第10話 再び王都にて

「……あれ?」


 気が付くと僕は再び王都の司令塔に戻されていた。

 そ、そうだ。

 僕は北の森で……。

 

「ようやく目が覚めたか。アルフリーダ」


 そう声をかけてきたのは神様だ。

 銀のアバター妖精だった僕は、今は女性のアルフリーダの姿に戻っている。

 そして司令塔のどこかにある救護室のベッドに寝かされていた。

 神様はそんな僕のベット脇に置かれた椅子いすに座っている。


「か、神様……僕は一体?」

「おおアルフリーダよ。死んでしまうとは情けない」


 あ、僕死んじゃったのか。

 いやいや。

 そうじゃないだろ。

 元の体に戻っただけだ。

 ってことは銀のアバター妖精は……。


「お目覚めですか~。アルフリーダ様~」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、おぼんに水差しをせた獣人の少女アビーだった。

 僕が起き上がると彼女は水差しからゆっくりと水を僕の口にふくませてくれた。

 のどを通る水の感覚が心地いい。


「ありがとう。アビー」

「どういたしまして~。アルフリーダ様は~アニヒレートの攻撃を受けてしまったのです~」


 やっぱりそうだったのか。

 アビーの言葉を継いで神様が続ける。


「アニヒレートの光弾を浴びた銀のアバター妖精の体は消失。おまえは強制ログアウトとなったわけだ。アルフリーダ」

「すみません神様。貴重なアバター妖精を失ってしまって」

「気にするな。テスト・サンプルに過ぎん。それよりも状況を説明するぞ」


 そう言う神様に僕はハッとした。

 ミランダとアリアナとエマさんはどうなったんだ?

 ダンゲルンの街は……。

 そんな僕の心情をこの表情から読み取ったのか、神様は嘆息たんそくして言う。


「やれやれ。顔に出やすいその性格は女の体になっても変わらないな。先に言っておくが、ミランダとアリアナとエマはまだ生きておる。ゲームオーバーになったキャラのリストには上がってきていないからな」

「そ、そうですか。よかった……」


 神様の言葉に僕はひとまず胸をで下ろした。


「だが、2人とも行方は分からないままだ。エマは危ういところで森を脱出することが出来てな。北部都市から派遣された懺悔主党ザンゲストの捜索部隊に合流して、ミランダとアリアナを探している。だが、捜索そうさくは難航しているようだ」


 神様の話によれば、川に流されてしまったミランダは下流でも見つかっていないようだ。

 そして雪崩なだれまった森の中は思うように捜索そうさくが進まず、アリアナもまだ見つかっていないとのことだった。

 2人とも……今どこにいるんだ。


「アルフリーダ様~。今はまだ見つかっていないですけれど~、あのお2人でしたらきっと大丈夫なのです~」


 そう言ってアビーはやわらかな笑みを浮かべる。

 その笑顔が僕の心を落ち着かせてくれた。


「そうだよね。アビー。あのミランダとアリアナだもんね」


 今はただ無事を祈ることしか出来ないけど、彼女たちは必ず無事で帰還してくれると信じよう。

 そう自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻す僕に神様は言った。


「それよりも深刻なのはアニヒレートの侵攻だ。おまえがノンキに寝ている間にダンゲルンはあえなく陥落かんらくした」

「えっ……ダンゲルンが? プレイヤーの軍勢は負けてしまったんですか?」

「ダンゲルン南部の平原に展開していたプレイヤー軍はアニヒレートの大火球を浴びてその半数が命を落とした。その後、浮き足立ったプレイヤー軍は森から出て平原を進むアニヒレートの前にさしたる抵抗も出来ずに瓦解がかいした。8割ほどのプレイヤーがゲームオーバーとなり、残った2割は撤退を余儀なくされたのだ」


 僕は銀のアバター妖精として消える直前のことを思い返した。

 森の北側に集まっていたプレイヤー軍に向けて放たれた大火球。

 あの一撃で多くのプレイヤーたちもやられてしまったのか。


 神様は現在のダンゲルンの状況を映像で見せてくれた。

 その惨憺さんたんたる光景に僕は声を失う。

 ダンゲルンは王都の状況よりもさらにひどかった。

 ほとんどの建物が焼け落ち、崩壊してもはや街の姿を留めていない。

 

「事前の避難で住民のNPCたちは死傷者ゼロで済んだ。だが、防衛に残っていた2000人の兵士たちはアニヒレートの攻撃を受けて多くが死傷し、もはや動ける者は300名ほどしか残っておらん。ダンゲルンはアニヒレートによって徹底的に蹂躙じゅうりんされた」


 そう言うと神様はメイン・システムを操作して映像を切り替える。

 それは今まさにどこかの街を破壊しているアニヒレートの映像だった。


「こ、これは?」


 それはダンゲルンとは違う、見覚えのない街だ。

 あまりこの辺りでは見かけない建築様式の建物が、アニヒレートによって次々と破壊されている。

 そして映像には【LIVE】の文字が表示されていて、これがリアルタイムの出来事であることをしらせていた。


「東部都市ホンハイだ」


 東部都市ホンハイ。

 このゲームの舞台であるバルバーラ大陸における東部地域の中では、もっとも栄えている大きな都市だ。

 南部都市シェラングーンに負けないくらいの規模の大きさを誇り、けわしい山と森に囲まれた北部都市ダンゲルンとは段違いに人も建物も多い。

 僕は行ったことはないけれど、珍しい工芸品や芸術品はホンハイ産のものが多いんだ。


 アニヒレートはダンゲルンの次にホンハイを標的にした。

 でもダンゲルンからホンハイに直接進むなら、けわしい山岳地帯をいくつも越えなくちゃならないはずだ。

 いくら巨大なアニヒレートでも時間がかかるはず……ん?

 僕は今さらながらホンハイの映像の画面端に映る現在の時刻を見た。

 時刻はすでに正午を回っている。


 ちょ、ちょっと待てよ。

 アニヒレートが王都を襲ってからもうすでに24時間が経過したってことじゃないか。

 もう48時間のイベント半分を消化しちゃってるよ!

 僕がアニヒレートにやられて銀のアバター妖精が消滅したのは……ゆうべの深夜0時過ぎ。

 マ、マジか。


「僕、12時間も寝ちゃってたんですか?」

「そうだ。よく寝たな。2日分くらい寝たんじゃないか? そんなに眠かったのか」


 いや、というか寝ていたんじゃなくて気を失っていたようなものなんですが……それにしても寝過ぎでしょ!

 自分でも不思議だけど何でそんなに寝ちゃったんだろうか。


「アルフリーダ様は~無理し過ぎたのです~」


 アビーはそう言うと、僕の頭に手を伸ばす。

 そしてその小さくて柔らかな肉球付きの手で僕の頭をグニグニとマッサージしてくれた。

 ああ~気持ちいい~。


「どうやら~アバター妖精状態での戦闘は脳を酷使してしまうようですね~。しかも~妖精本体が消滅してしまうほどのダメージを受けると~アルフリーダ様も脳の疲労回復のために長い睡眠状態に入ってしまうようです~」


 そ、そうだったのか。

 まあアバター妖精はテスト・サンプルって言ってたし、まだまだ実験中で分からないことも多いってことなんだね。


「こうなると次に金のアバター妖精にログインするのはリスクがともなうな。また同じように強制ログアウトとなれば、アルフリーダか眠りこけているうちにイベントが終わるぞ。注意せねばならん」


 そう言う神様の映し出すモニターでは、アニヒレートに襲われたホンハイの街が火の海に変わっていた。

 ひどい状況だ。


「あの……ホンハイの街の住民たちは?」

「ダンゲルンと同様に事前に避難勧告をしていたんだがな。何しろダンゲルンと違って人の数が多い。全員避難というわけにはいかなったようだ。ゲームオーバーの犠牲者リストにはすでに少なくない数のNPCたちの名前が挙がっている」

「そうですか……」


 見ず知らずのホンハイの人たちだけど、何の罪もないNPCたちが命を落としていることに僕は気が重くなった。

 そんな僕の気持ちをおもんばかってか、神様は言う。


「王都とダンゲルンの惨状を見たホンハイの連中は逆に戦意を高揚こうようさせてな。あそこは大都市としての気位きぐらいの高い者が多い。プレイヤーとNPCの混成軍を作って意気揚々ようようとアニヒレートを迎え撃ったんだ」

「そ、そうなんですか。でも……」

「ああ。結果は見ての通りさ。ホンハイの陥落かんらくはもう時間の問題だろう。そうなるとアニヒレートが次はどこを標的にするかというと……」


 そう言うと神様はホンハイの映像のとなりに、このバルバーラ大陸全土の地図画像を出す。


「中央にある王都から北のダンゲルンを経由して東のホンハイ。それがアニヒレートの足取りだ。残るは西と南だな。だが西に向かおうとすれば再び険しい山脈地帯を越えて大陸を横断せねばならん。しかし南に行くなら移動しやすい平野が続く。必然的にアニヒレートは南への進行を選ぶだろう。そして南部最大の都市と言えば……シェラングーンだ」


 神様のその言葉に僕は息を飲んだ。

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