第38話 第二部 ちゃんと留守番できないんですか?

「らんら~ららら~らん♪ らんら~ららら~らん♪」


「マールちゃん。浮かれているわね」


「えぇ、それはもう完全無欠の子爵になりましたから♪ これで故郷に錦をかざれます♪」


 私は馬車の中で、踊り出したい気持ちを、肩を揺らす事で押さえ、鼻歌を歌って有頂天になっていた。


 私たちは今、故郷へ戻る帰路についていた。爵位継承の儀式も行った。しかも、皇后陛下自らである。これで何人も私の継承に文句を付けることはできないであろう。皇后陛下に取り次いでくれたセクレタさんには本当に足を向けて寝られない。


 しかし、セクレタさんが皇后陛下と付き合いがあった事には驚いた。しかもお互いをちゃん付けなのである。セクレタさんの話によると、各地を回って遊学している時に出会い、お互い意気投合して、暫く一緒にいたらしい。当時、一般庶民だったアンナ陛下に勉学を教え、学院に入学したそうだ。そこでアンナ陛下は当時は単なる皇帝候補だったイテムア皇帝陛下に出会い、恋をして結婚したそうだ。当時は一般庶民と皇帝候補の結婚には色々障害があったそうだが、セクレタさんがかなり尽力したらしい。


 その後の次期皇帝の指名についてもセクレタさんが尽力したので、帝位に就くことが出来たそうで、その時のお礼として、セクレタさんの今の男爵位があるという。本当はもっと上の爵位を貰えるはずであったが、爵位を継承するものがいないので断ったそうだ。


 今、私の目の前で、セクレタさんは、帝都で買った新刊をご機嫌に読んでいるが、何気に凄い人というか謎の多い人物である。他にもドラゴンのお偉いさんとの交流もあるようで、まだまだ謎が多い。しかしながら私にとっては先生であり、命の恩人でもあるので根掘り葉掘り聞くのはやめておこう。なにかの童話で正体を知られて、主人公の所から去ってしまう話がある。私はそんな事にはなりたくない、セクレタさんにはずっと側にいて欲しい。



「マールちゃん、そろそろ館が見えてくるころじゃないかしら?」


窓の外をチラリと見て、セクレタさんは本を閉じる。


「そうですね!そろそろ見えますよね!」


私は弾んだ声で応えて、馬車の窓から身を乗り出す。


「領地のみなさーん! 館のみなさーん! 完全無欠の子爵位美少女・マールが、皆さんのマールが帰ってきましたよ~♪」


私はそう言って、館の方に向かってご機嫌に手を振る。


しかし、館の手前の採掘地に白い大きな建物が見えて、身体が固まる。


「なにあれ? 何か白い建物が増えているんですけど…」


声も強張る。


「えっ? 何かしら? あら、ほんと。建物が増えているわね」


セクレタさんが私の横から頭を出してみる。


「ちょっと、急いでもらえますか!」


私は身を乗り出したまま、御者に声を掛け、急がせる。


そして、館の門を潜らずに、その白い建物の前で馬車を止めさせ、私は急いで降りる。


「何ですかぁぁ!? これは!!」


私は白い建物の前で叫ぶ。


 建物は白いブロックで建てられており、入口は扉が無く、大きく空いていて、その上側には頭に掛かる程度の長さの布が掛けられている。


 そこに建物の中から転生者達が現れる。


「あ。マールたん。おかえり」


身体から湯気を上げ、程よく高揚した顔で、ほっこり言う。


「ただいま…じゃなくて、この建物どうしたんですか!」


「建てた」


「いや、建てたのは見れば分かりますよ。何で建てたんですか!」


「採掘場から温泉が吹き出したから」


「えっ!? 採掘場から温泉が吹き出したの!」


私の後ろにいたセクレタさんが声高に言う。


「それはもう、辺りが水浸しになるぐらい出たので」

「だから、浸水を防止する為に、掘っていた石灰岩でブロックを作って」

「俺たちが建てました」


私は転生者の説明で、ある程度は仕方がないと思ったが、セクレタさんは険しい表情をする。


「じゃあ、採掘場はどうなったの?」


「水没して使えません」

「代わりに浴場になりました」


「あぁ…漸く赤字解消の目途がついたのに…」


 セクレタさんは悲嘆に暮れる。そうだ、確かに赤字の事があった。採掘場がダメになっても、残っている建材を売れば…


「あの… 残っている石灰岩の建材はどうなりました?」


私は頭に引っかかる不安を、転生者に尋ねる。


さっ


転生者達は目を反らせる。


「もしかして、この建物に全部使っちゃったんですか?」


しかし、転生者達は目を反らせたままだ。


「使っちゃったんですよね?」


転生者達は口笛を吹くそぶりをする。


「ですよね?」


私はもう一歩踏み込んで尋ねる。


「…使いました…」


転生者達は観念して、自白する。


「どうして、全部使っちゃうんですか! 温泉を止めるだけでいいでしょ!」


「いや、温泉みたら、つい入りたくなって…」

「だったら、浴場を作ろうかと…」

「浴場作ったら、着替え室も作ろうかと…」

「で、いっその事、建物も作ろうかと…」

「ちゃんと、少しは残しているから…」


 どうして、浴場や着替え室の段階で、満足して止めてくれなかったんだろう。そのあたりなら、使う資材も少なく、私も納得出来ただろう。しかし、建物まで建てるのは納得できない。誰か止めに入らなかったのか?


 私はそう思い、近くにいるはずの門番のタッツの姿を探す。そして、門番控室の横で倒れているタッツの姿を見つける。


「タッツ!!!」


「あっ、うるさいから睡眠魔法掛けたままだったわ」


転生者があっけらかんと言う。


「またですか! またやったんですか!!」


私は急いでタッツのもとへ駆け寄り、その身を抱きかかえ、肩を揺らす。


「タッツ! タッツ!」


「う…う… うむ… あっ…お嬢様…」


 タッツが覚醒し、少しづつ目を開く。そして、私の姿を確認するが、その後ろの建物も確認して、はっと驚いて、すぐに申し訳なさそうな顔をする。


「お嬢様! 申し訳ございません! またしても、このタッツ、止める事が出来ませんでした… 本当に申し訳ございません!」


タッツは私から身を放し、すぐさま地べたに土下座する。


 タッツはこのように平謝りをするが、転生者達相手にタッツでどうにか出来るはずもないので、私にタッツを責めるつもりはない。その役目は別の人間である。そうカオリだ。カオリぐらいしか、この転生者達を止める事はできない。


「タッツ、貴方を責めるつもりはありません。相手は凶悪な存在です」


タッツは私の言葉に、少し顔をあげる。


「それよりもカオリさんに声を掛けなかったの?カオリさんなら何とかしてくれたはずよ」


タッツ自身に何も出来なくても、カオリに声を掛ける事はできるはず。


「そ、それが… カオリ様は今、気を失っておられまして…」


「えぇ!! カオリさん、どうしたの!!」


私は突然の言葉にひどく慌てる。あのカオリが倒れるなんて、一体何があったのだろうか。


「いえ、私も何も詳しい事は聞いていないので…」


タッツが申し訳なさそうに答える。その言葉に私はすぐに後ろの転生者達に振り返る。


「お、俺たちは何もしてないから!」

「い、今、アメシャちゃんが館で看病しているから!」


転生者たちが、慌てた様子で答える。私はその言葉を聞いてすぐさま、館へ走った。


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