第84話 小さな王女様

 突如、謁見の間の絢爛な扉を勢いよく開けて入ってきた美少女に真っ先に反応したのは、その美少女の叫びの中に名前が入っていたクラリアであり──。


「り、“リスタル”様!? 今は謁見の最中で──」


 リスタル──というらしい美少女に対し露骨に目上だと分かる敬称をつけて呼んだクラリアは、その美少女の登場に驚いて声を荒げつつも『大事な話をしているのですから』と丁寧な口調で抑えんとしたのだが。


「っ、クラリア! 無事だったのね!? よかった!」


「リスタル様……はい、何とか」


 リスタルが、その高貴な服にシワがつく事も構わずクラリアの胸に飛び込み、あわや泣き出してしまうのではという震える声音で彼女の帰還に慶びを露わにした事で、クラリアは諦めたように少女を受け止める。


 どうやら、すでにヴァイシア騎士団の副団長が亡くなった事を知っていたようで、もしかするとクラリアも重傷を──と考えた為に不安になっていたらしい。


「何だぁ……?」


 翻って、あまりに突然の登場に呆気に取られていた双子のうち、スタークがその疑念を声に出すと。


「あの子は、“リスタル=フォン=グリモワル”。 私とシトリィの最愛の娘にして──この国の王女だ」


「お、王女様……!?」


 そんな彼女の声に答えたのは他でもないネイクリアスであり、リスタルという美少女の正体は王妃になる前に命を落とした王太子妃と自分との間に産まれた一人娘、そしていずれはこの国の王座に就くだろう王女であると明かし、それを聞いたフェアトは目を剥く。



 リスタルが王女だという事に驚いたわけではない。



(……姉さん、お願いだから何もしないで……!)


 そう、またしても敬わなければならない立場の人間が現れた事で、スタークが不敬な態度を取ってしまうのではと危惧した為に驚き、そして祈っていたのだ。



 どうか、余計な事はしませんように──と。



「……うん? ねぇ、クラリア。 その二人は誰?」


「……!」


 そんな折、甲冑を脱いでいたクラリアの胸に顔を埋めていたリスタルが、ようやく双子の存在に気がついて尋ねる一方で、フェアトは気が気ではないらしくチラチラと横目で姉の方へ視線を向けて訴えかける。



 ──口を、開かないで。



 みたいなニュアンスだったかもしれない。



「あぁ、この二人は……えぇと──」


 その一方、質問に答えるべく顔を双子の方へ向けたクラリアは、どう説明したものかと逡巡していたが。


「あたしはスターク。 こっちは妹のフェアトだ。 旅の途中でクラリアたちと会って王都まで来たんだよ」


「「ちょ──」」


 そんなクラリアの思考を遮るように、やはり敬語など使うつもりは微塵もないらしいスタークが、ぶっきらぼうな自己紹介をした事により、フェアトとクラリアは揃って彼女を諌めようとするも──もう遅い。


 いかに寛大であるとはいえ、かつての最愛の妃の忘れ形見に不遜な物言いをしたとなれば、ネイクリアスでも怒りを覚えてしまうのではと二人は焦燥する。



 ──が、しかし。



「へぇ、そうなの? それじゃあ貴女たちも危険な目に遭ったのよね? そんなに私と変わらないくらいの年齢に見えるけど、クラリアと同じくらい強いのかしら」


、十歳なんだろ? あたしらは十五だ。 そこまで近くねぇよ。 クラリアより強ぇとは言いきれねぇが」


「ふふ、そうなのね。 ねぇねぇ、クラリアたちとはどうやって出会ったの? もっと色々聞きたいわ」


「ん? あぁ、いいぜ。 騎士団の奴らとは──」


「「……!」」


 当のリスタルは全く怒っている様子などなく、クラリアから離れて興味ありげにスタークやフェアトに近寄りつつ、さも友達のような会話を繰り広げる二人の少女に、フェアトとクラリアは心中穏やかでない。


(『お前』って……! 『お前』は不味いって……!)

 

(いくら何でも庇いきれないぞ……!?)


 揃って冷や汗を流しながら、おそるおそる玉座に腰掛ける陛下へと顔を向けた二人の視線の先では──。


「ふふ……」


「「……?」」


 先程までとは少し異なる優しげな表情を浮かべたネイクリアスが、いかにも子供を大切に想う親といった様子で二人の少女の忌憚ない会話を見守っていた。


 そんな自分の笑みに首をかしげていた二人に気がついたネイクリアスは、ふとそちらへ顔を向けてから。


「あぁ、そこまで怯えずともいい。 むしろ私は嬉しいんだ。 こうしてリスタルと気兼ねなく話してくれる相手など──この王都でも他に類を見ないのだからな」


「そ、それは、そうでしょうが……」


 リスタルが王女という立場である以上は仕方のない事ではあるが、それでも親としては娘に『謙らない友人』を作ってやりたかったという切な想いがあったらしく、こうやって王族じぶんたちに対して普通に話してくれるスタークのような存在は良い刺激になると語った。


 尤も──それは娘と年代が近く、かつ同性だというのも大きいのだがとネイクリアスは脳内で独り言つ。


「──と、まぁそんなとこだな」


 そんな中、騎士団との出会いと王都への道中で起こった事を語彙力が貧弱な彼女なりに簡潔に話し終えたスタークが、『分かったか?』と声をかけると──。


「……二人はクラリアたちの恩人だったのね。 本当にありがとう。 ヴァイシア騎士団の騎士たちは歳の離れた兄や姉みたいなものなの──リゼットも、ね」


「……そうか」


 スタークの話が終盤へと向かえば向かうほど表情に真剣味を帯びさせていたリスタルは、ヴァイシア騎士団に所属する騎士たちの事を本当の兄や姉のように慕っているらしく、だからこそ騎士団の危機を救ってくれた双子に対して心から感謝しているようだった。



 もちろん、すでに亡くなったリゼットも含めて。



「そ、それより!もっと二人の話も聞きたいし、これから一緒に晩ご飯を食べない? ね、いいでしょ?」


「あー……どうする?」


 その後、少しだけ重くなってしまって空気を変える為、手を叩いたリスタルが『旅の途中』と口にしたスタークの言葉を鵜呑みにして話がてら夕食をともにと提案してきた事で、スタークは妹に意見を求める。


「……まぁ、いいんじゃないですか? というか、それは私じゃなくて国王陛下に伺った方が良いのでは」


「あぁ、そりゃそうか。 なぁ、いいか?」


 フェアトとしても、リスタルと食事をともにする事自体は構わないと思っていたが、それを自分に確認するのはお門違いではと姉の視線を国王へと向けさせると、スタークは相変わらず敬語もなしに声をかけた。


「構わんよ。 ここ最近、私が多忙なせいで娘には寂しい想いをさせていたからな。 を受け取ったら、しばらくリスタルの相手をしてくれるとありがたい」


 すると、ネイクリアスは簡単に許可を出しつつ傍に控えていたノエルが持つ二つの水晶に目を向け、『それを手渡し次第、夕食は部屋に用意させよう』と口にしたものの、スタークは水晶の存在を忘れており。


「……そういや、そんな話だったな」


 未だにサイドテールの毛先が削り取られたままの状態で髪を掻きつつ、そのうちの一つに手を伸ばす。


「では、ありがたくいただいておきます。 に関しましては、この身を尽くす所存ですので」


 続いて、フェアトも恭しい態度でノエルから残った一つを受け取ったうえで、かの通り魔の討伐の件を不明瞭にして事態の解決に尽力すると宣言してみせた。


「……ふふ、賢しいな──期待しているぞ」


 わざわざ『あの件』と不明瞭にしたのは娘を気遣っての事だろうと察したネイクリアスは、その思いやりに感謝し彼女の思慮深さに期待する事にしたらしい。


「さぁ、スターク。 それにフェアトも行きましょう」


「あぁ」


「は、はい。 失礼しました」


 そこで話が終わったのだと判断したリスタルが、スタークとフェアトの手を取って謁見の間を後にしようとした事で、スタークは特に気にする事もなく、フェアトは念の為とばかりに陛下に頭を下げていた。


 そんな三人の後をクラリアがついていき、『少し考え事をしたい』と口にして謁見の間に残るネイクリアスを邪魔しないようにノエルも遅れて退室する中で。



『!』


(……ん?)



 スタークは謁見の間の扉を通る瞬間、足を止めた。



 腰に差した半透明の剣が、僅かに震えた気がして。


 

「わっ、スターク? 何かあったの?」


「……いや、何でもねぇ」



 そのせいでリスタルの足も止まってしまい『どうしたの?』と尋ねてきたが、この場でパイクについて言及するわけにもいかない為に首を横に振ってみせてから、人生初となる王族との謁見を終えたのだった。



 謁見の間の天井は硝子張りとなっており、そこから間もなく顔を出す煌々とした月明かりが差し込み、もうすぐ完全に日が暮れてしまうのだろうと感じせた。



 この風光明媚な月明かりの下でなら人は更に美しくなれると感じる、そんな夜が訪れるのだろうと──。

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