約束をしたけど無理してるってバレてる

「お、に、い?」


「どうした?もう欲しいものはないぞ?」


第3クォーターが始まる3分前、俺は栄養、水分と補給し終わって、ベンチからアリーナ全体を見回していた。


体が動かなくても、全てを見渡せる目は健在なので、この力がどれくらい頭に負荷をかけてくるのかを調べていた。慣れれば視点切り替えはそんなに辛くない。


側から見れば、俺は呆けている顔に見えるのだろうか。亜香里に心配されたのかと思い、顔を見つめてやると、何やら澄まし顔。


「実は、今ノーパンなの」


「笑えねー冗談だよ!!」


なんてことを言い出すんだろうか。さっきの女子の試合で下着を汗で濡らした?


いや、違う。問題は替えのパンツだろ。


「なんか、落ち着かない」


「紗希さんに助けを求めれば良くね?」


「そうなんだけど、そうじゃない」


「俺を嫉妬させるためにとかやめろよ?」


「バレてる?」


「バレてるわ」


試合ではないので、学校指定のジャージでいるあかり。自分の尻をぺたぺた触ってしきりに気にしてる様子。


やめなさい。俺が不安になるから!


「それより、お姉との約束守るの?あかりは、やめといた方がいいと思う」


「望美を悲しませたくねーよ」


「でも見て。ほら、氷が足りなくなるのを見越して、お姉が相澤先生と横山先生に追加の氷を頼んでる。お兄が無理するのをわかってるから、でしょ?」


「つーか、横山先生、紗希さんと話してたな」


「あの2人は学生の時からの腐れ縁、らしい」


「まじかよ!知らなかったわ」


「話を戻す。結局はお兄がどうしたいかだから。あかりはお兄の決めたことに文句は言わない。好きなようにバスケすればいい」


「参考までに、おまえがどう思ってるか聞こうか。俺は残りの時間全部、本気出してもいいか?」


「・・・お兄らしいのは、今まで通り本気を出さないこと、なんだけど・・・」


そうだよな、亜香里は俺の本気を知らないでいた。本気でバスケする姿なんて見せたことがない。


「なんだけど?」


「・・・頑張るお兄も、好きだよ?」


サッと視線を逸らしながら顔を赤くする亜香里。


ぐはぁ。なんだよそれ。


嫉妬なんかしなくたって燃えるわ。なぜいつも自信たっぷりに言ってくるこいつが、今だけは目を逸らすんだ?


可愛すぎる。頑張ろうと思えてくる。


「あ・か・り?」


亜香里の後ろからラスボスが登場。いや、普通に望美さんなんですが、表情は穏やかだ。だが、目が笑ってないからゴゴゴと効果音がつくぐらいの恐ろしさがある。


望美の登場により、亜香里の肩がビクッと震える。怖くて後ろを振り向けない亜香里に、望美が背後から抱きついて一言。


「ふーん。亜香里は颯人がバスケできなくなってもいいんだ?」


「脅しはやめて。お兄の怪我はそんなにひどくない」


「うん。そうだよ」


「お姉は過保護すぎる」


「颯人が怪我した時、取り乱したの、だーれだ?」


「・・・ごめんなさい」


「あと颯人、亜香里がノーパンなわけないじゃん」


全部話聞いてたのかよ!油断ならねーな。


「いや、確認する術が無くて・・・」


「ほんと、亜香里に遊ばれすぎだよ」


「お兄はヘタレ」


「ヘタレだよなぁ。そうだよな」


「で、颯人はどうしたいの?」


「は?」


望美もさっきの亜香里みたいに、目を逸らしながら顔を赤らめている。


「約束、約束って・・・守ってくれようとするのは嬉しいけど、それでも颯人がどうしてもって言うなら聞くよ?」


「え?」


なんじゃこの可愛い生き物は。急にもじもじするのやめてください。抱きしめたくなるから。


「お兄、押し通して。そのまま押し倒して」


「あほか!」


「ねぇ、颯人はどうしたい?」


いつもの、学校でお昼を食べる時に弁当持って現れた時の望美の顔。そのまんまだったから、なぜだか笑いたくなる。


ノリが、今日は誰と食べる?みんな呼んじゃう?みたいなノリなのだ。


なんとも言えない既視感を前にしてなぜか安心してしまう。だから、俺はいつも通り、なるようになるさと思って言った。


「本気でやらないと、何も始まらないだろ」


「うん。わかった。今の颯人は、だよね。頑張ってきてねっ」


「お兄が1番だって、証明してきて!」


この3人で決めたことが、どうなるかなんてわからない。体がかつてないほどボロボロになってしまうかもしれない。次の試合、今後の部活に影響が出るかもしれない。


それでも、今俺のできることを全力でしてれば、きっと何かが変わる。そんな予感が常にあってーーー


ーーー立ち止まりたくないんだわ。今だけはさ。

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