第173話チョコレートの匂い

そして私たちはやっとの事でタリム領へと無事に着く事が出来た。


噂通りの人物が治める領土など寂れているに決まっている。


そう思っていた私のイメージとは異なり、人々は明るく活気があり、商人であろう馬車なども何回かすれ違う程には賑わいをみせている事にびっくりした程である。


辺境の地にも関わらず、むしろ私の家の治める領土よりも賑わっているのではないか?


いったいここ十数年で何があったというのか。


お父様を疑う訳ではないのだが、お父様から聞いた話と、今こうして自分の目で見るタリム領は、まるで正反対であった。


ただ、少なからず領民をも苦しめるような奴ではないと分かっただけでも、私はほんの少しほっとする。


ホッとすると食欲が沸いてくるのは致し方ない事だろう。


にしてもタリム領で口にするものはそのどれもが食べた事のないような味の物が多く、そして貴族のパーティーでだされるどの料理にも引けを取らない、いや、下手をすればそれ以上に美味しい物ばかりであった。


食事を終えた後、使用人へと、私達がタリム領へと着いたこと、翌日領主へと挨拶へ向かう旨を書いた手紙を渡すように指示を出す。


いくら一日開けるとはいえ、もしシャーリーへと酷い事をしていたのならば一日やそこらで隠しきれるものではないだろうし、何よりもシャーリーの表情を観れば一目瞭然である。


それに、予め出発前に出した場合は当たり障りのない嘘で訪問を拒まれる可能性もあった。


タリム領へと着いたと言えば断る方が怪しくなる為、少し無作法ではあるもののこの様な形を取らざるをえなかったのだが、それでもこの一日という時間を待たされるのは、ものすごく長く感じた。


そして翌日。


見えて来るは異国風の見た事も無い建物。


そして見た事も無い門構えで警備をしている者へ男爵令嬢のモーリーと騎士爵令嬢のアンナである旨と、その証明、そしてアポイントは取っている旨を説明したうえで、チョコレートの匂いを口から発しながら私たちは中へと入るのであった。





今日で日本へ来て四日目。


四宮家に嫁いでまだ一か月どころか十日も経っていないのだが、一日一日がとても濃く、四宮家に嫁いで来てから既に一か月は経っているような、何だか不思議な感覚である。


「今日は何をなさいますの?」

「今日はそうだな───」

「はいはいはいっ!!私、動物園に行きたいですっ!!」


今日はどんな新しい事を体験できるのだろうか。


今の時刻は朝の六時。


そんな時間から一体どこへ向かうのかとワクワクとした気持ちで旦那様へと問いかけてみた所、ルルゥの娘であるララが精いっぱい背伸びをして、片手をピンと上げながら動物園なる物へ行きたいと、その小さな体をめい一杯使ってアピールしながらわたくし達の会話へ入り込んでくる。

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