第74話 不幸は重なるものです

「しかし、40~50日の期間で育成出来るのは、すごくいいですね。資金の回収が早くて良いですね」


「うちもビックリしたわ。生まれて40~50日で鶏肉になるんかぁ~」


私とカオリは鶏舎を出た後、執務室に向かう為、舘の中を話しながら歩いていた。


「しかし、あれやなぁ~ 鶏って10~15年ぐらい生きるんやろ? それで僅か50日程で、大人と同じぐらいの大きさになるんや…」


「人間換算すると、1才にも満たない年齢で大人と同等になるってことですよね…」


人間で想像すると、ちょっと恐ろしい…


「あっ!そうか」


「何がそうかなんですか?」


突然、声を上げるカオリに尋ねる。


「よくある話で、魔神とか邪神に、赤ん坊とかうら若き乙女を捧げる話ってあるやん?」


 私自身はそんな話を何度も聞いたことがない…カオリの世界ではそんな話がよくあるのだろうか…


「あれって、やっぱり年寄りや男の硬い肉より、赤ん坊や乙女の柔らかい肉の方がええって事なんかなぁ~さっきの若鶏の肉みたいに…」


「なんですか?それ…ちょっと怖いですよ…」



 そんな話をしている内に執務室へと辿り着く。中に入ると、私達が鶏舎に向かう時と同じ状態で、セクレタさんが窓の外を眺めながら佇んでいた。


「あら、マールちゃん。今日も温かいわね…空もいい天気よ」


セクレタさんは執務室を出る前と同様の言葉を口にする。


「そうですね、セクレタさん。外はいい天気ですよ」


私はセクレタさんに合わせて答える。


「セクレタはん やっぱり、まだ元に戻ってないんやな…」


カオリがそう呟く。


私は巻き尺を取り出しながら、セクレタさんに近づく。


「セクレタさん。ちょっといいですか?」


私はそう言いながら、うわの空のセクレタさんを立たせる。


「なにかしら?マールちゃん」


「ちょっとした、用事ですよセクレタさん。あっカオリさん。メモいいですか? えっと、背中からいきますね… 尾っぽの所から首の付け根が…72…」


私はされるがままのセクレタさんの体のサイズを計っていく。


「72っと…で、つぎは?」


カオリは私の計った数値をメモに書き記していく。


「ところで、マールちゃん。お昼ご飯はまだかしら?」


セクレタさんは窓の外を眺めながら言う。


「セクレタさん…お昼ご飯はさっき食べたでしょ?…」


「ちょっと待って、マールはん。セクレタはん、お昼、食堂におったか?」


私は巻き尺でセクレタさんを採寸しながら、昼食の時を思い出す。


「そういえば…昼も朝も見かけていませんでしたね…」


「もしかして、セクレタはん。お昼も朝も食べてへんのとちゃうん?」


「ところで、マールちゃん。ご飯はまだかしら?」


セクレタさんは再びご飯の事を口にする。


「セクレタさん。ご飯は昨日食べたでしょ」


「いやいや、毎日三食、食べささなあかんやろ」


カオリに指摘に、採寸に意識を集中してた私は我に返る。


「あっ そ、そうですね。採寸するのに夢中で、滅茶苦茶言ってましたっ」


 私は一度採寸を止めて、私の事務机にあるベルを鳴らす。暫くするとフェンが執務室にやってくる。


「フェン。セクレタさんが朝から何も食べていないそうだから、何か直ぐに食べる物を準備してもらえないかしら?」


「クッキーなら、直ぐに準備できると思いますが」


「では、準備してもらえる?」


 私はフェンに指示を出すと、再びセクレタさんの採寸を始める。そして、採寸が終わった時には、軽食の準備が整っていたので、私達はセクレタさんをソファーに案内する。


「さぁ、セクレタさん。食べ物ですよ~」


セクレタさんをソファーに座らせると、フェンがお茶を注いで、差し出す。


「フェン、あっカオリさん。先程のメモもらえますか? これをファルーに渡して裁縫するように伝えて貰えますか? あと、詳しい事は鶏舎の転生者に尋ねて貰ったらいいと伝えといて下さい」


そう言って、カオリからメモを貰ってフェンに渡し、指示を伝え、セクレタさんに向き直る。


「ささっ、セクレタさん。クッキーですよ」


 そう言って、セクレタさんの前にクッキーを差し出すが、お腹の空いているはずのセクレタさんは、悲しそうにクッキーを見つめたまま、押し黙っていた。


「どうしました?セクレタさん。クッキーはお嫌いですか?」


私はセクレタさんの顔を覗き込むように尋ねる。


「嫌いじゃないわ… ちょっと…いえ、かなり悲しい事を思い出しただけ…」


クッキーを見て、かなり悲しい事とは何だろう…もしかして、壮絶な過去があるかも知れない…


「で、かなり悲しい事ってなんなん?」


カオリは私が聞きづらかった事を迷いなく尋ねる。


「小麦がね…小麦がね… あぁ… 私が一生かけても食べきれない程の小麦が… 私…どうしたら良いのかしら…」


 あぁ… なんとなく分かった… 話を聞く限り、セクレタさんは小麦の先物に手を出していたのか…


「あぁ、セクレタはん。小麦の先物に手だして、暴落に巻き込まれたんか…」


カオリも状況を察して、口にする。


「何故かしら… クッキーは甘いはずなのに… どうしてこんなにしょっぱいのかしら…」


セクレタさんは肩を震わせながら、クッキーを口にしている。


「セクレタはん… それは涙の味や…」


そう言って、カオリは良い事を言ったような顔する。


「そうね… これは私が欲を掻いた私の罪、私への罰、懺悔の涙…後悔の涙ね…」


 弱り目の所に、カオリの言葉が刺さったのか、ただ単に先物に投資しただけなのに、悪事に手を貸した様に、セクレタさんが反省をし始める。


「あの~ セクレタさん… 小麦の先物の事で、猛省されている所、大変申し訳ございませんが、ちょっとした相談事と言うかお願い事がありまして…」


「…何かしら…マールちゃん…」


セクレタさんは涙こそ流していないものの、泣きながらクッキーを食べている。


「その小麦… 他の事に投資しませんか?」


 セクレタさんがクッキーを咀嚼する行為を止めて、クッキーを口に咥えたまま、無言でこちらに向き直り、なんとも言えない表情をしている。


 今先程まで、小麦の取引で、大赤字を出し、猛省している所に、教え子である私から、その小麦の投資を打診されているのだ。そんな表情もしたくなるのも分かる。しかしながら、私だって、そんな状態のセクレタさんに、こんな話をしたくはないが、現状ではしないわけにはいかない。


「えっとですね…詳しく言いますと、私の所も色々行っていかないと大変なので、養鶏の事業拡大を考えているんですよ… それで、小麦が暴落している今、回せるお金をつぎ込んで、小麦を鶏の飼料にしようかなと… セクレタさんも小麦を大量にお持ちなら、この事業に投資して頂ければ、少しはらくになるかなぁ~っと思いまして…」


 その話を聞いていたセクレタさんは、暫く時間を止められたように固まったままであったが、ふと一瞬、何か言おうと口を開くが、言葉にする前に何かを思い出し、再び口を閉ざす。そして、また何か言おうと口を開くが、また再び言葉にする前に何か思い直しをして口を閉ざし、今度は私から顔を反らせて、口に加えていたクッキーを飲み込む。


「御免なさい…マールちゃん… 今は胸も苦しくて、頭も混乱しているから、直ぐには応えられないわ… 申し訳ないけど、少し休ませてもらてからでいいかしら…」


「えぇ、そこまで急ぎではないのでゆっくりでいいです。それよりもセクレタさんは、ゆっくりと体と心を休めて下さい」


私はセクレタさんに気遣いの言葉を掛ける。


「ありがとう…マールちゃん。では、部屋で休ませてもらうわ…」


そういうと、いつもセクレタさんからは考えられない、弱弱しい足取りで執務室を後にする。


「セクレタはん。大丈夫かなぁ~? ちょっとは意識取り戻してきたみたいやけど… 足元おぼついてへんかったで…」


「早く、元通りになってくれれば良いのですが…」


 そう言って、二人で同時に溜息をついたあと、テーブルの上をみるとお皿の上には、クッキーが二枚残っていた。二枚程度、残していても仕方ないので、二人で一枚づつ口にする。


「うっ! なんですか!? これ、ホント、しょっぱいですよ!」


「感傷的やったり比喩的な表現と違って、ほんまにこんなにしょっぱいクッキーをセクレタはんは食べとったんや…」


すぐさま二人して、お茶を流し込んで、口直しをする。


「これ…砂糖と塩を間違えたんでしょうね…」


「セクレタはんも気の毒に… 泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目やなぁ… なんというか…まぁ~不幸な時に不幸な事が重なるもんやなぁ~」


確かにお腹が空いているといっても、これを何枚も食べたら胸も苦しくなるであろう…

明日には身体だけでも良くなって貰いたいものだ。


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