第103話 作戦開始

 場面は【ジカルミアの鎌鼬かまいたち】が出現した城下町へ。



 当初の予定としては、まず騎士団と冒険者が総力を挙げて王都全体を【クローズ】と呼ばれる『中にいるものを外に出さない』為の──つまりは【バリア】と対照的な防御魔法を展開しつつ、かの通り魔を発見でき次第ジワジワと結界を狭めていく事で確実に追い詰めていき。


 ある程度、居場所を特定する事ができたのならフェアトを中心として捜索から討伐へと目的を変更するという流れを一連の作戦として立てていたのだが──。


 狙いすましたかのような時機での通り魔の出現によって、つい先程まで不気味なくらいに閑静だった王都は、フェアトたちが王都を訪れた際に通り魔の襲撃を受けた時と似たような騒乱が発生してしまっていた。



 時間的にも、あの時と同じ夕刻である。



 それでも、あの時より騒乱が抑え目なのは──あらかじめクラリアとガレーネが王城を除く王都中に『今日の夜の間に【ジカルミアの鎌鼬かまいたち】を討伐する』という旨の報せを【コール】にて伝達していたからであった。


 ゆえに、たった今ジカルミアにて忙しなく動いているのは逃げ回る王都民ではなく、かの通り魔を討たんとする騎士たちや有志で集まった冒険者たちであり。


(……出没はした。 ここからは正確な居場所の特定と討伐──上手くいくといいんだけどね、あの作戦)


 ようやく集会所から外へ出たフェアトは、そんな風に準備に取り掛かり始めている彼らを見ながら、スカートの右ポケットに入れたままの始神晶の欠片に細い指で触れつつ左手に嵌めた四つの指輪に目を向ける。


『りゅ〜……りゅ、りゅ〜……?』


「……やっぱり」


 一方で、フェアトから目を向けられたシルドは何やら随分と困惑したような声を上げており、スタークなら鳴き声の意図を理解できなかっただろうが、フェアトは何故か納得したように浅い溜息をこぼしている。


 それもその筈、最初に通り魔の襲撃を受けた時もシルドは間違いなく反応してはいたものの、すぐに対象を見失っていた事を彼女はしっかり覚えていたから。


 おそらく、かの通り魔は今この瞬間も王都中を目にも止まらぬ速さで移動し、もののついでとでも言うように騎士や冒険者たちに治らない傷を負わせているのだろう事実に、フェアトは思わず顔を顰めてしまう。


 討伐はともかく、こと今回に限って言えば索敵に関してシルドに期待するのは間違いと悟ったがゆえに。


 一方、大体の準備や配置をし終えた冒険者や騎士たちに対し、クラリアとガレーネは同時に【風伝コール】を行使しつつ、それぞれが束ねる者たちを鼓舞するべく。


「『かの【ジカルミアの鎌鼬】を必ず討つ! その為に諸君らも全力を尽くせ! 騎士団の誇りにかけて!』」


「「「はっ!!!」」」


 かたや、ハキムを含めた総勢六十名弱ほどの騎士たちに向けて、クラリアは覇気のこもった力ある声を。


「『あーあー、聞こえてる? 冒険者諸君。 強制でもないのに殆ど全員が協力してくれて嬉しいよ。 この夜を乗り越えれば王都に平和が訪れる──頑張ろうね』」


「「「おぅ!!!」」」


「「「はい!!!」」」


 かたや、ジカルミアを拠点とする三十名弱ほどの冒険者たちに向けて、ガレーネは間が抜けていつつも上に立つ者としての気品を感じさせる声をかけていた。


「『総員、準備はできているな!?』」


「『さぁ、いくよ! せーの──』」


 そして、そんな二人にフェアトが感心していたのも束の間、作戦開始まで秒読みである事を示す為にクラリアが騎士、冒険者を問わず声を張り上げ、それを聞いたガレーネがタイミングを合わせるべく息を吸い。



「「『──作戦、開始っ!!』」」



 二人の長による透き通ったかけ声が、ほんの少しのズレもなく全員へと一瞬で伝達された──その瞬間。


 ハキムを始めとした騎士たちはヴァイシア騎士団の紋章が刻まれた剣を触媒とし、それに対して冒険者たちは剣や槍、槌や斧、或いは杖や弓などの各々の得物に橙色と藍色、二種の輝きを放つ魔力を込めてから。



「「「【土閉クローズ】!!!」」」


「「「【氷閉クローズ】!!!」」」



 土と氷、防御魔法に長けた属性に適性を持つ者たちが、この広大な王都を包み込むほどの規模を誇る、まるで鋼かの如き硬度を得た半球状の氷塊を展開する。


 その時、氷属性の魔法を大人数が同時に行使した事で、ジカルミアは一瞬で文字通り身も凍るような冷気に包まれてしまい、その冷気は避難の為に屋内へと篭っている王都民たちをも凍えてしまうほどであった。



 だが、その事に関して王都民は文句を口にしない。



 それどころではないというのもあるが、ただ単に冷気以上の被害を自分たちが受けたくないからである。


「次に索敵! 纏わせる属性は支援に長けたものを!」


「【クローズ】の中を埋め尽くすようにねー!」


 その一方、【クローズ】による結界の出来を確認する間もなく、クラリアは先程の【クローズ】の時に魔法を使わなかった者たち──つまりは土と氷に適性を持っていない者たちに向けて次の魔法の指示を出し、それに続くようにガレーネも間延びした声でその指示に補足した。


 そして二人から指示を受けた残りの騎士や冒険者たちが、つい先程に【クローズ】を行使した者たちと入れ替わるように移動し、それぞれが緑色と紫色、二種の輝きを放つ魔力を纏わせた得物を前に上にと掲げ始める。



「「「【風探サーチ】!!!」」」


「「「【闇探サーチ】!!!」」」



 そんな彼ら、もしくは彼女らが行使したのは他でもない探知の支援魔法【サーチ】であり、いくら魔導国家とはいえ一人一人の魔力量や技量は六花の魔女と比べるべくもないが、それは数の力で補っているようだ。


 その証拠に、かつて魔族と戦闘した事のあるクラリアやガレーネも舌を巻くほどの規模で、ジカルミア中を淡い緑色の風と宵闇に紛れる菫色の魔力が駆け巡っており、これなら索敵も上手くいくと確信したのか。


「第一段階は上々だな。 ここからが本番ではあるが」


 フェアト──というよりシルドや、ガレーネと同じく来たるべき戦いに備えて魔力を温存していたクラリアは、『うんうん』と満足そうに、されど決して油断や慢心だけはする事なく頬を張って気を引き締める。


「そうだね──っと、フェアト。 これを」


 そんな中、同じく索敵完了の報告を待っていたガレーネが、とっさに自分が羽織っていた緑色のローブを外し、それを背中側からフェアトに羽織らせており。


「ガレーネさん? これは……」


「冷えるかなって。 もしかして余計だった?」


「いえ、そんな事は。 ありがとうございます」


 その行為の意味は分かっていても、とりあえず聞いてみない事にはとフェアトが声をかけると、ガレーネは予想通りフェアトを気遣っていたらしく、その気遣いを嬉しく感じたフェアトは柔らかな笑みを見せる。



 そのやりとりを蚊帳の外から見ていたクラリアは。



(……優しいな。 ガレーネも──)


 おそらく自分も寒いのだろうに、フェアトを気遣ってローブを羽織らせたガレーネも──そして何より。


 この冷気が魔法によるものである以上、涼しいくらいには思っていても寒いとは思っていない筈だというのに、ガレーネの優しさを無駄にしない為にその事に言及しないフェアトも、お優しい事だと感じていた。


 尤も、この冷気が魔法によるものではなかったとしても、フェアトは『涼しいなぁ』くらいしか感じず。


 極端な暖気や寒気でさえも、フェアトは無意識に害として認識してしまうのだろう事を理解させられた。



 それから、およそ一時間後──。



 決して見逃さないように少しずつ、本当に少しずつ騎士や冒険者たちが結界を内へ内へと狭めていく中。


 元より東区で襲撃を受けたという事もあり、ここを中心として狭めていっている兼ね合いで、もう間もなく中央区にある王城が【クローズ】から外れかけていた時。


「さて、そこそこ時間は経ったけど……どうかな」


「またとない機会だ……何としても──」


 冷えた身体で戦うのは無謀だと判断したクラリアが行使した威力弱めの【火球スフィア】にて、フェアトはともかくとしてガレーネとクラリアは存分に暖を取り、まだかまだかと通り魔の発見報告を待ち詫びていた──。



 ──その瞬間。



「「!!」」


「……! もしかして──」


 ガレーネの残った左耳がピクッと動くのと、クラリアが行使していた【火球スフィア】を解除したのは殆ど同時であり、それを見たフェアトは何があったのかを察し。


「あぁ、見つけたようだ! あの模型に似た白猫を!」


「青と金の虹彩異常オッドアイも──間違いないね」


「場所はどこです?」


 そんなフェアトの察した通りの索敵完了の報告をクラリアが騎士たちから、ガレーネが冒険者たちから受けた事で顔を見合わせて頷く一方、【コール】を受け取りたくても受け取れないフェアトは特定できたのだろう通り魔の現在位置を教えてもらう為に声を上げる。


 無論、作戦の要であるフェアトに情報を渡さない理由などない二人を代表してクラリアが口を開き──。


「王城のある中央区と、ここ東区との境──っ!? どうした!? 何があったんだ!? 応答してくれ!!」


「【コール】が正常に機能してない……何かあったんだ」


 部下たちが特定した通り魔の現在位置をフェアトに伝えんとしたのだが、そんな彼女の声は彼女自身の驚愕に満ち満ちた声によって遮られてしまい、おそらく自分と同じく【コール】が一時的に解除されてしまったのだろう事を察したガレーネも、顔を顰めて舌を打つ。


「どうし──ぅわっ!?」


 その一方、完全に状況から取り残されていたフェアトが、『私にも教えてください』と除け者にされた子供のような力ない声音で、クラリアかガレーネのどちらでもいいから答えてもらおうとした──その瞬間。



 ──ガン!



 ──バキン!!



 ──ズガァン!!!



 まるで、鋼鉄の壁に向けて同じ鋼鉄の大槌を何度も何度も打ち付けているような轟音が王都に鳴り響く。


 しかも、その音は途切れる事なく超高速で鳴り続けており、クラリアたちの近くに配置されていた騎士たちや冒険者たちでさえ思わず耳を塞いでしまう始末。


「な、何ですか、この音……! 一体どこから……!」


 もちろん、フェアトはその音を聞いても『うるさいな』くらいで済んではいるのだが、それでも異常事態だという事は充分すぎるほどに理解していた為、改めて状況を確認するべくクラリアたちの方を向き──。


「──何だと……!? 分かった、すぐに向かう!」


 そんな彼女の声と同時に、どうやら【コール】による応答が返ってきたらしいクラリアは部下からの報告を受けた後、何やら焦燥に満ち満ちた表情で頷いていた。


「……通り魔が──その白猫が、【クローズ】に身体をぶつけているらしい……! もしや我々の策に気がついて王都から逃げようとしているんじゃないか……!?」


「「!!」」


 何を隠そう、『外へ逃がさない為に』と展開した防御用の結界、【クローズ】を通り魔が何と内側から破壊しようとしているようで、それを聞いた二人は目を剥く。


 何せ、【クローズ】は【バリア】と同じ防御魔法でありながら対極の位置に存在する魔法であり、その結界の内側の硬さは【バリア】による結界の外側の硬さに比例し、そういう意味で言えば内側からの破壊を想定していない。


 無論、内側から破壊されない為に技量を磨くのも魔法使いにとっての権利であり──また義務でもある。


 それを理解しているからこそ、フェアトもガレーネも整った表情を驚愕の色に染めてしまっているのだ。


「それで【クローズ】を無理やり壊して王都から出ようとしてるってわけか……! 普通なら不可能だって言いたいところだけど、あいにく普通じゃないもんね……!」


 翻って、ガレーネは通り魔に削り取られた右耳があった場所に手を当てつつ、いかにも憎々しげなものへと表情を変化させてから改めて並び立つ者たちシークエンスが持つ異常性を認識させられた事を腹立たしく感じていた。


「急ごう! フェアトは私の後ろに乗ってくれ! フェデルタ、いきなりで悪いが全速力だ! いけるな!?」


『ヒヒィーー……ン!!』


 そして、クラリアは三人の中で真っ先に行動を開始し、いつの間にか自分の意思で近くまで寄ってきていた愛馬のフェデルタに乗って語りかけ、フェデルタの嘶きを聞いてからフェアトに手を伸ばし、その手を取ったフェアトは落ちないように彼女の腰に手を回す。


 最後の一人であり森人エルフでもあるガレーネは、その身軽な身体を活かすとともに【風強ビルド】で自らの俊敏さを更に上げる事で、フェデルタの俊足にも負けない速さで王都を駆け、そう時間もかからずに辿り着くだろうとクラリアとガレーネが踏んでいた──そんな中で。



(……おかしい)



 フェアトは一人、奇妙な違和感に苛まれていた。



(こうして閉じ込めるまでもなく、あの通り魔は──ラキータは、ジカルミアでのみ凶行を発生させていた)


 あの通り魔──ラキータは【電光石火リジェリティ】の影響で光よりも速く動けるにも関わらず、どういうわけか王都での凶行に執着していた筈だというのに、どうして今になって王都から出ようと思うのかという疑念に駆られてしまっており、フェアトは更に思考を巡らせる。


(単に閉じ込められた事が気に入らないからだ──と言ってしまえばそれまでだけど、もしそれ以外に何らかの理由があって結界の外に出ようとしているのなら)


 尤も、フェアトが脳内で予想している通りに『閉じ込められて良い気分はしないから』と考えているならそれでいいが──もし仮に他の理由を抱えていたら。



 ここで【電光石火リジェリティ】を解き放つのは危険すぎる。



(──絶対に、ここで仕留めなきゃ)



 クラリアよりも、ガレーネよりも──この地に住まう誰よりも強い使命感を、フェアトは抱いていた。

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