第120話 不気味な歓迎

「えっ、と……何か、ご用ですか……?」


 どういうわけか必要以上にぐいぐい来る色鮮やかな花柄の服を着た者たちの勢いに、フェアトは圧されながらも姉が余計な事を口走る前に『何用か』と問う。


 すると、そのうちの一人である女性が前に出て。


「私たちは、『シュパース諸島観光組合』に所属する者でして! こうしてご来訪くださった方々へ、できる限りのおもてなしをさせていただいているのです!」


「は、はぁ……」


 あくまでも不気味なほどにこやかな笑顔を崩さぬままに、フェアトの問いに対しての答えとして自分たちが観光組合という組織に属し、それゆえ諸島を訪れる人々を分け隔てなく大歓迎しているのだと豪語する。


 もしかして全ての船着場に潜んでいるのか──という事にも若干どころか大袈裟な怖気を覚えたものの。


(……何でだろう、ちょっと怖い……)


 それ以上に、その女性だけでなく後ろに控える人たちにも共通する狂気的な笑みと、それに伴う奇妙な迫力によりフェアトが後ずさろうと試みたのも束の間。


「さぁ、こちらをどうぞ! 歓迎の印です!」


「え、あ、どうも……」


 女性の号令とともに後ろに控えていた者たちが、いかにもな色彩の花輪レイを手に双子に近寄って慣れた手つきでそれぞれの首にかけた事で、フェアトは戸惑いつつも軽く頭を下げながら彼らの首の辺りに目を遣り。


(皆が皆、同じ念珠ロザリオをつけてるから……?)


 彼ら、もしくは彼女らが纏う妙な雰囲気の理由が首元の変な形の──いわゆる雌雄を表す符号マークが混ざったような形──念珠ロザリオをつけていた事から聖神々教せいこうごうきょうと違う宗教の影を感じたゆえの違和感なのかと思っていた。



 そう、思っていたのだが。



「ここ、シュパース諸島はとっっっっても素敵で楽しい観光地です! きっと貴女たちにも気に入ってもらえると思いますよ! 帰りたくなくなるくらいに!!」


「「「そうですそうです! あははははははは!」」」


 あわや裂けてしまうのではというほどに口を歪めて笑みを浮かべる女性の言葉に呼応するように、そんな彼女の後ろでは男も女も老いも若いも関係ない、まさに『ゲラゲラ』といった笑いを全員が浮かべており。


「……っ」


 それを見て、ようやく違和感の正体に辿り着いた。


(……違う……! 目に光がないからだ……!)


 もしかすると、あの慰安旅行の集団も気がついていたかもしれないが、フェアトの視界から見た彼らの瞳には微塵も光が宿っているようには見えず、かいつまんで言えば死んだ魚みたいな目をしていたのである。


 だというのに表情だけは笑顔なもんだから、その釣り合わなさが余計に不気味さを増しているのだろう。



 そんな中、スタークは沈黙を貫き続けていたが。



(──……これか)


 その沈黙もまた、やっと違和感の正体に──あの甘美な香りの正体に辿り着いたからこそであったのだ。


「さぁさぁ! この島で採れる椰子の実で作ったジュースですよ! ウェルカムドリンクだと思って一口──」


 その後、素直に花輪レイを受け入れたからか気を良くしたらしい女性は、パチンと指を鳴らして他の者たちが用意していた椰子の実の果汁入りジュースが注がれたグラスを配らせ、あちらの慰安旅行の集団に配り終えた後、手ずから双子に配らんとした──その瞬間に。



「いらねぇ」


「「えっ」」



 おそるおそるではあるものの受け取っていた妹とは違い、スタークが至って無表情でジュースの貰い受けを拒否した事で、フェアトと女性が同時に驚きの声を上げるも、フェアトと女性では驚きの意味が異なる。


 女性の場合は単純に『花輪レイは受け取ったのに、ジュースを受け取らない理由が分からない』からだが、フェアトの場合は『あの姉さんが飲み物を受け取らないなんて』という何とも言えない理由からだったのだ。



 一瞬、三人の間に妙な空気が流れはしたが──。



「……遠慮しなくていいんですよ? お金なんて取りませんから! あちらの方々も美味しそうに飲んでらっしゃいますし! よければ、そちらの竜覧船の分も!」


 それでも女性はスタークの方へと近寄りつつ『ぜひぜひ』と薦めながらも、ジュースに余分があったらしく未だに竜覧船へ擬態中のパイクたちにも薦め出す。


『! りゅー!』


『りゅうっ!』


 すると、シルドは嬉しそうに首を伸ばしてジュースを貰おうとしたものの、スタークが拒んでいる事を考えると迂闊に受け取るわけには、と判断したパイクが妹を止めた事で、どうにか事なきを得ていたようだ。


「どうしたんですか? さぁ、どうぞ! さぁさぁ!!」


「ちょ、ちょっと──」


 しかし、まるで諦める様子のない女性は半ば無理やりにでも提供しようとしており、いくら何でもと思ったフェアトが口を挟もうとした──まさに、その時。



「いらねぇって言ったのが──聞こえなかったか?」


「「「っ!?」」」



 それまでの無関心な様子から一転、表情こそ変わってはいないものの纏う覇気は紛れもなく絶対強者のそれであり、あまりの豹変に彼ら、もしくは彼女らだけでなく蚊帳の外の集団さえも思わず戦慄してしまう。


(何を、そこまで警戒して……)


 そんな中でも、これといって姉の気迫に怯えてはいないフェアトが、どうして姉が頑なにジュースの受け取りを拒否しているのかが理解できず、『うーん』と唸って首をかしげながらも思考を巡らせている中で。


「『できる限りのもてなしを』っつってたよな。 お前らの言う『もてなし』ってのは客が欲してもいねぇ物を無理やり押しつける事を言うのか? どうなんだ?」


「そ、それは……」


 スタークが一歩、また一歩と女性の方へと詰め寄っていき、ちょうど同じくらいの身長だった彼女を真紅の瞳で射抜きつつ、どういうわけか受け取りたくないと捲し立てた事により、それを受けた女性が思わず後ずさる一方でフェアトは手元のグラスに目を遣り。


(……やっぱり、これに何かが……? いや、それよりも目立ちすぎる今の状況を何とかしないと──よしっ)


 どう考えても、このジュースに何かがあると思い至ってしまうのは自然な事だったが、それはそれとして必要以上に悪目立ちしているこの状況を何とかする方が先だと判断し、ひと思いにグラスを口元まで運ぶ。


「んっ」


「!? おい!」


 そして、そのままグラスを傾けつつ中に注がれた乳白色の液体を飲み干した妹を見たスタークは、『あれだけあたしが拒否してたのにお前は飲むのか』と神経を疑うかのような──いや、実際に疑っているのだろう非難するが如き視線とともに声を荒げたと同時に。


「あ──あらあら! お味はいかがですかぁ!?」


 つい先程まで鬼神のようだったスタークの気迫に呑まれていた女性が、フェアトが飲み干してくれたのをいい事に勢いを取り戻し、スタークの横を通り抜けてジュースの感想を聞く為に詰め寄ってきた事で──。


「……えぇ、とっても甘くて美味しいですよ」


「それは何よりです! さぁ貴女も──」


 今度は大して圧される事なく女性とは対照的な意図的なる作り笑いを見せて、フェアトが素直にジュースの味の感想を述べると女性は嬉しそうに──もしくは計画通りだとばかりの笑みを湛えつつ、その勢いのままに今度こそスタークにもとグラスを向けんとする。


「すみません皆さん! ちょっと姉さん、お腹の調子が悪いみたいで! おもてなしや案内は結構ですから!」


「……あぁ、そうだな。 そういう事だから散れ」


 瞬間、女性の言葉を遮ったのは何とも珍しいフェアトの大声であり、その声は女性だけでなく後ろに控える者たちにも届き、もちろん近くにいた姉にも届くと同時に彼女は妹の発言の意図を察する事ができたらしく、『しっしっ』と手を振り追い払おうとし始めた。


 それを蚊帳の外から見ていた慰安旅行の集団は『お腹が痛いなら、まぁ仕方ないんじゃないかな』と頑なに断っていた理由に納得している様子だったものの。


「「「「……」」」」


「……っ」


 当の観光組合の者たちは、つい先程まで浮かべていた筈の狂気的な笑みを一瞬のうちに消しており、その瞬間を垣間見ていたフェアトは思わず息を呑んだが。


「かしこまりました! よい行楽を!! では、そちらの方々の観光案内に移りましょうか! さぁ準備を!!」


「「「はい!!」」」


 それから数秒もしないうちに全員が先程までの笑顔に戻り、フェアトやスタークに対して深く頭を下げたかと思えば即座に視線を集団の方へ向けて、そのまま彼らの案内に移行する事を組合員に告げながら──。



 集団を連れて、この船着場を後にしたのだった。



 その後、完全に人が掃けたのを見計らって──。



「……それで? どうして受け取らなかったんですか」


 一体、何故あのジュースを頑なに拒否したのかを聞く為に──おおよその予想はついていたが──フェアトが姉に向けて疑問の声を投げかけると、スタークは深めに『はぁ』と溜息をこぼしてから顔を上げつつ。


「……お前にゃ何でもねぇんだろうが──」


 一週間前、強化されたシルドの【水毒ヴェノム】でも一切の影響を受けなかったと聞いていたし、フェアトなら全く問題ないのだと分かってはいても──だとしても。



「──麻薬か何かだったぞ、あれ」


「……えっ?」



 妹が猛毒だの違法薬物だのを飲み込む様など見たくはなかったスタークが呆れたようにそう告げるも、フェアトは至ってきょとんとした表情を浮かべるだけ。


 人間が人間に飲ませるものだし、せいぜい腹痛か何かが起こる程度の代物だと思っていたからなのだが。

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