第12話おっさんの1日目と帰る家

「では、ヌシは必要そうな物を倉庫に行って取っておいで、古い倉庫といっても色々使えそうなものくらいあるだろうさ。持ち出し自由なうちに貰っといで。」


 頭をポンっと叩かれ、ゆっくりと体を起こす。


 師匠の用意してくれた緑茶色の薬草茶ハーブティに口をつけると、湯気と共に運ばれた薬草茶の新緑のような香りが鼻腔を優しく撫でる。


 これを飲むことで、魔力が落ち着き、無理矢理拡げた魔力の通り道の修復が早くなるらしい。

 マッサージ後のハーブティみたいですね。


「あっ。美味しいです。」


「ふふーん。そうだろさ。そうだろうさ。私特製の薬草茶だからね。残さず飲みな。ググっとね。今ヌシの魔力穴や通り道は無理矢理こじ開けられて、疲れているのさ。その修復を手伝う効能があるからね。楽になるよ」


 差し出されたお茶は、元の世界では飲んだ事がないような味だったが、爽やかな後味が妙にクセになる。さっぱりとした味のお茶だった。


 体温程の温度のお茶は、じんわりと体に吸収され、体全体が少し軽くなるような感じがした。


「では行ってきますね。」


「行ってきな。気をつけていくんだよ」


 少し突き放すように言う師匠。チラチラと顔を見る姿は愛らしいですね。ホント優しい人です。


 まあ言うと怒られそうなので、心の中だけで感謝しておきましょう。


 体が軽くなったのを感じ、行ってきますと師匠の家を出れば、太陽は低くなり、もうすぐ夕暮れを迎える時間となっていた。


 少しだけ涼しくなった風が、森の木々の間から優しく吹き抜ける。


 目頭に何か込み上げてくるものを感じた。


 あぁ向こうの世界では当たり前だったのに、私は一人になるのが、こんなにも寂しいと思うようになってしまったんですね。


 これから向かうのは、私を2週間閉じ込めるためだけの予定だった家。いわば牢獄。


 嫌が応にも孤独を感じさせますからね。


「しかし、もう夕方ですか。考えてみればその通りですね。」


 朝一の時間帯に無理矢理召喚され、部屋を与えられれば半自給自足のサバイバル生活ですから。今日一日で色々ありましたね。


 魔法陣 転移 若返り ステータス 巻き込まれ 豹変する後輩 追放予告 倉庫住まい 果物採り未遂 魔物 師匠。そして、魔法。


 今迄の生活 出社 帰宅 オタク(漫画、小説、ゲーム、アニメ) 就寝 だったですからね。


 もうこれ以上は、何もない事を祈りますよ。後はあそこに戻って寝るだけにしますかね。


 さっさと用事を終わらせて、早く帰ってきましょう。


 帰る。

 いい言葉ですね。帰れる場所が出来たと言うのは。


 途中、使える薬草や木の実を採取しつつ、自分の家(倉庫)を目指す。


 森で何をしていたか見張られていた時のカモフラージュのつもりだったんですが……。


 周囲を探れる術はないが、倉庫の周りに少なくとも見える範囲では見張りのような者はいないようだ。


 まぁ私なんかは、逃げようが死のうが、どちらでも良いと思っているんでしょう。

 流石に1日目で死ぬような環境なら、あの条件をクリアできてないと思うんですけど。


 逆に言えば、そういう環境じゃないという事なんでしょう。


 薄暗い倉庫にランプの光を灯す。

 開け放っていた窓から新鮮な風が入り、出かける前の埃っぽさやこもったカビ臭さは無くなっていた。


 色々ありすぎて、一気に肉体的精神的な疲れが眠気となって襲ってくる。


「いや。ここで寝てしまってはダメです。これはサバイバル。生き残るための事をやってから寝ないとですね。」


 持ってきた水で顔を洗い、師匠から貰った口に含めば、目や口がスースーする薬草をポーションの原料に使われている薬草と一緒に噛み、目を覚まします。


 師匠も分かってたんでしょうね。眠気が襲うだろうと。年の功と言ったやつです。


 感謝です。師匠


 さて倉庫の物も詰め終わりましたし、これで明日、師匠の家に帰るだけですね。


 床に引いた藁をくるんだ布の上に立ち(気を失いかねないですからね)、魔力をへその上のあたりから絞り出す。

 先程の師匠からの一撃で、魔力の穴はきちんと機能し始めたらしく、意識すればじんわりと温かい魔力を感じることが出来ます。


「おっとその前に。」


 帰り際に、師匠から貰った魔法陣の描かれた半畳ほどの敷布を取り出す。


 これが何かはわかりませんが、修行の際この上で必ずやるようにって言われましたからね。


 ジワリジワリと、その魔力を増やしていきます。やはり調整がかなり難しいですね。

 魔力が安定しませんがなんとか、動かせそうです。


 やっと魔力がある程度増え、そして心臓へ


 通り道である細い管をゆっくりと拡げるように。

 魔力の出口である全身に広がる穴を拡げるように、自分史上最多の魔力を最速で出来る限りスムーズに動かす。イメージで動かす。


 やっぱり魔力が安定しませんね。


「ぐぐっ それでもカタツムリくらいの速さですけどね。ズズー ズズーではなくズーーーーといった感じにはなりましたよ。師匠」


 ここにはいない師匠。

 しかし見られているつもりで、鍛錬するなら全力で、です。


 全身への魔力循環のために、まずは自分の魔力を感知、そして回すために操作する。あぁこの魔力の穴は師匠に開けてもらったんですね。


 まずは、使い切る事!練習あるのみです。


 そうして気付けば、意識は途切れ、そして朝を迎えた。


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