第122話 悲鳴が聞こえた先に

「姉さん、今のは……!」


「……悲鳴だったな」


 突如、耳にさえ届いた悲鳴に対して顔を見合わせてから、フェアトが同意を求めるように姉の方へ視線を走らせると、さも以心伝心という具合に頷いたスタークは互いの共通認識を明瞭にすべく事実を口にする。


(一人や二人じゃねぇ……魔物にでも襲われてんのか)


『『りゅうぅうう……!』』


 一方で、フェアトより遥かに優れた聴力を持つスタークとパイクたちは最初に聞こえた悲鳴以外にも複数の助けを求める声を耳にしており、それを踏まえると誰か一人が溺れたとかそんな軽い事態ではないし、おそらく海に棲む魔物に襲われているのだろうと考え。


「……お前、助けに行くつもりか?」


「そうですよ!」


「……何が起こってんのかも分かんねぇのに?」


 魔物の襲撃に遭っている事を前提とした疑問を投げかけたところ、まるで当然だとばかりに妹は悲鳴の主を救助する意思を見せてきたものの、そこに何がいるかも、そもそも助けを求めているのかすら分からないというのに、それでも助けに行くのかと問いかける。


 瞬間、妹が今の今まで浮かべていた決意と覚悟に満ちた表情を曇らせてから、ゆっくりと口を開き──。


「……ジカルミアで大勢の人がラキータに殺されていたのを見た時、思ったんです。 この手と、【盾】が届く範囲くらいは護りたいって──ですよね、シルド」


『りゅう!』


 一週間前、魔導国家が王都ジカルミアにて発生した並び立つ者たちシークエンス序列十二位による惨劇で犠牲になった騎士や冒険者を目の当たりにした時に──そして何より、シルドが【盾】として覚醒した時に志した事を。



 全ては護れないかもしれない──。



 ──だから、この手と【盾】が届く範囲だけでも。



 と、スタークに対して一歩も引かずに宣言する。



 同意を求められたシルドもまた、ハッキリ頷いた。



「……わーったよ。 パイク、お前もそれでいいな?」


『りゅー……りゅう』


 普段は消極的だが、いざという時には絶対に譲らない妹の頑なさを誰よりも知っていたスタークは諦めからくる溜息をこぼしつつ、パイクにも念の為にと確認を取ると、ほんの少しの逡巡の後──首を縦に振る。



 まぁ……いいけど。



 みたいなニュアンスだったかもしれない。



「っし、じゃあ急ぐぞ!」


「あっ、ちょっと!」


「何だよ!」


 その後、全員の意思を確認できたスタークが二度ほど屈伸してから悲鳴が聞こえた方へ走っていこうとした時、何故か自分を呼び止める旨の声を上げた妹に対し、スタークは声を荒げながら勢いよく振り返った。


 そんな彼女の視界には、まるで赤子か幼子かのように両手を伸ばしている無表情な妹の姿が映っている。


「いや、『何だよ』じゃなくて──ほら」


「……あぁ、そうだったな」


 私を置いていく気ですか──という自分の身体能力のなさを自覚したうえでの発言とともに、フェアトが暗に『運んでください』と頼み込んできた事で、ようやく何が言いたいかを理解した姉は少ししゃがんで。


「よし、じゃあ今度こそ──急ぐぞ!!」


「お願いします!」


『『りゅーっ!』』


 自分と同じ体格なのに随分と軽い妹をしっかりと背負いつつ、いよいよだとばかりに今もなお聞こえてくる悲鳴の主を救う為に、スタークたちは駆けていく。



 もちろん、パイクは矛に、シルドは指輪に変えて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 悲鳴が聞こえてきたのは船着場と隣接する砂浜ビーチからであったらしく、あの悲鳴が発せられる原因となった何かが影響してか様々な種族の者たちが先程まで双子がいた方へと、なるだけ遠くへと逃げようとする中。


 冒険者の免許証ライセンスがあるから少しくらいなら目立っても大丈夫です──と妹が告げた事で、さらさらした砂地を踏みしめながらスタークが駆けていた、その時。


「──っ! おい危ねぇだろ、どこ見てんだ!」


「あ、あぁ、すまな──いや、それより!」


 スターク自身も気が逸ってはいたのだろうが、それでも前すら見ずに逃げ惑っていた一人の青年と衝突しかけた事に苛立ちを覚えて怒声を上げると、その青年は丁寧にも謝りつつ、それどころではないと焦燥し。


「君たちも逃げた方がいい! この先の砂浜ビーチに凶暴な魔物が出たんだ! しかも三匹! ほら、こっちに──」


 わざわざ、この先の砂浜ビーチで起きている事態について早口で説明してくれたうえに、スタークたちを気遣って避難を促してきた事を考えれば、この青年は本当に良い人なのだろうとフェアトは理解していたが──。


「情報提供どうも! 姉さん、急いでください!」


「言われなくても分かってんだよ!」


「なっ!? そ、そっちは──」


 それはそれとして、そんな事態を見過ごしたくはない彼女は背負われたまま頭を下げて謝意を示しつつ姉を急かし、そんな事を言われずとも元より急ぐ気でいたスタークが全力で駆け出したのを見て、その青年は双子を止めようと手を伸ばすも──もう、遅かった。


「っ、血の臭いが凄ぇ……もう少し速度上げるぞ!」


「お願いします……!」


 それから、もう少しで目的の砂浜ビーチに到着するだろう辺りまで駆けてきたスタークの鼻を刺激したのは、どうにも真新しさしか感じない新鮮な血の臭いであった為、急がないと間に合わないと判断した彼女は砂嵐が如き猛烈な砂埃を立てる事も厭わず更に加速し──。


「っと! 到着──っ!? な、何だありゃ……!」


「あれは、あの魔物たちは確か──」


 ようやく目的地に到着した事で砂上を滑るように停止したスタークの視界には、さながら地獄絵図かというほどの凄惨な光景が映っていたが、その光景に驚く姉と対照的にフェアトは冷静に状況を俯瞰し始めて。


 青年が言っていた『三匹の魔物』である、スタークの予想通りの海棲の魔物たちについて、かつて母が詳しく教えてくれた名前や生態を当て嵌めていた──。


 砂浜ビーチから割と離れた場所で沈みかけている海を泳ぐ事に特化した大型の竜覧船の周囲は、この瞬間も悲鳴を上げながら竜覧船にしがみついている者や、すでに魔物たちに喰われてしまった者の血肉で一杯であり。


『────……!! ────……!!!』


「い"やぁああっ!! 痛い、痛いぃいい!!」


 そのうちの一匹は凶悪な牙の生え揃う大きな口に咥えた女性を喰いちぎらんとする、どう見ても一人や二人を喰らった程度では満足しなさそうな巨体の鮫で。


『────……! ────……!!』


「離せ! 離──あ"ぁあ"あ"っ!?」


 更に、その近くでは粘液を纏った八本の足で餌を絡め取りつつ、より美味しく喰う為なのか海棲にして火属性の魔法を扱い獲物を焼いてから喰う巨大な蛸と。


『────……!!』


「お"、ぐぶぇ……」


 まるで槍の如く鋭利な十本の青白い足を用いて獲物を刺突し、それらを絶対に逃がさない為の『返し』が付いた足を口まで運んで咀嚼する巨軀なる烏賊──。


 そんな三匹の怪物じみた魔物が暴れ回り人々を喰らうのを少しでも止めるべく、この場に居合わせていたらしい冒険者や魔法に自信のある一般人が砂浜ビーチから魔法を撃ち込むという戦争の如き光景が広がっている。


 だが、それと同時に三匹の魔物は互いをも敵──或いは餌として認識しているらしく、どれだけ控えめに表現しても『地獄絵図』と言わざるを得ない状況で。


「“焼蛸やきたこ”、“穂先烏賊ほさきいか”──そして“村鮫むらさめ”ですか」


「……焼蛸やきたこしか分かんねぇな」


 そんな中でも冷静さを崩しているようには見えないフェアトが口にした、あの魔物たちの名前を聞いたスタークは自分が知っている名前が一つしかない事に首をかしげて他二つの魔物について簡単な説明を要求。


「どれもこれも人を襲う事のある魔物ですが……」


 すると、フェアトは要求の通りに『人間や獣人、霊人も喰らう魔物だ』という事実だけを伝えたものの。


(……こんな浅瀬の方にまで出没する類の魔物だとは教わってないんだけど……ただの偶然? それとも──)


 『陸から離れた沖合に出没する魔物』だと聞いていた事もあり、たった今この瞬間も繰り広げられ続けてている惨劇に現実味がなく、もしや三匹の魔物の中のいずれかが並び立つ者たちシークエンスなのではと思考を巡らせる。


 浅瀬といっても、そこは人間を始めとした陸棲生物にとっては充分に沖合と言える距離があったのだが。


「……シルド、あれは──」


 すでに姉の背から降りていた彼女は、そっと左手を顔の方に寄せつつ人差し指と中指に嵌めた指輪に向けて、『並び立つ者たちシークエンスか』どうかを問おうとするも。


『りゅうぅ……りゅー……?』


「……?」


 にょき──と人差し指に嵌めた指輪の一部を小さな竜の首に変化させたシルドは、ふるふると首を横に振ったかと思えば今度は首をかしげて疑問の声を出す。



 そんな今までにない反応を見たフェアトは──。



(並び立つ者たちシークエンスは関係ない……? いや、そうとも言い切れない、みたいな……? どう判断したら──)


 思った以上に的確にシルドが伝えたい事を理解しており、『並び立つ者たちのような何か』だと判断すべきなのか、それとも──と頭を悩ませていたその時。


「おい、フェアト! あたしは鮫をやるぞ!!」


「え、あ、あぁ……それじゃあ残りは私が」


 ぶんぶん──と自分の身の丈と同じほどの重そうな半透明の矛を片手で軽々と振り回しながら、スタークが獲物を見定める旨の発言をした事によって、フェアトは我に返って残りの二匹を相手にすると口にし、ほぼ同じタイミングで砂浜ビーチと海の境界に向かっていく。


「え!? ちょっと、そこの貴女たち! 何を──」


 その時、砂浜ビーチから魔法を撃っていた冒険者らしき女性が海の方へ向かおうとする双子に対して警告の声を上げるも、すでに双子は臨戦態勢に入っており──。



「──戦闘開始だ!」


「──戦闘開始です」


『『りゅーっ!』』



 二組の双子による鬨の声が焦燥の声や悲鳴で騒がしい砂浜ビーチに響いた事を、この場に居合わせた者たちは。



 その女性冒険者以外、誰一人として知らない──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る