第39話 カオリが倒れていた訳

 私は館の玄関扉を開け、中にずんずんと進んでいく。目的はカオリの部屋だ。目的に向かう途中に館の使用人とすれ違うが、ただいまと一言だけ告げて、通り過ぎて行く。あのカオリが倒れるなんてよっぽどの事だ。何かとんでもない事が起きたに違いない。


 カオリは転生者達の抑え役として、掛け替えのない重要な人物であるが、それ以上に、まだ一か月程でしかないが、私の大事な友人である。サツキとメイを失った今、これ以上、友人を失いたくない。


 私はカオリの部屋の前まで辿り着き、コンコンとノックする。カオリは倒れていると聞いていたので、返事のないものと思っていたが、以外にも返事があった。アメシャのものだ。


「はいにゃ。開けるにゃ」


 扉は開かれ、気を落として耳を伏せているアメシャの姿が見える。


「マールさにゃ!」


アメシャは私の姿を見て、一度耳を立てるが、直ぐに伏せてしまう。


「カオリさんは?」


「こっちにゃ」


 私はカオリの眠るベッドに案内される。そこには悪夢でも見ているかのように、うなされるカオリの姿があった。


「カオリさん! カオリさん!」


 私はベッドの側に駆け寄り、カオリの顔を覗き込む。カオリは脂汗を流し、眉を顰め、酷くうなされている。


「ね、ね、ねず、ねずみ…」


カオリの口からうわ言が漏れる。その言葉にアメシャは更に耳と顔を伏せる。


「アメシャのせいにゃ…」


「えっ?」


私はアメシャに向き直る。


「アメシャのせいで、かおりさにゃは…」


「一体どういう事なの?アメシャ」


私は事情を聞き出す為、少しアメシャに詰め寄る。その時、ベッドで眠るカオリに反応が起きる。


「…マールはん?…」


 私はその声に振り返り、ベッドの上のカオリを見る。カオリは薄っすらと目を開けながら、ゆっくりとその身を起こし始める。


「カオリさん!」

「カオリさにゃ!!」


私とアメシャが同時に叫ぶ。そしてすぐさま、アメシャはカオリに飛びつく。


「カオリさにゃ!カオリさにゃ! ごめんにゃ! アメシャのせいでごめにゃ!」


「えぇ?、アメシャちゃん? なんや?」


 目を覚ましてすぐにアメシャに飛びつかれたので、カオリが困惑する。しかし、泣きじゃくりながら、カオリに顔を埋めるアメシャに、カオリは顔を綻ばせ、その頭を優しく撫でる。


「カオリさん、何があったのか教えてもらえますか!?」


落ち着いてきたカオリの様子に、私は事の次第を尋ねる。


「うちも気絶しとったから、その間のことは分からんけど、それで良かったら…」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 マールはんが、用事で出かけてえ、もう2週間以上経つ。なんか起きてないか心配やけど、マールはんはマールはん。うちはうちの仕事せなあかん。そのうちの主な仕事はあいつらがいらん事せんように見張っとる事や。


 と言うても、一日中、100人近くおるあいつらをストーカーのように見張る事もできんし、あいつらも最近は少し大人しくなって来とるから、他の仕事もせなあかん。働かざる者、食うべからずや。


 最近、うちは館の様子を見ながら、忙しそうな所を手伝って回っとる。という訳で、今日は館の裏側にある馬小屋の手伝いをしとった。


「おはよーさん。ネスのおっちゃん。朝早いなぁ~」


「やぁ、カオリのお嬢ちゃん。おはよー」


 うちは時々、こうして馬小屋の手伝いしとるから、担当のネスのおっちゃんとも仲良くなってきた。仕事の合間には乗馬の練習もさせてもらっとる。


 で、ここ最近は、マールはんが帝都に行くのに使っている分が、少なくなっとるのに、石灰岩の運搬で毎日、重い荷物を運んどるから馬の管理が重要になっとる。重労働になっとる分、ちゃんと世話してやらんと、機嫌を損ねるらしい。なんか人間みたいで面白い。


「さぁ、仰山食べて、今日もよう働いてな」


うちは馬に飼い葉と水を与える。


「大変だろ? カオリ嬢ちゃん」


汗をぬぐってとると、ネスのおっちゃんが声を掛けてくる。


「まぁ、えぇ運動になるからかまへんで。そやけど、機械やのうて、全部人の手でやらなあかんのは、ほんま大変やぁ~」


「へぇー カオリ嬢ちゃんの世界では、機械で色々な事ができるんだ」


「そやで、小さなものから大きなものまであるで。こっちの世界でも作れたいいんやけど」


「出来るぞ」


 うちとおっちゃんが喋っとると、後ろから声が掛かる。振り返ると馬車の為の馬を引き取りに来たあいつらの一人がおった。


「出来るん?」


「あぁ、出来るぞ」


うちの問いにそいつは馬を選びながら答える。


「なら、なんでこの前の、現代知識披露の時にせいへんかったん?」


「材料もなく道具もない状態じゃ無理だろ」


「魔法でなんとかならんの?


「魔法で科学道具を作れとか、可笑しな事言うなよ」


「あ、堪忍」


珍しく不機嫌そうに返されたので、うちは素直に謝る。


「まぁ、魔法で少しは出来るかもしれんが、すぐに消える物作ってもな。ちゃんとした鉄とか銅とか金属があれば、あと鍛冶道具がいるな」


「ネスのおっちゃん。ないの?」


うちは振り返りおっちゃんに尋ねる。


「ないのぅ、ここにあるのは砥石ぐらいで、本格的なのは町にいかんと」


「簡単に作れたり、用意出来たりは無理なん?」


「わしも詳しい事は分からんから…執事長のリソンさんに聞かないとなんとも」


ネスのおっちゃんは片眉を上げて答える。


「いや、難しいだろ。この世界で金属がどれぐらいの価値があるか分からないし、鉱石から始めるのか、金属の状態から始めるのかで、規模が全然違うしな。後、木炭とかの燃料も結構必要だから、かなりの施設になる」


そう言った後、その男は少し考え始める


「燃料は俺たちの魔法で賄えるし、施設も、今、建材を採掘出来てるし、後は鉱石なり金属があればなんとかなるか?…」


 うちはあいつら全員、萌えとか中二病とか拗らせて、まともな奴はおらんと思とったのに、ちゃんと考える奴がおって感心した。


 そんな時、爆弾でも爆発したようにドーンと大きな爆音が鳴り響いた。


「なんや⁉ 何が起きたんや!」


「カオリ嬢ちゃん! あれ! あれ!」


 ネスのおっちゃんが、指差す方向を見ていると、大きな水柱が吹き出しとった。場所は館の前の採掘場やった。


「あいつら! また、なんか仕出かしよったな!」


うちは水柱を見上げながら、走り出した。


「マールはんが帰ってくるまで、あいつらの好きにはさせへんで!!」


「カオリ嬢ちゃん!! 危ない!!」


ネスのおっちゃんの声が掛かった瞬間、足元で何を踏みぬいた様なバキッという音がした。


「へっ?」


下を見た瞬間、地面に開いた穴を塞ぐ板を踏みぬいた事が分かった。


「あっ!」


そして、次の瞬間には穴の底へ、うちは落ちていった。


「痛ぁ~ びっくりしたやん! 誰がこんな穴作ったんや? それにしても、底が柔らかいもん敷いてあったんで助かっ… え? なんか生温かいし…動いとる…なにこれ?」


暗さに目が慣れてきて、周りに蠢くもの正体が見えてくる。


「えっ? ねずみ!! ねずみやん!! それもぎょうさんおる!! いや! いやや!! なに! ちょっとこれ! いやー!! ねずみ!! ねずみや!! 誰か! 助けっ 上ってくる! いやや! のぼらんといて!! いあや! かんにん! 堪忍や!! いやぁぁぁぁぁ!!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「という訳で、うちは気を失っとったんや…」


 私はカオリの話に絶句した。話を聞いているだけでも、恐ろしさのあまり鳥肌が立ってくる。もしも、自分だったらと想像するだけでも、悍ましい。


「そ、それは…大変でしたね…」


「そや… この世界にはないけど、もう二度とネズミーランドにはいけへんようになってもたわ…」


そこにアメシャがカオリに頭を下げて謝罪をする。


「ごめんにゃ! カオリさにゃ! ごめんにゃ!」


「なんで、アメシャちゃんがあやまんの?」


「あれはアメシャが作ったにゃ…」


「「えぇ!!!」」


私とカオリが驚愕して声を上げる。


「アメシャがここで捕まえたネズミを、あの穴に入れてたにゃ… ちゃんとした蓋しておけば良かったにゃ… ごめんにゃ… カオリさにゃ…」


カオリは犯人がアメシャだと分かったが、怒る事ができず、複雑な顔をしていた。


私はその穴に何故生きたままのネズミを入れていたかは、恐ろしくて聞けなかった。



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