第121話 ビール作り

「えぇ~ まだ一週間程しか経っていないのに、もう出来たのですか?」


 私は温泉館の地下にある醸造所にきており、いくつも並ぶビールの貯蔵タンクを見上げている。なんでも部屋の中は低温に保たなくてはならないそうで、吐く息が白く、もう夏に入ったというのに、防寒着を着こんでいる。


「一応やで、まだ味が尖っとるから、いいとこ、ビールっぽいお酒やな」


「しかし、早いですね…お酒ってそんな早くできるものなのですか?」


「あぁ、ハンスのおっちゃんには、その日の内に必要な物を教えてもうて、手の空いてる転生者使って、次の朝には大体の設備は出来とったからな~」


あぁ、それで、疲れ果てた転生者達が多かったのか…


「みんな良くそこまで手伝ってくれましたね?」


「いや、あいつら自身も飲みたいからなぁ~ 頑張ってくれてん」


「でも、設備はそれでいいとして、発酵とかの手順は大丈夫なんですか?」


「それは魔法をつこて色々、簡略できたからな~」


 そう言ってカオリが詳しいビールの作り方を説明してくれる。先ず、麦はそのまま使うのではなく、発芽させ、それを乾燥させたものが『麦芽』と言うそうだ。この麦芽を作るのは通常、自然に任せるものだが、魔法で発芽を促進させ、乾燥も魔法で行ったそうだ。なんでも待つのが我慢出来なかったらしい。


 その後、麦芽を粉砕して粉にしたものを水で溶いて沸かしておかゆの様なものを作る。この時に麦芽が反応してかなり甘くなる。それを濾したものが『麦汁』となりビールの元になるそうだ。


 その『麦汁』に毬花等を入れて、煮詰める事で、香りや苦みをつける。カオリたち転生者はこの時点で、いくつも麦汁を分けて、色々な種類のものを試すらしい。なるほど、先程のタンクはただ量を分けているのではなく、添加する材料毎に分けていたのか。


 次に麦汁が冷えてから『酵母』というものを加えて、発酵させてお酒になっていく。ハンスさんが用意した酵母は二種類あったそうだが、今回は早く発酵が出来るものを使った。今回は早く飲みたいので、早く発酵する物を使ったが、次の仕込みには両方を使い、味を確かめるという事だそうだ。又、温度などの環境も確かめる為、別の温度の発酵室も作るらしい。ホント、熱心だ。


 そして、発酵が終わった物が、今、目の前にある貯蔵タンクである。今の状態でもビールとして飲めるそうだが、まだ、尖っていて、まとまっておらず、これから2週間程寝かせるらしい。


「へぇ~お酒になるまでは結構、早いのですね。後はそう…お肉の焼き加減というか…そんな感じですか?」


「そうそう! そんな感じ! もうできたかなぁ~と思って食べてみると、まだ生やったから、もうちょっと焼こかって感じで、うちも毎日、飲んでいるけど、やっぱり後2週間はまたなあかんやろな…」


 あぁ…毎日飲んでいるんですね… 後2週間と言っていますが、その調子だと、結局、毎日味見しそうですね。


「しかし、すごいですね。始めてから一週間なのに…」


「これもハンスのおっちゃんのお陰や、なぁ、おっちゃん!」


そう言ってカオリは後ろのハンスに振り返る。


「あぁ…それは皆の頑張りがあっての事だ…」


 そう答えるハンスさんの顔には目の下に隈があった。カオリたちに付き合って何度か徹夜をしたのであろう… 


「どうも、すみません…ありがとうございます」


私はハンスさんの苦労を労って頭を下げて礼を述べる。


「いやいや、かまいませんよ。ここの者は、みんな熱意があって、私も若い時の情熱を思い出したよ」


ハンスさんは少し生気の無い顔で微笑む。


「マールはんも少し、味見してみる?」


「えっ? 私ですか?」


 私は元々、お酒を嗜む嗜好がないので、殆ど飲んだことがないが、皆が作ってくれたものなので飲まないわけにはいかない。それに今後、領主として領地の様々な式典に参加しなくてはならないので、好き嫌いに関わらず、飲むことに慣れなければならない。


「分かりました。では、頂けますか?」


「分かった、ほな入れるわな」


カオリはそう言って、備え付けの戸棚に向かい、その中にあるジョッキを掴む。


「えっ? ジョッキで!?」


「あぁ、マールはんはグラスの方がええか? うちはいつもジョッキで味見してるんやけど」


「グラス…グラスでお願いします…」


 私がお願いすると、カオリはグラスとジョッキを持って、近くの貯蔵タンクへと向かう。おそらくジョッキはカオリ用であろう。しかし、毎日、ジョッキで味見していたら、完成する前に無くなってしまうのではなかろうか…


 カオリは鼻歌まじりにタンクに近づき、コックを捻ってビールを注ぐ。薄い黄色の液体が流れ出し、泡と共にジョッキに満たされていく。カオリは一度ジョッキを掲げて、ビールを確かめた後、私用のグラスにビールを注いでいく。


「マールはん、どうぞ~」


 飲む前からすでにご機嫌になっているカオリから、ビールの注がれたグラスを差し出される。私はそのグラスを手の取ると、ヒンヤリした冷たさが伝わる。そして、私はグラスを掲げ、明かりに透かしてビールの色を確認する。


「あれ? 私、あまりビールには詳しくないのですが、このビール、色が薄いですね…これが、2週間後には色がもっと濃くなるのですか?」


「いや、このビールの色はそのままやで。このビールは小麦で作っているから白ビールって言うて、ちょっと色が薄いねん」


へぇ~ ビールと言っても色々あるのか…


私はそう思いながら、グラスを口にあて、ビールを一口含む。


「ん? んー んんっ?」


「あはは」


 私の反応を見てカオリが笑う。このビール、なんていうか…どういったらよいか…悩んでいたので、その様な反応になった。


「やっぱり、そんな反応になるやろ? 美味いとも違う、不味いとも違う、なんていうたらええか分からん味やろ」


「えぇっと… そうですね… 元々、ビールの味はよく分かりませんが、そんな感じです…」


私は褒めてあげたかったが、素直にそう答える。


「まぁ、まだ未完成品やし、試作品やもんな、しゃーないで」


「そうですね… まだ、始めたばかりですからね」


こんな感じで、暫くの間は、カオリや転生者達の試飲用のビールになりそうだ。






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