃え盛る鳥が次々とアニヒレートの鼻先にぶつかって爆発する。

 それ自体はほとんどアニヒレートにダメージを与えることはなかったけれど、巨大コブラを引きはがそうとするアニヒレートの注意力を散漫にさせるのには十分だった。

 アニヒレートは巨大コブラの猛攻の前に成す術もなく、そのライフは75000を切るほどに減っていく。


 すごい。

 キーラはその傲慢ごうまんとも思えるほど豪胆ごうたんな口ぶりにたがわぬ実力を見せつけている。

 魔獣使いとしての彼女はかなり優秀なNPCなんだろう。

 かつては敵として僕や仲間たちを苦しめたキーラの活躍ぶりを、僕は複雑な思いで見つめた。


 でも、どんな背景があるにせよ今こうしてアニヒレートに効果的な攻撃を仕掛けてくれているなら、ありがたいと思わなくちゃ。

 僕はすぐ近くを飛んでいるノアに声をかけた。


「とりあえず僕らが横槍を入れるすきはなさそうだね。今のうちに負傷者の救助を……」

「待てアルフリーダ。あれでは長くは持たぬ。早晩あのへびはアニヒレートに八つ裂きにされるぞ」

「えっ?」


 ノアは油断のない顔でアニヒレートの様子を見つめている。

 巨大コブラにからみ付かれて苦しむアニヒレートの体の色がまたもや赤く染まりつつあった。

 高熱化だ。

 アニヒレートが爆発火球を吐き出す前触れだぞ。


「ムダだ! アタシのへびはこのくらいの熱じゃへたばらねえよ!」


 そう言うキーラの言葉通り、巨大コブラがさらなる力でアニヒレートを締め上げ、その首すじに立てた牙を深く食い込ませる。

 もう毒が全身に回りつつあるのか、アニヒレートはガクッとその場にひざをついた。

 その様子に僕はホッとしてノアを振り返る。


「ノア。大丈夫そうだよ。毒が回ってアニヒレートも動けなくなるんじゃ……」

「見よ! アルフリーダ!」


 僕の言葉をさえぎってノアがそう叫んだ。

 弾かれたように再び振り返った僕は、アニヒレートに再びまだ見ぬ異変が起きたことを知ったんだ。

 巨大なくまの体は異様なほどに筋肉が盛り上がっている。

 もともと筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる体だったそれは、さらに筋肉がふくれ上がり、まるでパンが焼きがまの中でふくれるような状態になっていた。


「ぐっ! な、何だこいつ! くそっ!」


 キーラは悪態をつきながら負けじと巨大コブラを操ってアニヒレートを封じ込めようとする。

 だけど事態はノアが見通した通りになった。


「ゴアアアアッ!」


 えて再び立ち上がったアニヒレートの体がパンプアップした筋肉でパンパンになり、そこに巻き付いていた巨大コブラがとうとう音を上げたんだ。


「シャアアアッ!」


 からみついたアニヒレートの体から離れようとした巨大コブラだけど、アニヒレートは逆に前脚を胸の前で自分の体に押し付けてコブラの頭部を押さえ込んだ。

 ま、まずいぞ!

 巨大コブラは深々と突き立てた自らの牙が、肥大したアニヒレートの筋肉から抜けなくて動けずにいる。

 アニヒレートはそんな巨大コブラの頭を前脚で自分の盛り上がった首すじに押し付けてつぶしにかかる。


「くっ! 放しやがれ! このくま野郎!」


 キーラは巨大コブラの頭の上から身をおどらせると、果敢かかんにアニヒレートの頭に乗り移り、獣属鞭オヌリスでアニヒレートの目をビシリと叩いた。

 するとアニヒレートはうるさい羽虫でも振り払うかのように顔をブンッと前に振って、キーラを振り落としたんだ。


「うおっ! おわあああああっ!」


 キーラは空中に投げ出されて、あっという間に雑木林の中へと落ちて行く。

 そしてアニヒレートはそのまま巨大コブラの頭を容赦ようしゃなく押しつぶしてしまった。


「ゴアッ!」


 頭蓋骨ずがいこつが砕けるメキメキという嫌な音がして、巨大コブラは口から舌をらしたまま絶命して動かなくなった。


「オオオオオオーン!」


 興奮状態のアニヒレートが勝利の雄たけびを上げ、その凄まじい大音響に僕は凍り付く。

 人も動物も生き物だったら誰しもが身をすくめて動けなくなってしまうほどの恐ろしい咆哮ほうこうだ。

 そんな中、竜の血を引く竜人ノアだけは冷静にアニヒレートの状態を見つめていた。


へびは死んだが、その毒は確実にくまの体に回っておるようだぞ」


 見ると雄たけびを終えたアニヒレートは立ち尽くしたまま動かなくなってしまう。

 膨張ぼうちょうしていた全身の筋肉も元の大きさに戻っていき、その体に巻きついていた巨大コブラの死骸しがいは光の粒子となって消えていく。 

 キーラの巨大コブラでもアニヒレートにはかなわなかった。


 キーラは雑木林に落下していったけれど、この高さからだと下手をすれば命を落としかねない。

 まあでも、あのしぶといキーラがそう簡単にゲームオーバーになるとは思えないけれど。

 そんなことを思いながら雑木林をチラリと見ると、それを見咎みとがめたノアに頭をパシッとはたかれた。


「アイタッ!」

「たわけ。敵だった女の心配などしている場合ではないぞ。今のうちにアニヒレートを叩くのだ」


 そう言うとノアは蛇龍槍イルルヤンカシュを構えた。

 そんな僕らの視線の先、動かなくなったアニヒレートの体から突如としてプシュッと音を立てて赤黒い液体が飛び出してきたんだ。

 な、何だ?

 それは立て続けにアニヒレートの体からプシュッ、プシュッと飛沫しぶきとなって飛び出してくる。


「ま、また高熱のきりかな?」

「いや……このニオイ。あれは血だ」


 確かに風に乗って血のニオイがここまでただよってくる。

 アニヒレートの体からは次々と血が噴き出し、その度にライフが100単位で減っていく。


「ど、どうなってるんだ?」  

「あれはおそらく……毒抜きをしておるのだ」

「毒抜き?」

「うむ。血と共に毒素を体の外に排出しておるのだろう。厄介やっかいくまめが」


 そう言うとノアは蛇龍槍イルルヤンカシュをブンッとひと振りしてさらに上空へと舞い上がっていく。

 僕はそれについていきながら、彼女に声をかける。


「ノア?」

「今のうちに奴にひと突きくれてやろうかと思うてな。ノアの全力がどの程度通じるか、試してくれよう。そなたはそこで見ておれ。アルフリーダ」


 そう言うとノアはアニヒレートの頭上まで舞い上がり、頭を下にして真っ逆さまの状態で静止する。

 そして蛇龍槍イルルヤンカシュの切っ先をアニヒレートの脳天に向けると、その口からゆっくりとブレスを吐き始めたんだ。

 聖邪の炎ヘル・オア・ヘヴン

 光とやみのブレスがノアの体を包み込み、ノアがゆっくりと回転を始める。


 あれはノアの上位スキル。

 ノア自身の体を一本の槍に見立てて、敵を貫きほうむり去る大技・竜牙槍砲ドラゴン・バリスタだ。

 ドリル状の回転はすぐに高速回転と化し、彼女の体の周囲をおおう白と黒の炎が渦巻うずまき状に変化していく。


竜牙槍砲ドラゴン・バリスタ!」


 一本の燃え盛る槍と化したノアが高速落下してアニヒレートの頭上に突っ込んでいく。

 すぐに蛇龍槍イルルヤンカシュの切っ先がノアの脳天に突き刺さった。

 途端とたんにアニヒレートの頭の毛が切り裂かれて舞いおどり、やがて脳天から血が噴き出した。


 うえええええっ!

 何という光景だろうか。

 見ているだけで痛々しい!


 アニヒレートのライフが一気に500減って、ようやく残り70000のラインが見えてきた。

 だけどアニヒレートはそれだけのダメージを負っているにもかかわらず、声一つ上げずにその場に動かずにいる。

 その体からは血が噴き出し続けているけれど、心なしか血の色が赤黒いそれから鮮やかな赤色に戻って来ているように見える。

 もしかして巨大コブラから受けた毒を完全に吐き出しきったのか?

 だとするとそろそろ動き始めるんじゃ……。


 そう危惧きぐした僕の視線の先では、アニヒレートの血の放出がいよいよ終わった。

 そして猛威を振るうノアの竜牙槍砲ドラゴン・バリスタはアニヒレートの頭蓋骨ずがいこつに到達したのか、キィィィンという固い金属をけずるような音を立てて止まった。

 回転を止めたノアはすぐさま羽を広げて宙を舞い、アニヒレートの頭上から離れて僕の元へ戻ってくる。


「ノア!」

「むぅ。奴め。硬過かたすぎる。骨までは貫くのは難儀だ」


 そう言うとノアは蛇龍槍イルルヤンカシュをブンッと振って、穂先についたアニヒレートの血を払い落とした。

 彼女に脳天をけずられたアニヒレートは動き出すかと思われたけれど、息遣いきづかいもなく微動だにしないままその体中の毛の色が変色していく。

 黒と赤の混じった毛の色が灰色へと転じ、そしてその体が硬化していく。

 これは……アニヒレートが睡眠状態に入る前の予兆か?


 そう疑った僕だけど、アニヒレートの体にはすぐにピシピシッと亀裂きれつが入り始めた。

 な、何が起きようとしているんだ?

 事態の変化について行けずに見守るばかりの僕らだけど、そこでメイン・システムに通信が入った。

 

【ポイント・フォーの残存部隊はへびを温存したまま、ポイント・ファイブまで全速後退せよ! これより最終作戦に入る!】


 ブレイディーから全軍への通達が行き渡り、ポイント・フォーに集っていた全ての兵士があわただしく後退していく。

 明らかに状況はかんばしくないけれど、アニヒレート駆除作戦は最終段階を迎えることとなった。

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