第114話


 神聖帝国宮殿内の至る所に死体が散乱していた。

 血なまぐさい玉座の間で、モーゼズは皇帝の椅子に腰を落ち着け、楽し気にかつて神聖皇帝だった者のムクロを眺めていた。


「さて、生駒さん? 首尾はいかがでしょうか?」


 赤ワイン片手に、かつて聖教会の最強の騎士団を率いていた銀髪の女はニヤリと笑った。


「神聖帝国の制圧は完了。即時に1万の量産型(オーヴァーズ)の6割を分散して各国に派遣して、物凄い勢いで各国を制圧中ってところやな」


「ええ、急いでくださいね。私は待つと言うことが嫌いですから」


「システムに王と認められるには制圧してから3か月やったっけ?」


「ええ、古代文明が遺した人口調整具(アーテイファクト)である『ゆりかご』。それぞれの国の頂点である為政者の意思によって……人々は自らの意思を失って自殺へと誘導されます」


「で、王様の言うことを聞くだけの赤子みたいな状態になって、半ば夢を見ながらに、気が付けば死ぬっちゅうもんで『ゆりかご』かいな。全く……趣味の悪いネーミングセンスやでしかし」


 そこでモーゼズは赤ワインを一気に煽った。


「私には良いセンスに見えますがね?」


「賢者……前の世界で30歳まで童貞やった男のセンスやさかいな」


「生駒さん? それは言わない約束ですよ?」


「何やねんな? せやったら兄やんも生駒って言うなや。ちゃんとゼロって呼べって前も言うたよな?」


「あのですね……そもそもセンスを言うなら名前を捨てた名無しだからゼロというのもどうかと思いますよ? しかも、本名は生駒零(いこまれい)でしょ? 零をゼロって読み替えているだけじゃないですか。何て言うか……中2病臭いんですよね」


「やかましいわ。ウチは過去を捨てたミステリアスな女なんや」


 そこで二人は互いに無言で見つめ合い、モーゼズが折れる形で肩をすくめた。


「まあ、喧嘩は止めましょうか」


「せやな。ここでウチ等が揉めてもしゃあないしな。で……一個気になることがあるんや」


「と、言うと?」


「予定通りに人工的大厄災は各国連合によって止められたんや。もちろん、虐殺鬼も予定通りに完封されとる」


「あくまで今回起こしたのは局地的な人工的大厄災です。種族での最終進化形態と準最終進化形態はいくらか数を揃えましたが……それでも本来の規模とは程遠い。リュート=マクレーン、龍王、仙人、魔界の禁術使い……3か所にそれぞれ一人が向かえばカタがつくでしょうからね」


 そこでゼロは首を左右に振った。


「いや、リュート=マクレーンと愉快な仲間たちは恐らく……今回は仕事をしてへんわ」


「と、いうと?」


「コーデリア=オールストンと、リュート=マクレーンの連れの魔術師。アレが二人だけで止めよった」


「コーデリアさんが……?」


「ああ、奴さんの戦力がウチらの想定を超えて増強されとるな」


 しばし何かを考えて、モーゼズは小さく頷いた。


「とはいえ、こちらには1万を超える量産型(オーヴァーズ)と転生者が複数名……。勝ちは揺るぎませんよ。それで方舟はどうなっています?」


「既に聖地に1000名の人員は移住完了させとるよ」


「次世代に残すべき、私の選んだ優秀な遺伝子を持つ者達です。丁重に扱うように徹底させなさい」


「しかし、エゲつないことしよるな」


「と、言うと?」


「量産型(オーヴァーズ)は肉体改造で長くは生きれん使い捨て、ゆりかごで今の人類のほとんどをぶっ殺して人口問題を解決」


「ええ、そしてシステムによる粛清と崩壊を逃れた世界で……私の選んだ者達だけがノアの方舟に乗り、次代の人類を繁栄させてエデンを創生するのです」


「私達転生者の遺伝子を……これから先の人類の祖として色濃く残すって訳やね。ウチにはよー分らん世界やけど、モーゼズ兄やんや他の男衆にとってはそれは大事なことなんやろね」


「ええ、生物の目的が繁殖であれば、自らの遺伝子をより多く残す者が最終的な勝者となりますから」


「第一世代の子世代については転生者のみの子とする。それ以降は劣性遺伝を防ぐ為に連れて行った1000人と子達の間での生殖か……ほんまによーわからん世界やわ……」


「ちなみに私については子は数人しか為しませんよ?」


「ああ、コーデリアちゃんとアンタの子供については、皇族として特殊な繁殖の仕方をさせるんやったけか」


「そうです。あと……農作業や雑務を行う奴隷の男達の生殖器官は切り落としておいてください。選ばれし優秀な遺伝子以外は必要ありませんから」


「せやけど、コーデリアちゃんも厄介なストーカーに絡まれたもんやな。頭をいじくりまわして意思を持たないお人形さんを嫁さんにして何が楽しいっちゅうねん」


「分かりませんか? それこそが愛なのですよ」


「確か……コーデリアちゃんとの初夜の為にアンタは未だにアレやねんな?」


「ええ、純潔を保っていますよ。それこそが愛ですから」


「ほんまに歪んどるな……まあ、コーデリアちゃんの件は、せいぜい善処しますわ。せやけど、ドサクサに紛れてコーデリアちゃんを攫って……頭をちょっとイジって兄やんの嫁さんにするってのはちょっと難しいで?」


 そこでモーゼズはワイングラスを飲み干すと同時に平坦な口調でこう言った。


「コーデリアさんの奪還に失敗すること自体は構いません。その場合は別の機会にやれば良いだけです。けれど、下手を打ってコーデリアさんを殺してみなさい? 貴方であろうと殺しますよ?」


 そうしてゼロはため息と共にこう言った。



「ほな、最高にして最悪の救世計画を……始めましょか」

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