第144話 飛来する彗星

「す、彗星が…」


私は砕ける彗星を目の当たりにして、眩しさも忘れて目を大きく見開く。


「ちょっと、これ…どういう事になってるの!!」


トーカが声を荒げる。


 彗星は光の筋によって砕かれていたが、その別れた破片は無数の小さな彗星となっている。そして、その無数の彗星の一つが、遠くの地平線へ流れていく。


「あれ…どうなるんでしょう…」


私は、その地平線へ落ちていく彗星を固唾を呑んで見守る。


 その彗星は遠くの地平線の向こうへ吸い込まれるように落ちて消えて行く。何でも無かったと思った瞬間、彗星の吸い込まれていった遠くの地平線が明るく輝く。


「あっ…」


私は赤白く輝く遠くの地平線を見て、声を漏らす。


「ちょっと…これ…ヤベーんじゃないの…」


 転生者の一人が声をあげる。私は夜空を見上げ、砕かれた彗星を見る。砕かれた彗星は無数の彗星となり、振りそそぐ火の粉の様に地表に向かって落ちてくるのが見える。


「これ…ここにも落ちてくるのでは…」


 その時、最初に彗星が落ちた向こうから、腹に響く雷の様な重低音と、足元に自身の様な揺れと地響きが始まる。


「ヤベェー!! これマジだ!!!」


「ちょっと、こんな彗星なんてどうすんだよぉ!!!」


転生者達の怒声が響く。


「これ…どこに逃げたらいいの!?」


トーカが悲鳴をあげる。


「こんなの何所にも逃げられません!!!」


私は覚悟を決める。そして、テーブルの上に上がり、皆を見渡す。


「みなさぁーん!!! 落ち着いてくだぁーい!!」


 怒声や悲鳴が鳴り響く中、私は出来る限りの大声で叫ぶ。私の声に混乱する転生者達が、私に注目し始める。


「皆さん! 安全な逃げ場なんてありません!! ここを守りましょう!!」


「守るってどうするのよ!マール!」


顔を強張らせたトーカが叫ぶ。


「転生者の皆さん、お力をお貸しください!!! 全力の魔法を使ってここを守りましょう!!」


「それしかないな!!!」


転生者が賛同する。


「でも、どうやって守る?」


「攻撃魔法で砕くか?」


「いや、あの規模は流石に砕けきれんだろ!!」


「じゃあどうするんだよ!!」

 

 転生者達は怒鳴り合っているが、私はただ見守る。おそらく、私が考えるよりも彼らの方がこういう技術的な事には詳しいはずだ。


「では、ここに落ちてくるものだけに狙いを絞って、シールド魔法で防ぐって事でいいな!」


「あぁ、どうなるのか分からないのに、これ以上考えても無駄だ」


話が纏まった所で、転生者の一人が私の前に進み出る。


「ここに落ちてくる物だけに狙いを絞って、シールド魔法で防ぐ事になった… 他の場所は…」


「構いません! 手の届く範囲、身近な人の事だけ考えましょう! 今は余裕がありません!」


私の決断に転生者は覚悟を決めて頷く。


「では、先ず、ここに落下してくる彗星を見定める。見定めたら、その進路に俺達がシールド魔法を使う。この時にバラバラに展開してもダメだ。皆が集中して一カ所に展開する。また、近い場所だと、彗星が爆発した時の被害が大きくなるので、出来るだけ遠い場所に展開しないといけない」


転生者一同は解説者の説明を固唾を飲んで聞き入る。


「しかし、一カ所に集中するっていってもどうやって、やるんだ?シールド魔法は見えないだろう?」


「そこは、目印に光球の魔法を使う。それを目印にする」


「誰がその役目をするんだ?」


「それは…」


転生者が私に向き直る。


「マールたんにお願いしたい!」


「わ、私ですか?」


私は驚きのあまり目を開く。


「そうだ、この役目はマールたんにお願いしたい! それなら、俺達はどんな結果になっても受け入れられる」


その転生者の言葉に他の転生者達も同意の顔をする。私はその真剣な顔つきに心を決める。


「分かりました! では、目標を教えてください!」


私は転生者達に告げる。


「よし、ここに落ちてくる彗星を探すぞ!!」


「こんな数でどうやって探すんだよ!!」


「馬鹿野郎!! 何言ってんだ!! ここには100人もいるだろうがぁ!!! とりあえず、本館の方向を12時として、全員、自分の生まれ月の方角を監視しろ!!」


転生者達は私を中心に円陣を組み、各々生まれ月の方角の夜空を監視する。


「あれはどうだ!?」


「いや、ずれている!大丈夫だ!」


「あれは…あれじゃないのか!?」


「そうだ! あれがここ目がけてきている! あれだ! あれだぞぉぉぉ!!!」


 5時の方角の一人の転生者が、ここに落ちて来そうな彗星を発見し、周りの転生者がそれを確認する。


私は、その転生者の側に駆け寄り、その伸ばす腕先に顔を寄せて、目標を確認する。


「分かりました! あれが目標ですね!!!」


 私は即座に防衛魔法を解除し、持てる全ての魔力を使って光球の魔法を生成する。通常、光球の魔法は自分の身の回り1メーター程の距離に作り出すが、今回の場合はそんな近場ではなく、数百いや、キロ単位の距離に飛ばし制御しなくてはならない。また、距離が離れるにしがたい、明るさも増さなくてはならない。とても難しい役目だ。でも、これをしなければ皆の命、皆の場所が彗星で吹き飛んでしまう。


 私は最初、片手で制御していたが、それでは難しいので、両手で制御し始める。初めは10メートル程、次は100メートル。どんどん距離を離していき、それに伴い光球の光量も増さなければならない。私は離れた針に糸を通す様な細心の注意で離れた光球に魔力を注ぎ込んでいく。


「よし! 三角関数で距離を計測するぞ! お前は門の所! お前は豆腐寮の所で角度を見ろ! 大体1キロぐらいになったら教えろ!」


言われた二人が所定の場所に着き、角度を計測する。


「そろそろだ!!!」


「こっちもいいぞ!!」


二人が叫ぶ。


「よし、マールたん! そこでいい! ストップだ! みんなぁ!!! あの光球に向かってシールド魔法を展開しろ!!!」


「「「「うぉぉ!!!」」」」


皆は私の光球目がけて両手を伸ばし、全力で魔力を注ぎ、シールド魔法が展開されていく。


「す、すごい!!! 無色透明であるはずのシールド魔法が可視化出来るほど、強力に展開されてる…」


 私の側にいたトーカが口にする。トーカの言う通り、シールド魔法は、まるで、魚の鱗のように、薄い半透明で虹色に輝く膜として夜空に展開されている。


 彗星がシールド魔法に近づくたびに、彗星とシールドの間の空気が圧縮されていき、その圧力が、シールドの膜をまるで太鼓の革の様に震わせ、キーンという高い音と共に、細かい衝撃波を伝えてくる。


「くっそ!! ぶつかる前からこれかよぉぉ!!!」


「来るぞ! 来るぞ!!! 来るぞぉぉぉ!!!」


 高鳴っていく転生者の声に合わせて、彗星がシールドに衝突し、弾ける光の閃光が全ての物を白く眩しく染め上げて行き、目を開けていけなくなる。そして、暫く遅れてから、直ぐ傍で雷が落ち続ける様な轟音と、身体全身を平手打ちにされたような衝撃波が来る。


 そして、その衝撃波の為、周りの建物のガラスがパリンという可愛いらしい音ではなく、バン!と言う音を立てて一斉に割れていく。また、辺りの木々は一斉に全ての葉が吹き飛んだり、酷い物になると根元から吹き飛ばされたりしている。


「ちょっ!!! やべぇー!!! 質量がデカすぎるぞ!!!」


「このままじゃシールドが持たん!!!」


 転生者の言う通り、シールドが彗星の勢いと質量に耐えきれず、きしみ始め、今にも割れて砕けそうになるのが見える。


「もうちょっと、砕かないとシールドが持たんぞ!!」


「では、誰か、攻撃魔法で、彗星を砕いて下さい!!!」


私は皆に声を飛ばす。


「誰かって誰だよ!!」


「なら一日生まれの人が攻撃に回って下さい!!! それまでは何とか持たせます!!」


私の言葉に一日生まれの転生者が四人、中央の私の所に集まってくる。


「最初の光の筋が彗星を砕いたんだ、俺達も似たような魔法使うぞ!!」


「あぁ、最初の頃、面白がって練習していたビームみたいな魔法か!!」


「いいか!!! マールたんの光球にみんなで狙いを定めて撃つぞ!!! 全てを出し切れ!! もう死んでもいいぐらいになぁ!!!」



「「「おぉぉぉ!!」」」


四人の転生者は両手の中に眩しい魔力の塊を作り出し、腰だめに力を貯めていく。


「おし!!! いくぞぉぉぉ!!!!」


 腰だめにしていた腕を突き出し、魔力の光線を撃ち出す。四人の光線は互いに交じり合い、一つの極太の青白い光線へと変わる。そして光線は目印の光球へと物凄い勢いで突き進み、そのまま光球を掻き消し、彗星へと突き刺さる。


「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」


転生者は瞳を血ばらせながら、撃ち出す光線に更に持てる魔力を注ぎ込んでいく。それにあわせて、シールド衝突している彗星の形が歪に歪んでいく。


「砕けろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


 転生者が最後の魔力を注ぎ込んだ時、彗星が開花する花の様に開き、シールドに沿って砕けて四散していく。


「砕けた! 砕けたぞぉぉぉぉぉ!!!!」


 それと同時にシールドもまるでガラスが割れるように砕けるが、彗星の大半はそのシールドの位置に落下し、凄まじい閃光を発する。


 また、残りの砕けた破片も館の位置を飛び越えて、各地にバラバラに落下していく。


「と、とりあえず…助かったのか…」


 各地に落下した地点から轟音と衝撃波が飛んでくるが、なんとか館への直撃は免れたのであった。


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