第五十六話 余韻

「やっぱり公園はいいですなぁ、風流って奴かねぇ」


 あかりはどこぞのおっさんが感嘆してるかのようにうんうん頷く。


「どこがだよ、よくある町中の公園だろ?」


 少し歩きなんとなく入ったこの公園のすべり台などの遊具は少しペンキがはげており、季節のせいか管理がちゃんとして無いせいなのか、ところどころに草は生えているものの、地面には砂の方が多く顔をのぞかせている。


 ついでに言うと木も数本立ってるだけな上、その気には葉っぱがほとんど無い。たまに茶色い葉がかろうじで残ってるくらいだ。しかも曇ってる……。これのどこが風流なのやら。


「き、気分みたいなもんだよっ!」


 あかりは顔を赤らめ少ししかめっ面になる。


「悪かったよ、気分って大事だよな。うん」

「絶対思ってないよね……」


 あかりは少々オーバーにがっくり項垂うなだれるが、やがて身を起こすと、例のごとくいたずらめいた笑みを浮かべだす。

 そしてその表情をまた胸の中にあの感情を呼び覚まさせる。

 決めていた、はずなのに……。でも落ちてしまった今それを言う事はできない。


「まぁ、アキがいるからなんでも色鮮やかに見えるって意味なんだけどね?」

「へいへい……」

 

 またそんな事を……。けっこうその手の事言いやがるけどその度に寿命縮むんだよ! 最近ようやくポーカーフェイス保てるようになったけどさぁ!


「私には分かるよー? 今内心ではドキドキしてるんでしょ、ほれ正直に話してみ?」

「い、いやそんなわけないだろ?」

「まったまた~、アキって分かりやすいねぇ」


 図星つかれてポーカーフェイス保てる程のスキルは持ち合わせてなかったようだ……。まだまだ未熟だったな俺。


「そ、そんな事よりあれだ、言いたい事ってなんなんだよ?」


 もしかして愛の告白だったりして? って、そんなわけ無いか。こいつ過ごした時間は長いがデレとかそんなものがあった覚えは一つも無いし、つい前には何の話題の時だったか忘れたが、「男女間の友情って成立するもんなんだねぇ」とかも言われたからな……。


「まぁそれはもういいかなー? 別に大した事じゃないし」


 そう言われると気になるのが人間のさが


「いいから言えよ。ここ一年けっこう気になってたんだぞ?」

「いやでもなぁ……アハハ」


 あぁろじゃ頭を掻きながら乾いた笑みをこぼす。

 微妙な反応だな……。


「ここまで来たら言おうぜ、な?」


 やはり気になるので再び聞くと、あかりはしばらく考える素振りを見せ、やがて意を決したように真面目な表情になると、俺の方をじっと見つめてくる。


「アキが言えって言ったんだから、何言っても責めないでね」

「おう」

「えっとね……」


 あかりは上目遣いにこちらの様子を窺いながら、その先を言うのをためらうように口を開きかけては閉じ、という動作繰り返す。その頬は心なしか赤くなっている気がする。


 やがて、大きく深呼吸をしたかと思うと、何か言葉を発したようだがよく聞き取れなかった。

 もう一度聞き返そうとするがその刹那、急に地面に足がのめり込んでいく。いつの間にか周りはどす黒い色の沼に覆いつくされていた。必死で暴れてみるが意味をなさず、ただゆっくりと身体は沼の中へと沈んでいく。


「あかり!」


 あかりは大丈夫かとその名を呼ぶが、彼女は沈んでなどおらず、ただ無表情に沼の上で俺の事を見下げるばかりで何も言わない。

 なすすべもない俺はそのまま沼の底へと堕ちていく。

 罪悪感を胸に抱えこみながら――



「……ッ!!」


 って夢か。なかなか嫌な夢だったな。

 あかり……あの世界での唯一の心残りとも言えるか。唯一無二の元親友にして俺の幼馴染。でも今更過去に戻る事なんかできない、こればかりは諦めるしかないよな。


 でもあの時の夢を見るとはやっぱり俺はまだ……。


 まぁそれはさておき、ここはどこだ?

 身体を起こし周りを見てみると周りはカーテンに囲まれていた。

 

「ああそうか……」


 負けたんだったなキアラに。救護室で寝てたわけか。

 でもなぁ、あれは反則だよなぁ。だってさ、パンチラとかならまだ一瞬だからいいんけどさ、パンモロだと流石に罪の意識感じて目そらしちゃうだろ? 


 キアラはよく上の位置から攻撃を浴びせてくる。上からの攻撃は確かに対応しにくいので、間違った戦法ではないとは思う、でもその度に制服のスカートの中が丸見えになるのはなぁ……。

 お陰様でこのざまだよ……ハハ。さらば、すごい魔術を覚えられる本。あとでキアラに何覚えたか見せて貰おう。


「アキ起きた?」


 ふと、カーテンの向こう側から声がかかった。この声はティミーだ!


「ティミーか?」

「あ、起きたんだね」


 優しくカーテンが開けられると、ひょっこりティミーが顔をのぞかせる。


「ずっといてくれたのか?」

「うん」


 おお、なんといい子なんだろうか! 今猛烈に感動したぞ!

 感動にむせび泣きそうになっていたところだったが、次の発言でそれは一気に冷めてしまう。


「また女の子と寝ようとしたらダメだからね」

「いや無いから……」


 可愛らしい笑顔で放たれた言葉だが、少しトゲを感じたのは気のせいだろうか。

 てかあれはミアが上に乗りやがっただけだからね? 俺が連れ込んだとかじゃないから!

 俺に対するティミーの認識がどうなってるのか非常に心配な今日この頃。


「ふーん……まぁいいや、もうすぐキアラちゃんの表彰式が始まるから行こ?」


 ティミーはこちらを訝し気な眼差しで見やると、大して何も言わず話題を変えてきた。

 ……あまり信用されてないなこれ。


「行くか……」


 ティミーの信用はゆくゆく取り戻すとして、とりあえず今はキアラを祝おう。丁度良い時に目が覚めてくれた。友達の晴れ舞台は見届けてやらないと。



♢ ♢ ♢



 光駕祭が終わった夜、寮ではキアラの祝賀会が行われていた。机を取り囲み寮生の皆でごちそうにありついている。

 いつもは寮生だけしかいないので閑散としていたこの食堂だが、今回はミアとコリンもいるので少しではあるがいつもより活気が付いている。


「いやぁ、アキさんも惜しかったっすねぇ、でも思ったんすけど、なんであの時顔をそらしたんすか?」


 君の姉ちゃんのスカートの中身が丸見えだったからとか言えないよな……。


「気のせいだろ。でもコリン、覚えて置くといい。男が女に勝つのは至難の業なんだ」


 これは俺が身をもって感じた事だ、コリンにも教えておいてやろう。


「うっす! 心にとどめて置くっす!」

「よしよし」


 コリンの反応に満足していると、キアラがこちらに話しかけてきた。


「とりあえず一勝いただきっ!」


 そう言って俺の手元にある若鳥の揚げ物を横取りしてくる。


「そうだな、完敗だよほんと」


 いろんな意味でな。特に精神面ではボロ負けだった。


「いやいやぁ、けっこう大変でしたよ? アキは魔術の扱い方が上手かったからねぇ」

「そりゃどうも」


 一応俺だって頑張ったんだよ、ただの衣類だって言い聞かせてなんとか途中まで対抗したんだよ、でも押し寄せる罪悪感にはかなわなかった……。


「まぁとにかく、楽しかったねっ」


 キアラは満面な笑みでそう言い残すと、「よしもっと食べるぞー」などと言って料理の置いてある方に駆けていった。食欲旺盛で何よりです……。


「アキ、ちょっと来て」


 不意にミアが俺の裾をクイッとするので、大人しくその後に付いていく。


「カルロスが謝ってきたわ」


 食堂を少し出た廊下で、ミアがそんな事を言ってきた。カルロスもそこら辺はしっかりとしたらしい。


「で、どうしたんだお前は」

「どうしたって、別に何もしてないわ。普通に許したわよ」

「そうか、許したのか」


 だったら俺も許してやらないとな。


「痛かったのは痛かったけど、結局私の実力不足だから仕方が無いわ」

「なるほど、お前ってけっこう自分に厳しいんだな」

「当然よ、私を誰だと思ってるの?」

「由緒あるグレンジャー家の娘だもんな」


 先んじてそれを言ってやると、ミアは顔を赤らめて眉を吊り上げる。


「な、なによっ、馬鹿にしてるの!?」

「わ、悪い、ただ純粋にえらいなって思っただけだよ」


 火山が噴火しそうだったので慌てて弁明する。

 俺自身とことん甘い人間だったからな……。自分に厳しくできる人はほんとに尊敬できる。


「そ、そう……ならいいわ」


 ミアはふてくされたように顔を横に向けると、チラと俺の方を窺う。


「その、色々ありがとう」


 不意にミアがそんな事を言ってくるので、つい言葉に詰まってしまった。

 何か感謝されるような事あったかな……。でもまぁ、そう言ってくれてるんだから素直に受け止めておこう。


「おう」

「それだけよ! さぁ行くわよっ」


 ミアが一歩先に食堂へと戻ろうとするので、同じくその後に続く。色々あったものの、なんだかんだ楽しかったな。




 かくして、光駕祭は終わりを迎えた。

 カルロスだが、ミアに会って謝罪した後、学院側に今までやってきた事を全て打ち明け、加護と電気の因果関係を説明し自主退学したという事だ。

 恐らくこれで加護の効果がカルロスと同じような手によって無効化されることは無いだろう。

 聞く話によると、魔術のプロフェッショナルとも言える教師陣も圧巻する程の複雑な原理があったらしい。まぁこういう世界じゃ脳の電気云々みたいなサイエンスチックな話はまぁ出ないよな。逆にそんな事を発見したカルロスは普通にすごい奴なんだろう。それだけに実にもったいない奴だとも思う。

 

 そして、時間は勝手に進むもの。人間はそれに追いつくため日々邁進まいしんする。

 カルロスもまた、己の道を見つけ進んでいくのだろう。そして俺らもまた進んでいく。


 二年ほどの時間はあっという間に過ぎ去り、気づけば学生手帳の星の数は九個になっていた。

 気づけば十四歳、今年で十五歳とはな……。

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