もう一度、好きになればいいよ

ぼうっと意識が遠くなったり、現実に引き戻されることを繰り返しながら、


ふと、水分の籠った匂いから、いつかの体育館の感覚が思い出される。



ーーーーーー


今年の春、休日に学校が開放されていて、確か望美とバスケをやって、それでまたバスケやろうかな、なんてらしくもなく、春休み最後の日に1人で体育館に来てしまった時だ。


桜の開花前の最後の準備期間だろうか。咲いてからじゃなくて良かったねというくらいには、雨が結構降っていて来ている人も少なめだ。


まぁ、今更バスケがちょっと楽しくなってきた、なんて望美に言えるわけでもなく、あいつはあいつで掛け持ちしてて忙しいのはわかっていたからな。


それでも、今から思うと、その時も一人では無かったし、そんでもって1番驚愕してたのは俺だが。


「お兄、やっぱり来たね」


先にバッシュを履いて一人でコートを貸し切ってたのは亜香里だった。うちの高校に合格してもう在籍しているから、いても全く問題は無いのだが・・・


入学して早々に亜香里が1人で体育館に来たとは考えにくい。望美が連れてきた、という線は無いのか?


「おう、もしかしておまえ1人か?」


「お姉じゃなくて残念?」


「いや、望美は忙しいんだろ?この間は偶々一緒になっただけだ。そんな偶然が何回も重なったらこえーよ」


「亜香里も、1人だったら来ない。お姉、今は教室でソフトボール部のミーティング中」


「ほう。で、亜香里が1人残された、と」


「うん。お兄、相手して。時間潰しに付き合ってくれれば」


亜香里は望美と違って、スポーツ万能というわけではない。むしろ望美があり得ないほど器用で運動神経抜群なだけだ。その妹として望美に紹介されたら、こいつも助っ人イケるんじゃね?的な誰も得しない提案をされかねない。


ま、でも亜香里さんはバスケだけはできるんだよな。ガードやってるのがその証だし。


こいつの受験勉強してた期間と、俺がバスケをしてなかった期間はちょうど1年間だ。だから、お互い気を遣うこともないだろう。


「メロメロ大作戦」


まだ桜開花前でなかなか寒いのに、亜香里は半袖になってやる気十分。胸元のVネックを下に引っ張って何か企んでいるようだ。


1on1、俺はディフェンスで深く腰を落としても、亜香里が股下でボールを交差するだけで胸元が見えてしまいそうになる構図。


「おまえ、あれだぞ?男は胸元を見せられたらどうしたって見てしまうものなんだ」


「・・・見せなくたってお兄は見る。変態」


そこまでわかってるくせに、こいつは露出を計算して絶妙にシャツの胸元に空間を作る。


んで、その計算された胸チラの期待感から俺は一瞬だけ視線を外せなくなってしまい、簡単にドリブルで抜かれてシュートを決められる。


あ、ごめん一瞬だけとか言ったけど2秒くらいガン見してた気がするわ。


見えそーで見えないラインですねわかります。


「お姉にそのエッチな視線はダメだよ?」


「望美の時は意図的に視線を外すけどな!」


「・・・バスケが好きなら好きと言えばいいのに・・・」


「へ?」


「やりたいならやればいいよ。その方がお兄らしい」


「いや、もう俺は普通でいいよ。学業優先だ。今更どうこうしたいって話じゃないんだ」


「・・・ずるいよ」


「何がだよ」


「せっかく亜香里はバスケが好きになったのに、バスケを教えてくれたお兄はいつのまにか辞めちゃってるから」


「・・・・・・」


「もう一度、好きになればいいよ」


「好きだぞ?バスケは好きだ」


「違うよ。お兄がお兄自身を、好きになって?」


ーーーなんだ?それは。


その言葉に惑わされないように俺はシュートを打った。そのボールはリングにもかすらずにコートに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る