第135話 みんながいる日々

 目覚ましが鳴る。そろそろ起きる時間だ。私は朦朧した意識を覚醒状態に持って行き、瞳を開く。意識はハッキリし始めるが、視界はまだぼんやりしている。私はベッドの上でぎゅっと伸びをして、眠気眼をこする。


 私はベッドから降りて、サイドテーブルの上のベルを鳴らす。


「はいにゃん! くるみ参上にゃん! マールさま、おはようございますにゃん☆」


 ベルの音でくるみが現れる。相変わらず、朝から元気が良い。現在、くるみは転生者達が自分のメイドゴーレムを作ったので、豆腐寮で手持無沙汰気味になっていたので、私が引き取ったのだ。相変わらず、言動は痛いが、メイドとしての能力は安心できるものがある。現に何も言わなくても、ぬるま湯を入れた洗面器と、タオルを持ってくる。


 私は洗顔を済ませ、くるみが用意してくれた白と水色を基調とした服に着替え、食堂に向かう。


食堂には、トーカとおばあ様、そしてラジルが先に来ており食事を採っている。


「おはようございます。おばあ様、ラジル。そしてトーカさん」


「おはよう、マール」


「おはよう、マールさん」


「おはようございます。マールお姉さま」


 トーカ、おばあ様、ラジルがそれぞれ挨拶を返してくる。私が指定席に座るとフェンが冷えた水の入った水差しを持って、私の所にやって来くる。


「フェン、今日は軽めでお願い出来る?」


「はい、分かりましたマール様」


 フェンはグラスに水を注ぐと、一礼して私の分の朝食を取りに行く。そのフェンの動きをずっとラジルが眺めている。


「マールお姉さま、フェンは…」


そう言い方た時、おばあ様が口を開く。


「ラジル、今日のお勉強の準備は大丈夫なの?」


「はい、大丈夫です! おばあ様!」


恐らく、あれはラジルがフェンの事を訊ねるのを止めてくれたのであろう…


「あれ?おじい様は御一緒ではないのですか?」


私は、その意図を汲んで、おじい様の事をおばあさまに訊ねる。


「シンゲルは昨日も夜遅くまで、接待をしていたらしいのよ」


 おじい様は現在、温泉館にて貴族の接待などを行ってもらっている。やはり、元は伯爵位の当主だけあって、貴族の接待はお手の物である。逆に当主という立場のしがらみや重圧から解放されて、サバサバとした付き合いやすい人物になったとお客様から聞いている。


「おじい様には助かっております」


 私はそれだけを述べる。おじい様に味方しすぎても、おばあ様に味方しすぎても、後がややこしくなりそうなので、程々が一番である。


「シンゲルがマールさんの助けになっているならいいけど、あの人、仕事なのか楽しんでいるのか分からないわ…」


多分、その両方だと思います。おばあ様…


そんなふうに食事をしていると、眠たそうな顔をしたカオリとセクレタさんがやって来る。


「おはようさん」


「みなさん、おはよう」


「おはようございます。セクレタさん。おはようございます。カオリさん。今日も眠そうですね」


挨拶を交わすと二人は指定席に座り、カオリは欠伸を噛み殺す。


「昨日もちょっと、お酒の研究しとってん」


「なんだか大変そうですね…」


「せや、お酒を工業的に作るって言うても、所詮、微生物を使った発酵や、なかなか思い通りにならんわぁ~ ふわぁぁぁ~」


 おばあ様が招いて下さったハンスさんは、既に帰っており、専門的な事はカオリ一人で行っている。私には分からない事が多いが、かなり大変なのであろう。


「お身体を壊さない様にして下さいね」


「ありがとう、マールはん。一時的に忙しいのは仕込みの期間やから、それが済んだら少し楽になるわ」


そう言って、カオリは袋執事に朝食をお願いしていた。


「セクレタさんも済みませんね、毎晩、一人で残業させて」


「いいのよ、マールちゃんに提出する企画書を作っているのだから」


セクレタさんはアメシャに朝食をお願いする。


 こうして、朝食の済んだ私は、仕事の為に執務室に向かうのだが、この時間が一番気が重くなる。


「おはよぉ~ございまぁ~すぅ! マールさまぁ~!!」


執務室に入るなり、ツヴァイが満面の笑みで私に近づいてくる。


「お、おはよう…ツヴァイ」


「マールさまぁ~ 朝の魔力補充をお願いしたいのですぅ~ よろしいですかぁ~?」


そう言って、ツヴァイは魔力補充と言ってキスの為、唇を突き出してくる。


「いつも言っていますが、キスでなくてもいいんでしょ! それにラジルもいるからやめなさい!!」


 他の事は結構言う事を聞くのであるが、ツヴァイはこれだけはやめようとはしない…困ったものだ…


 そして、二時間程、執務室で仕事をしたところで、今度は温泉館でお客様のお出迎えの時間となる。


「リーレン、今日のお客様は?」


「はい、ユズハ卿とロラード卿ですね」


リーレンがリストを見て答える。


「えっ、またあのお二人ですか? 特にユズハ卿は最近、毎週数回は来られますね」


「そうですね、なんでも全員、制覇を目指しておられるとか…」


 全員の指名制覇か… 私としては儲かっているので何も言うまい… 空気をお漏らしになったロラード卿はそうそうに全員制覇をされていて、今は購入済となったぽぷるというメイドを温泉館に預けて専用メイドとしている。どうやら、流石に年頃のコロンさんのいる館には置きにくいそうだ。なので、早々に別荘の建築販売を求められている。まぁ、自分と似た体型のメイドに背中を流させているとしったらコロンさん、怒りそうだな…


 そんなこんなで午後になり、本館に戻る為に陸橋を渡っている。その途中、本館と豆腐寮の間で、いつもの如く、転生者とラジルが鍛錬を行っている。


「では、ラジル! 教えた通りやってみろ!」


「はい! お師匠様! 行きます! マッスルプロテインパワー!! ビルドアップ!! 筋肉の力でお仕置きだ!」


私はラジルの掛け声を聞いて驚く。


「ちょっと! ラジル! なんて掛け声をしているんですか!」


「あっ マールお姉さま!」


 ラジルは無邪気に手を振ってくる。その隙に師匠役をやっていた転生者は逃げ出す。ほんとに真面目な師匠役だったトーヤさんに戻ってきて欲しい…このままではラジルが転生者たちの様になってしまう…


 そんなこんなで、執務室に戻り、残っていた仕事に取り掛かる。最近は温泉館の宿泊の売上や、温泉館内のお土産屋の売上、また、今までの通りの交易品の売上などあり、結構、計算仕事が多い。執務室には私、セクレタさん、トーカの三人がいるので、それぞれの計算を持ち回りで行って、それぞれ、前の日の担当者の間違いがないか確認しながら計算を行っている。


「ねぇ、マール。なんでこんなにカードと本が売れているの?」


「それは、まだメイドを全員指名出来ていない方や、入札額が高騰し過ぎて購入できない方が主に買っているようですね」


提案したのは転生者とは言え、我ながらあくどい商売をしていると思う。


「へぇ~、でもそれなら本だけでいいんじゃないの?」


「それは、カードには、普段メイドがしない水着姿の絵が入っているそうなのよ」


トーカの問いにセクレタさんが答える。それは私も知らなかった…


「えぇ…それで男の人が目の色を変えて買っているんだ…」


「そうよ、私としてはカードを刷るというか、紙幣でも刷っている気分だわ」


 刷っても刷っても、店頭に並べた途端売れてますからね…それはセクレタさんがいい顔をするはずだ…


そうしていると、そろそろ温泉館の宴会の時間になってくる。


「では、温泉が込む前に、そろそろお風呂にいきましょうか? セクレタさん、今日はお付き合い願えますか?」


「えぇ、今日は私も付き合うわ」


 こうして私たちは温泉館へと向かう。そして温泉館の三階で水槽に飲み物を補充しているカオリに遭遇する。


「カオリさん、お疲れ様です」


「あっ、マールはん、またこの時間やな」


カオリは私達に向き直って微笑む。


「カオリ、フルーツ牛乳は入れてくれた?」


「あぁ、トーカはんの為に入れといたで」


カオリの言葉にトーカの顔が綻ぶ。


「カオリさん、補充が終わったなら、お風呂一緒にどうです?」


「せやな、汗かいた所やし、御一緒させてもらうわ」


こうして私たち四人は温泉に入る。


「ふぅ~ やっぱり温泉はえぇなぁ~」


「今の時間の夕暮れ時に入るのもいいですね」


「そうね、滲む太陽が沈んで、夜になっていく様子を見ながらの入浴はいいわね」


「帝都では、こんな風景みられないわ」


それぞれが、自分の思いを告げていく。


「しかし、彗星がかなり大きくなりましたね」


 私は夕焼けの反対側の夜になっている所にある彗星を見て言う。彗星の先端の大きさは既に月ぐらいの大きさがあり、尾っぽは全天の半分程の長さになっている。


「あれ? この彗星って、定期的にくる奴ちゃうの?」


「歴史書の記載にはなかったわね」


「帝都でも新しい彗星と言う事で話題になっていたわ」


そういって、皆、沈み切った太陽から、彗星の方へ向く。


「カオリさんの世界では彗星は定期的に来るのですか?」


「ハレー彗星って言うてな、75年毎に来るんや」


「75年後ですか…私たち皆、90歳以上のおばあちゃんですね。でも、またその時にみんなで見れたらいいですね…」


そして、夜の就寝時間。


「今日も色々ありましたが、毎日がお祭り騒ぎみたいですね…」


私は、ベッドに潜り込む。


「こんな日々が毎日続けばいいな…」


そう思いながら、私は眠りについたのであった。




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