第26話 閑話:おっさんの師範 後編

「ジーマや」


 走り始めたタクトを尻目に訓練所からこっそり抜け、ジーマの家へと赴く。


 ノックをすれば、ドアに付けられた小さなスペースからチラリと覗かれすぐに鍵が開いた。


 この時すぐにドアを開けないのが礼儀じゃ。

 なんせ扉の向こうではジーマが覗き窓を覗くために、台の上に乗っておるからの。


 それを片付ける時間が必要なんじゃ。恥をかかせないためにの。


「なんだい。また来たのかい……。今度もタクトの事だね。」


「ああまあの。その通りじゃ」


 ただの訪問じゃないことを悟ったか。相変わらず鋭い婆さんじゃ。見た目は幼子じゃがな。出会って数十年全く変わらんわ。


「そういえばあんたタクトにただの武術指南と紹介してるらしいね。まったく。師弟揃ってわけのわからない男達だよ。あんた名前も教えてないそうじゃないか。」


「?そう言えばそうじゃの。いきなり師範などと言われたんでそのままにしてしまったわい。カッカッカ。まぁ面白いしそのままでもよかろう。ミステリアスじゃろ」


「はぁ。呆れたね。あんたはそう言うところがまるで変わってないよ。見た目はジジイになったがね。それはそうと、あんたは何してんだい。帰ってくれば魔力経路も含め筋肉がズタボロだよ。」


 なんじゃあやつ魔力循環だけでなく、やはり魔力操作もちかい。スライムが弾けるはずじゃわい。


 それでも……。


「ふむ……。」


 タクトの異常な回復に思考を巡らせていると、下から覗き込むようにしてジーマが尋ねる。


「どうしたんだい。」


「いやの……。そんなズタボロまで追い込んだ筈の筋肉や体組織が、どうして1日で動けるまでに回復するのかと思っての」


 ありえない位の回復力は、ジーマの力ではなかったという事か。


「ありえない回復力だって?そりゃああれだろうね。タクトのスキルさ。あんたタクトのスキルを城の連中から聞いていないのかい?呆れたね。武術の指導役にステータスも知らせてないとは……。」


 全くじゃ。それには激しく同意じゃの。まあ武術の指導ではなく武術の指導ぽい事をやって2週間面倒みろだったからの。


 言ってみれば放置推奨じゃ。


 ワシは全力で叩き込むがの!カッカッカ!


 それにしても……。『融合』?

 聞いたことがないスキルじゃ。城の連中が追い出そうとするくらいじゃ。あまり良いスキルではないんじゃろうな。


「そもそも『融合』というスキルは物と物を融合させて新しいものを作るスキルなんだよ。この国では錬金術にも調薬にも劣る屑スキル、ゴミスキルって言われんのさ。」


「ほう。やはり評価が低いスキルじゃったか。で?それがなぜに異常な回復力につながるんじゃ?」


 聞けばタクトは、城の者たちの前で薬草と水を『融合』してみせ、たった1回の発動で魔力欠乏で気絶寸前になった。


 さらにできたのは劣化ポーション。それでは城の者達は納得しないだろうの。


 だからこそ、そのスキルがどうこの事態に繋がるのか、さっぱり分からんぞ。


「ズタボロの筋組織も魔力回路もあいつは馬鹿みたいなスピードで『融合』させてんのさ。所謂超回復さ。より強くなるようにね。」


「な……。」


「タクトにとって死活問題なんだろうね。うちで寝かせてみれば、寝てる間も拙いながらも、『融合』するために魔力を循環させてるよ。朝にはより強い魔力回路の出来上がりさ。あの子は気付いてすらないけどね。「筋肉痛って意外にないもんなんですね。」なんてぬかしてるくらいさ。」


 そしてそのまま一拍おきジーマが言葉を続ける。


「超回復が有効なのは、筋肉もそうなんじゃないかい?」


 そう言われ、たしかに思うところはある。

 最初の日に無茶させすぎて、体が命の危機を感じたんじゃな。それで本来と違う方向でスキルを発動したか。


 すまぬタクトよ!本当にすまぬ!ギリギリを責め過ぎたのじゃ!


 しかし、なんとも面白い男だ。


「体が命の危険を感じて自動でスキルを回復に使うなんて、下手すりゃ死んでたよ!どんな訓練させたらそうなるんだい!」


 ジーマは激昂しているが、自分だって魔力回路が傷付くほどの魔力訓練をやらせているんじゃ?お互い様じゃろ


 しかしこれはまた面白くなった。もっと修行のレベルを上げてもよいということじゃ。


 明日からは本格的な修練じゃな。


 それより、飲み込みの悪いタクトでもわかるようにせんとな……。


 くっくっく。

 こんなに心踊る弟子は初めてじゃ。ギリギリ迄追い込めば追い込むほど、より強くなる。しかも本人がそれを全く自覚しておらんから必死にこなそうとする。それこそ命掛けにの……。


 あのブンブン才能を振り回すだけの勇者とは大違いじゃ。


「それではの!」


「はぁ〜。あんたのその顔。止めても無駄なんだろうがね。私の修行の余力も残しておくんだよ」


 ジーマもやる気じゃの。そろそろランニングも終わるじゃろう。

 今日はさっさと帰らせるか。


 8日目

 やはり1時間をきってきたか。

 それでは約束……。いや計画通り稽古をつけてやらんとな。


 おっと棒を叩き落としてしまったか。ふむ。いきなりまずいの、明らかに地面が凹むほどの重量。

 これまで、段々と重くしたのがバレたかの。


 ふー。なんとか石を弾いて誤魔化せたか。単純な男でよかったわい。まあ暇があればこの技も教えてやろう。

 物欲しげな顔に免じての。


 さてさてみっちり体に……魂に覚えさせるかの。


 13日目


 今日で修行は最後じゃ。

 剛棒はLv6まで上げ基礎訓練を続けた。


 演武も1時間を余裕で切るようになったからの。走らせついでに訓練場の外に連れ出し、城の連中に見つからんように剛棒のほぼ全てをつぎ込んでやったわい。


 仕込みは上々じゃ。

 まあ当の本人は、事の重大さを理解しとらんようじゃったがの。追々わかるじゃろうて。


 14日目


 城門で別れを告げるため、待っていると大きな荷物を背負ったタクトが姿を現した。

 相変わらずこの国の連中は、召喚しておいてこの無関心さ。まあタクトにとっては良いのかもしれんな。


「おータクト!やっと来たか」


 うつむき歩いておるタクトに声を掛けると、やっと顔を上げた。

 どうやらワシにもう会えないと思っていたようだ。


「師範!」


 タクトは足早にこちらへ向かってきた。


「なんじゃい。なんじゃいそのしけた面は!昨日別れの挨拶は聞いたがの。まあ最後くらいは弟子の旅立ちに立ち会いたくての」


「ありがとうございます師範!」


「うむ。これで卒業じゃな。道場どころかこの城へは、これからは出入り出来ん。それでじゃ……」


 そう言って持ってきた長細い袋をタクトへと差し出した。

「我が弟子タクトよ!これは餞別じゃ。思った以上に楽しめたんでな。」


 渡したのは特殊な剛棒。


 帯をつけている状態だと Lv2

 帯を外した通常状態だと Lv5

 そして魔石を外し封印を解いた状態でLv8

 とLvが状態によって変化する剛棒じゃ。


 本当のスペックはLv8じゃが。中央についた魔石を外さない限りLv5相当の剛棒じゃ。

 違和感なく使えるじゃろう。

 背負いに入れておけば、殆ど重さを感じない。持ち運びに便利じゃ。


「そうじゃ。本当にピンチになった時はその魔石を外すんじゃ。ピンチになった時にの」


 硬さだけはLv8相当じゃ。折れる事はない。まぁあやつは自分が低Lvの剛棒で訓練していたと思っておるがの。

 あとはタクト次第じゃな。


 武器と金、必要な物は渡した。宿もあそこならば問題なかろう。


 頑張るのじゃぞ。我が最後の愛弟子よ。


 余生じゃと思って、身分を隠してただのジジイとして、住み込みの仕事に応募してみたが。

 まさかこんな暇つぶしができようとは


 数多くの近衛騎士やS級冒険者を育ててきたが、これ以上面白い弟子はもうおらんだろうな。


 最後まで師範の名前を聞かずに去る馬鹿者じゃが。いずれ知る時が来るまで、しっかり修練に励むんじゃぞ。


 カッカッカ滾るのう。

 ここはワシも鍛えなおすかの。あやつが剛棒を使いこなせる日が来たら、まだ教えてないとっておきを教えるためにの。


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