ルーキー 04/14
表情のゆらぎはすぐに消え去り、無表情に戻った牧は次の話題に移ろうとする。イツキは慌てて、
「待ってくれ、質問がある」
今度は牧が無言で続きを促す番だった。
「記憶……ええと、記憶削除だったか」
「抹消な」
「そう、それ。あれはつまり、《クラックワーク》で俺の記憶を消してしまおうって話だったのか」
「それは……そうですね。直接の目撃者でもなければ信じる者は多くありませんが、拡散の芽はつみ取っておきたいので」
「申し訳なさそうな顔してるけど、ポーズだからな。どうせさんざんっぱら消してんだから」
どちらの言葉も真実なのだろうと思った。《クラッカーズ》は自衛のために痕跡を消す必要があるのだろうし、彼女はそれが良くないことと認識している。きっと罪悪感もあるのだろう。それでも隠す必要がある能力だということは、イツキにも理解できた。
その気になればいくらでも悪用できる異能だ。
……今、こうして二人が
質問はもう一つ。
「俺はさっき……心臓を貫かれたのに、こうして生きている。あれも《クラックワーク》なのか?」
牧の表情に苦みが走った。
歩道橋から墜落しながらのキスの話だと理解して、まず彼女が感じるのが照れや何やではなく、その話題にならなければよかったのにという本音。
彼女は答えあぐねて、口を開きはしたが何も言えない。そこに割り込む声。
「違ェな」
まだ右目を押さえている傳だ。
余計な差し出口をするなと
「狙われたのはイツキなんだろ? 話してやれよ」
「では黙っていてください、私が話しますから!」
「必死だね。そんなに大事か」
彼女は問いに答えない。その顔には当然だと書いてあった。
牧は彼女らしからぬ感情の
「……まず、貴方の心臓を治したのは“核”と呼ばれる代物です。私が持っていましたが、あのとき……貴方に受け渡しました」
「コアとかそういう意味の核だよな?」
「ええ。魔術の核になります」
「───魔術?」
急にオカルトなワードが飛び出してきて会話が交通事故を起こした。
いや待て、落ち着け、イツキ。さっきから話していた内容も《クラックワーク》という名前でラベリングしただけでよく考えれば超能力だ。ならば魔術が実在してもおかしくはない。
よし聞こう。きっと魔術についても《クラックワーク》のように説明があるはずだ。ならばきっと聞けば
「魔術の儀式の核が貴方の命を救いました」
「魔術って何だ?」
「……ごめんなさい。私はその分野については詳しくないのです。そういう、《クラックワーク》よりも
「よくそれで
伏人傳の沈黙は三十秒と保たなかった。しかし今回ばかりはイツキも同感だ。自分の命を繋いだ現象についてくらい理解できる説明を求めてもいいはずだ。先端医療とて名前だけで説明終わりということはあるまい。
「変われ、俺が説明する」
「できるのですか」
「お前、俺を何だと思ってんだ」
「……テロリスト?」
「本職は魔術師だよ俺は!」
住居不法侵入者じゃなかったのかと思ったイツキは、それが犯罪であって職業ではないと気づかない。
「余計なことは言わねえよ。魔術についてだけ説明すっから、オメーも聞いとけド素人」
牧はぐうの音もなく、すごすごとイツキの横に座って生徒その二となった。
さて、と前置き。
「ここにゴムボールがある。何の変哲もない、種も仕掛けもない」
「これを空中の一点にピタリ固定したいと思ったら、《クラックワーク》なら『
ぽーん、ぽーんと発話の間もボールは上下を繰り返す。
「
あらゆるモノは常により大きく重いモノに引かれている。運動エネルギーを加えられ宙に浮かぶゴムボールとて例外ではなく、地球に向けて落ち続けている。
だが、と続けながら、
「この世界には『ジャスト八十九回転で停止した物体は重力を無効化する』って抜け穴がある」
「何言ってんだ、あるわけないだろ」
「あるんだよ。確かめたことないだろ。誰も知らないから確かめないだけで、世界にはそういう“偶然以外では知り得ない
超高速で回転していたゴムボールを掴んで止める。
手を離しても、ボールはその位置から動かなかった。
それはまさしく語源通りの
「《クラックワーク》は世界を変えるが、魔術は世界の知られざる法則に乗っかるだけだ」
だから中には魔術と知られないまま行使される魔術も存在する。それもまた、《クラッカーズ》と違う点だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます