第2話 強襲

 二人は麻袋を担ぎ、森と化した都心を抜ける。

 どこに魔獣が潜んでいるか解らないので、警戒は怠らない。

 「やっぱり、制服で狩りをするのはどうかしている」

 さっちゃんは太腿の露出が多いミニスカートにソワソワする。

 「大丈夫だよ。短パンを履いているんだから」

 そんな姿を見て、シャルナは笑いながら言う。

 「何が短パンを履いているから大丈夫だ。恥ずかしいだろ。それにはこんなに肌を露出していたら、目立つし、怪我もしやすい」

 「うーん。だけど、ドラゴンの気は惹けたよ」

 「これが理由か?」

 さっちゃんは不満そうにシャルナに言う。

 「良いじゃん。みんな、迷彩服や野戦服ばかりで可愛くないもん」

 「ちっ、エルフって奴はお気楽でいいな」

 「あっ、エルフ差別だ」

 今度はシャルナが不満そうにする。

 「差別じゃねぇよ。事実だ。エルフって奴は何処か楽観的なんだよな」

 「良いじゃない。楽観的で。暗い顔してても、何も変わらないでしょ」

 「そう言って、人の中に平然と溶け込んでくるんだから・・・」

 二人がそうやって話をしている間に都心から住宅街へと移る。

 マンションやアパートなども多くは崩落し、戸建て住宅の多くも木々と同化したりして、壊れていた。

 地形も変化しており、道路は起伏し、アスファルトは壊れ、破れた水道管から水が流れ出していた。

 それらを過ぎると、周辺とは明らかに雰囲気が違う一角が現れる。

 そこは倒壊した建物では無く、修繕され、生活感のある建物が並んでいた。

 「やっと帰ってきた」

 3時間に及ぶ徒歩で疲れた二人は溜息をつく。

 ここが彼女達の住む集落であった。

 自衛隊と警察によって、守られた集落は人々の生活が保たれる為のインフラが回復されている。そして、魔獣からの襲撃にも備えられており、集落の周辺には鉄骨と鉄条網、コンクリートなどで壁やバリケードが作られている。

 集落に入るには数カ所のゲートからしか出来ない。そこには自衛隊が警備をしている。二人は南側のゲートに近付いた。

 立哨をしている自衛官が二人に気付く。

 「おう、紗季。今日は何を狩ってきた?」

 そう声を掛けられたさっちゃんは少し恥ずかしそうにしながら、「ドラゴンだよ」と答えた。

 「ははは。恥ずかしいなら、そんな制服を着なければいいじゃねぇか」

 自衛官は笑う。

 「哂うなよ。シャルナが着たいって言うから」

 「ははは。仲が良いな。10年前なら、そんな制服を着た女子高生なんて腐る程、東京には居たもんだ」

 彼は懐かしそうに二人を見る。

 「もう、良いだろ。通してくれよ」

 「はははっ、久しぶりに女子高生を見させて貰った。眼福、眼福」

 そう言って彼はゲートを塞ぐバリケードを別の自衛官と共に外す。

 ゲートから中に入ると、多くの人々が行き交う。

 そこは練馬第一避難所と呼ばれる場所。

 千人近い人々が生活を営み、100人の自衛官や警察官が彼等を守っている。

 さっちゃんこと、井上紗季はそんな場所で育った。

 紗季と同様に孤児になった子どもは多く、逆に子どもを失った大人も多かった。故に生き残った者同士の連帯感は強く、ここでは誰もが助け合って生きている。

 二人は街の大通り沿いにあるバラック小屋に入る。

 そこは様々な物を売買する店である。

 「紗季か。今日は何を売りに来た?」

 髭面の老人は笑みを浮かべながら、カウンター越しに挨拶をする。

 「あぁ、ドラゴンの鱗と牙だ」

 「骨は無いのか?」

 「明日、回収してくる」

 「デカブツをやったのか?」

 店主は牙を見て、驚く。

 「あぁ、言葉も喋った」

 「ドラゴンがか?」

 店主は軽く笑う。

 「本当だよ。なぁ、シャルナ?」

 「えぇ。魔法で喋りましたよ」

 「魔法か・・・人の言葉を喋る魔獣なんて気味が悪いな」

 店主はそう言いながら、麻袋の重量を測る。

 「結構な量だ。今のレートだと・・・こんなもんか」

 店主は札を数えてから、皐に渡す。

 「ちょっと少ない」

 「レートが下がっているんだ。どうやら富士の樹海でドラゴンの大討伐があったらしい」

 「富士の樹海で?」

 「ドラゴンの数を減らしておかないとマズいって事になったらしい。それでドラゴン関係の資源はかなり多く出回り始めているな」

 「何だよ。しばらくはドラゴン以外を狩った方が良いのかな?」

 「そうだな。大熊や大狼とか狩った方が良いな。田舎の農耕地では報奨金も出てるらしいぞ」

 「田舎に遠征しようと思ったら足が無いよ」

 紗季が不満を言う。車やバイクもあるが、こんな時代では燃料を手に入れるのも大変で、自衛隊以外だと限られた者しか扱えない物になっている。

 「ははは。自転車があるだろ?」

 「自転車だって、高いよ」

 「ははは。タイヤがどうしても手に入らないからな」

 それから紗季は弾丸と食料を買って、店を後にした。

 二人はアパートを借りている。

 この街の慣例で15歳を超えた者は成人として扱わる。その為、保護施設から出されるのだ。紗季は半年前に施設を出て、このアパートに暮らしている。そこで出会ったのがシャルナだった。

 シャルナは人間では無い。エルフだ。

 エルフは異世界から来た種族である。

 彼らは見た目からして、人間に近く、高い知能を有していた。無論、同一と考える事は出来ない。寿命は人間の倍はあり、魔法が使える。老化をしないし、多くの個体は人間からして美貌と呼べる程に整った顔立ちをしている。見た目の特徴としては耳の先が尖がっている事だ。

 異世界で唯一、人間に友好的に接して来た種族であった。

 

 彼女達が住んでいるアパートは築50年を超える木造アパートである。

 八畳一間で風呂無し、トイレ有。小さな台所がある程度のオンボロアパート。

 二階の角部屋だが、風通しも日当たりも良くはない。

 元々はシャルナが一人で住んでいたが、住む場所の無かった紗季が転がり込んだ感じであった。

 家財道具は思ったよりもなく、狩りに必要な銃器やナイフなどの道具が並ぶ。布団は無く、寝袋が二個、並んでいた。

 「今日のドラゴン・・・変わっていたな」

 紗季は銃の整備をしながらシャルナに尋ねる。

 「そうですね。他の種族を餌としか見ていないドラゴンが会話をするなんて・・・よっぽど死にたくなかったんですかね」

 「命乞いか・・・散々、人間を食っただろうに・・・」

 「でも・・・ドラゴンの話は本当なんでしょうか?」

 「この世界がこんな風になった原因か・・・」

 紗季は正直、ドラゴンの作り話だと思っていた。確かに魔法はある。ドラゴンが炎を吐くのも、空を飛ぶのも全ては魔法だ。この世界の理を覆す力。それは確かにあり、一部の人間は研究をしている。だが、その解明には至っていない。

 「魔法で・・・世界をこんな風にした奴が居るのだとしたら・・・気に喰わないね」

 紗季は整備の終えた銃を置いて、退屈そうに寝そべる。

 「確かにそうですね。何をしたかったのか・・・」

 「そうだな。意味が解らない。ドラゴンの食料不足を補う為とか?」

 「食料不足って・・・正直、世界を破壊する程の事じゃないでしょ。それに異世界に・・・人がこんなにも居るなんて、知っていたとは思えませんし」

 「だろうな。結果的には魔獣の多くは餌を豊富に得たわけだけどな」

 「あまり・・・そう言わないでください。私達もその対象なのですから」

 エルフは異世界においては捕食される側だ。魔獣の多くが初めて見る人間を餌として認識したのもエルフに似ていたからという理屈がある。

 夜が更けた。

 夕飯を済ませた二人は早々に眠りに就いた。

 だが、そんな二人を起こしたのは、銃声だった。

 突然の銃声に跳ね起きる二人。

 窓の外は朝日かと思うぐらいに明るい。それが照明弾である事はすぐに解った。

 「何が起きているの?」

 シャルナが驚いた様子で紗季に尋ねる。

 「解らない。だけど、自衛隊が激しく空に機関銃を撃っている。何かが襲撃してきたんだ。すぐに荷物を纏めて、逃げる準備をするよ」

 紗季は咄嗟にシャルナにそう告げると、着替えを始めた。

 闇夜に曳光弾が飛び去る。

 照明弾に照らされるのは数多くのドラゴンの群れ。

 激しい炎が放たれ、機関銃座のあるマンションの屋上が焼かれた。

 「逃げろ!逃げろ!ドラゴンの群れだぞっ!」

 自衛官が叫び、人々の避難を促す。

 街は混乱に陥った。

 銃を持つ者は自衛官と一緒にドラゴンに応戦した。

 炎と銃弾が交錯し、街は火に包まれた。

 ドラゴンも多くが撃たれ、地面に落ちた。

 それでも彼らは狂ったように人間に襲い掛かる。

 炎を放ち、人を炭に変える。それは普段、餌として人を狙うドラゴンでは無かった。明らかに人を殲滅させようとしている。

 人々も必死だった。落ちたドラゴンにトドメを刺していく。

 二人も着替えを終え、荷物を纏めた。

 「逃げるよっ!」

 紗季がシャルナにそう告げた時、シャルナが悲鳴を上げる。

 紗季が窓を見ると、そこにはドラゴンの巨大な顔があった。その口は開かれ、炎がチラリと見えた。

 炎が放たれる。

 危険を感じた紗季は反射的に腰から9ミリ自動拳銃を抜いて、ドラゴンの顔に連射した。9ミリパラベラム如きの銃弾はドラゴンに通用しない。だが、至近距離で開かれた口や目となれば別だ。ドラゴンは突然の反撃に顔を背け、あらぬ方向に炎を放った。それはアパートの一角を焼く。

 「早くっ!」

 紗季はシャルナを連れて、部屋から飛び出す。その背後を炎が貫いた。

 ドラゴンは炎を撒き散らす。一瞬にして、木造のアパートが燃え上がった。皐達は階段を飛び降りた。

 「一体、何が?」

 紗季は空を見上げた。

 無数に飛び交うドラゴン。

 その光景は地獄のようだった。

 街は炎に包まれ、人々の悲鳴と怒号が銃声に掻き消される。

 「ど、どうしよう?」

 シャルナが不安そうに紗季に尋ねる。

 「街の外に逃げるしかない。あんだけのドラゴンを相手にするのは無理よ」

 紗季は即座にそう答えると、シャルナの手を引っ張り、逃げ出す。

 途中、昨日、寄った店が潰れていた。

 「おっさん」

 紗季は声を掛ける。小屋の残骸の中から店主の声が聞こえた。

 「あぁ、皐か・・・俺はもうダメだ」

 「今、助けるよ」

 「止せ。その間にドラゴンが襲って来る。俺は捨てていけ」

 姿は見えないが、苦しそうな店主の声。

 「だ、だけど・・・」

 二人は心配そうに残骸を見る。

 「良いから行け。お前らは若い。将来がある。俺は60を超えたジジイだ。ここが死に場所なんだよ」

 「おっさん」

 紗季の頬に涙が流れる。

 その時だった。二人を狙ったと思われるドラゴンの炎が残骸を一瞬にして燃え上がらせた。

 紗季は肩に掛けていた対物ライフル銃を構える。

 「糞ッドラゴンがぁあああ!」

 構えてから撃つまでは一瞬であった。放たれた弾丸が二人を狙ったドラゴンの眉間を貫く。

 一瞬で巨大なドラゴンが力を失い、地面に落ちた。

 「行くよっ」

 燃え上がる残骸を背にして、紗季とシャルナは駆け出した。 

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