第8話 燃える翼
森の中を流れる川の上までせり出した太い木の枝には、僕が探していた少女が腹ばいになって引っかかっていた。
「ミランダ……」
ミランダだ!
それは確かに彼女だった。
彼女は太い枝にうつ
「よかった。無事だったんだ」
だけど僕が覚えたひとまずの
あれは……まずいぞ。
彼女が身を預けている枝の真下は流れの速い川だ。
彼女が身じろぎ一つでもしたら、急流に転落してしまう。
そしてさらに悪いことにそんな彼女の周りにはトビダニが群がり始めていたんだ。
トビダニたちは動かないミランダを獲物と定めたようで、今にも彼女に飛びかかろうとしていた。
ミランダはアナリンにやられた傷が相当深いのか、まったく目を覚ます様子がない。
これはやばい。
僕は声を潜めるのも忘れて叫びながらミランダに向かって飛んだ。
「ミランダー!」
だけど僕が駆けつける前にトビダニたちがミランダの髪の毛や衣を引っ張り始め、態勢を
「ああっ!」
派手な水しぶきを上げたミランダの体はそのまま急流に飲み込まれて流されていってしまう。
な、何てことだ。
僕は大急ぎでミランダを追いかけようとしたけれど、トビダニ達が今度は僕に群がってきて、それを邪魔する。
「じゃ、邪魔だよ! どいてくれ!」
僕は必死にトビダニを振り払おうとするけれど、Eライフルを持たない今の僕ではそれもままならない。
くっ!
急いでミランダを追いかけないといけないのに!
そうこうしているうちにミランダの姿はすっかり流されて見えなくなってしまう。
と、とにかくこのトビダニたちを何とかしないと。
周囲を取り囲むトビダニにモミクチャにされながら僕は必死にアイテム・ストックを呼び出そうとした。
だけどこの状態ではそれすらも難しい。
ど、どうしたらいいんだ!
僕が内心でそう悲鳴を上げたその時だった。
トビダニ達が一瞬で真っ二つに切り裂かれて、全て川の中に落下していったんだ。
た、助かったのか?
もしかしてアリアナが来てくれたんじゃ……。
そう思った僕の体をいきなり後ろから誰かが
「ふぎゅっ!」
その力の強さに僕は思わず声を上げた。
そんな僕の背すじを凍り付かせる声を発したのは、その手の主だった。
「魔女ミランダの使い魔か。ミランダはどこだ?」
見上げる僕を
な、何てこった。
アリアナが助けに来てくれたなんて、そんな甘い状況じゃなかった。
トビダニ達を斬り裂いて僕を確保したのは、今一番会いたくない相手、東将姫アナリンだったんだ。
彼女は
「ミランダはどこだ? 言わぬならこのまま握りつぶすぞ」
そう言って手に力を込めるアナリンだけど、僕は歯を食いしばって首を横に振る。
この妖精の状態で握りつぶされたとしても、強制的にこの体からログアウトされるだけだ。
それ自体は深刻なことじゃない。
でも、ここでログアウトしてしまえば、川に流されたミランダを助けられなくなる。
アナリンに締め上げられながら僕は必死に声を
「ミ、ミランダ様を探しているところです」
アナリンは僕がアルフレッドだということは知らない。
だから僕も使い魔の妖精になり切ってそう言った。
そんな僕をじっと
「フンッ。まあいい。貴様を
か、
アナリンにはNPCのログを解析する手段があるのか?
そんな僕の疑問をよそにアナリンは僕を握る手の力をわずかに
「ところであのアルフレッドとかいう
え?
僕のことを探している?
何で?
確かにアナリンは王都で僕が
舌を斬り取ってやるとか恐ろしいこと言ってたし。
けど、そんなことで僕を探すか?
「奴が姿を消し、王女の
そ、それを疑っているのか。
アナリンの予想は外れている。
王女様の
アナリンにじっと
それは悲鳴のようなけたたましい声だった。
その声を聞いたアナリンはハッと顔を上げ、僕をその手に
「
アナリンは
向かう先の森が赤く燃えていた。
すさまじい勢いで火が燃え上がり、近付くほどにパチパチと木々の
その現場に到着すると、先ほどアニヒレートが放った青い光弾のせいで地面がえぐれて、木々が根元から吹き飛ばされていた。
そして燃える森の中、炎に囲まれた
その両翼には火が燃え移っていて、
体も大きく頑強そうな
アナリンはわずかに表情を
「……やむをえまい。翼を失う
アナリンはそう言うと、
ま、まさか……。
「使い魔。どこへでも逃げるがいい。
やっぱり殺すってことか。
確かに
アナリンにはそんな時間はないってことなんだ。
「
そう言ってアナリンが
そしてアナリンは即座に刀を
アナリンはグッと
あ、ああ……。
両者のその姿に、僕は何だか分からないけど胸がざわついて、
「ちょ、ちょっと待って!」
そう言うと僕はアイテム・ストックの中から思いつく限りのアイテムを取り出す。
僕のアイテム・ストックにはかなり雑多な内容のアイテムが多数入っているんだ。
備えあれば
そんな僕が数あるアイテムの中から選び出したのは、冷却性消火器と
そのうち冷却性消火器を僕は
するとノズルから発せられた超低温の泡が
うまくいったぞ。
そしてアナリンは奇妙なものを見るような顔で僕を見て言った。
「貴様……どういうつもりだ」
でも、敵であり冷酷なサムライであるはずのアナリンが
「
「そんなことは聞いていない! 貴様、何が目的だ」
アナリンは刀の切っ先を僕に向ける。
僕はそんな彼女の足元に火傷用の薬剤と包帯を放った。
「君は
そう言うと僕は上空に上昇する。
これは
アナリンが
だけど僕が50メートル近く上昇してもアナリンは僕を追って来なかった。
下を見下ろしても燃える森から立ち上る黒煙でアナリンの姿を見ることは出来ない。
とにかく僕は今のうちにミランダを探さないと。
この高さになると森の向こう側にダンゲルンの街並みが見渡せる。
そしてこの森とダンゲルンの間に広がる平原には、アニヒレートを迎え撃つために集結したプレイヤーの軍勢が見えた。
当のアニヒレートは変わらずに氷
そして先ほどミランダが流された川は、森の東へと流れが続いていることが分かった。
僕はその方角へ急いで向かう。
だけどその時、背後から奇妙な音が響いてきたんだ。
それは何かが割れるようなけたたましい音だった。
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