第120話 お酒造りと温泉客

「へぇ~ 大麦やブドウだけではなく、作ろうと思えば芋からでもお酒はつくれるんですね~」


私はハンスさんから頂いた資料に目を通しながら声を漏らす。


「うちもハンスはんと話したけど、もともと甘いもんやったり、煮詰めて甘くなるもんやったら、なんでもお酒に出来るみたいやな」


「えっ? では大麦や芋も甘くなるんですか?」


私は目を丸くしてカオリに訊ねる。


「うちも知らんかったけど、なるみたいやな」


 驚きの事実である。でもシチューなどの煮込んだ芋が甘くなった記憶がないのだが、特殊なやり方でもあるのだろう。


「で、うちではどのお酒を作りましょうかね…やはり、私の領地で取れる穀物系の物になりますかね…」


「マールはん! ビールや! ビール作ろ!」


カオリが身を乗り出して言ってくる。


「えっ? ビールですか? まぁ、うちの収穫物ならいけますが、元々、候補として上がっていたのでビールを作りましょうか」


私がビールを作る事に決めると、両手を上げて大喜びする。


「めっちゃうれしいわ!! 欲言えば日本酒も欲しいけど、やっぱりビールが最優先やな」


「日本酒というものは?」


ハンスさんから頂いた資料の中に日本酒というものはなかったのでカオリに訊ねる。


「あぁ、お米から作るお酒やねん」


「お米ですか…私の領地では栽培が難しそうですね…」


お米は主に南方で作られている農作物である。北寄りの私の領地では難しいだろう。


「あぁ、そやね気候的に難しやろな」


「では、とりあえず、ビールに決定しますので、ハンスさんへの連絡をお願いできますか?」


「うちにまかしとき!」


 そう言ってカオリは力強く答える。こうしてカオリにお願いするのは、酒造の担当を決める時にカオリ自ら名乗り出た目である。それ程までにお酒造りに情熱を燃やしている。


 私自身はお酒を飲む方ではないので、経済的に捕らえているが、カオリはもっぱら自ら飲む為である。自分が飲むためにお酒を作る方が、良いものが出来ると思うし、設備の設置に各部署に要請しなければならない。それぞれの部署について詳しいカオリならうってつけであろう。


 また、私は気にしていなかったのだが、カオリ自身も今まで定まった部署に定着していなかった事を気にしていた節がある。しかし、今回の一件で、一つの部署がカオリに任される事になるので喜んでいる様だ。


 こういうふうに、私自身が計画に関わる事無く、カオリが中心になって物事が進むようになったのだが、計画の進捗は日々の報告書でうかがい知る事ができた。

 …その報告書を見ると、どうやら猛烈な速さで計画を進めている様で、ビールを作る事を決めた二日後には、もう発酵タンクや貯蔵タンクの完成まで漕ぎつけていたようだ。道理で、食事の時に疲れ果てた転生者達の姿を見かけると思ったら、そういった理由なのであろう。


 酒造りの現場は、温泉館の地下の採掘が終わった所を使っている様であるが、私が夜に執務室に忘れ物を取りに行った時に、時々窓から、温泉館から夜遅くに転生者達が帰ってくるのが見えるので、夜遅くまで頑張っている様だ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



そんな日々が一週間程続いた頃、私の所にある知らせが届けられる。


「マール、貴方に手紙よ」


もはや、どこにもいく事のないトーカが私に手紙を差し出す。


「ん?誰からでしょ?」


 見たことない封筒に、貴族ではない蝋の封印がされている。差出人をみると、先日の品評会でお世話になった帝都の商人組合からの物であった。私はペーパーナイフを取り出し、封を切って、中身を確認する。


「ん?」


「どうしたの?マール」


声を上げる私にトーカが訊ねてくる。


「いや、商人組合の所に、先日の私の所の展示に関する問い合わせが多数来ていたり、直接、こちらに訪問したいと仰っている方々がいるそうで、それらについて、一度、会合を開きたいと…」


「それって良い事じゃないの?」


トーカが首を傾げて聞いてくる。


「ん~ こんなに問い合わせが来るなんて、あまり身に覚えがないので… もしかしたら、先日の件で足がついて、その調査とかではないかと思いまして… セクレタさん、何か御存じですか?」


私の問いかけにセクレタさんは少し、困った顔をする。


「私がアンナちゃんと繋がっている事が公になったからと言って、そんなにぺらぺらとあちらの内情を話すことは出来ないわ…」


「あぁ、済みません…確かにそうですよね…」


確かにそんな事をしたらセクレタさんの立場がなくなるであろう。


「でも、アンナちゃんは事前報告がなかった事に対して怒っていただけだし、あのもう一つの一件で、胸がすく思いがしたっていってたから、悪いようにはしないと思うのだけどね… だから、あの時の品評会に来ていた方々が宣伝してくれたんじゃないかしら?」


「そうなんですかねぇ…」


単なる下町の酒場の飲み会の様なもので、宣伝してくれるのであろうか?


「えぇ、かなり楽しんでいたようだから、その恩返しじゃないの?」


 あぁ、あの盛り上がり方は、確かに尋常ではなかったな… 


 私はお酒を飲んで楽しんでいた方々や、用をたしに行かれた方々、空気を漏らされた方の事を思い出す。


「変な事で後ろ向きに考えるよりも、楽観的に前向きに考えましょうか」


私はいつまでもうじうじしてはいられないので、気を取り直して考える。


「それで、会合はどこで行うのかしら?」


「えぇっと、ちょっと待って下さい… ん? あれ? なんでだろ?」


 私はセクレタさんの質問に、再び手紙に目を通すが、全く想定外の場所が記されていて、間違いではないかと読み返す。


「どうしたの?」


「いえ、なんでも、出来ればうちの温泉館で執り行いたいと書いてあるもので…」


私は、視線を手紙から上げて、セクレタさんに向き直る。


「あぁ、アンナちゃんの差し金がありそうね…」


 え~この前来られた時に、気に入ってもらえたとは思っていたが、こんな根回しをする程、気に入られていたのか…


「あっ、前に来られた時のあれですか…」


「温泉があって、ごろりとくつろげる部屋があって、帝都とは異なる辺境だから人の目を気にする必要がない所が気に入られたんじゃない?」


 あぁ、確かに私も帝都では、息が詰まるような思いをする時がある。その帝都とは異なる解放感を求めて、私の領地に来るのだろうか?…、これは準備が大変な事になりそうだ。

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