第63話 燻り始める
一般的な視力しか持ち合わせていないフェアトにも充分に視認できるその黒煙は、どうして今の今まで気がつかなかったのかというほど立ちこめており──。
「団長! あの黒煙の位置から察するに、これから我々が向かおうとしていた農村、レコロ村が……!」
「……あぁ、私もそう思う……思う、が……」
他の騎士たちを押しのけんばかりの勢いで馬を駆ってきたリゼットが、あの黒煙の発生源が一晩を明かす為に立ち寄る予定だった農村なのではないかと提言すると、クラリアも同じ事を考えてはいたのか頷きはしたものの、どうやら他に気になる事があるようで。
(……気のせい、か……? 一瞬、炎の形が……)
本当に一瞬の事であった為、断言もできなければ確認を取る事もできないのだが、クラリアの目には黒煙に混じって轟々と立ち昇る禍々しい業炎が──。
凶暴な顔つきの──犬のように見えていたから。
「あれほどの煙だと村は全壊だろうし……もっと言やぁ生存者なんぞもいねぇだろうが……行くのか?」
「っ! ハキム、貴様……!」
「俺は事実を言ったまでだ。 で、どうする?」
そんなクラリアをよそに、リゼットと同じく先頭まで出てきていたハキムが現実主義な物言いでクラリアに最終的な判断を求めようとする一方、冷徹なまでの発言にリゼットは彼の胸ぐらを掴んで睨みつけたものの、ハキムは表情を崩す事なく改めて団長に問う。
「……行くぞ、どのみち放ってはおけない」
「っ、総員、傾聴!!」
「「「!!」」」
すると、クラリアは脳裏に浮かべていた小柄で凶悪な魔族の影を払拭するように頬を両手で叩いた後、腰に差した長剣をスッと掲げると同時に、リゼットは副団長相応の力のこもった声で部下たちのざわつきを抑えてクラリアの話を聞く姿勢を全員に強制させた。
「──諸君、我々はこれより当初の予定通りレコロ村へと向かう。 だが、あの黒煙を見る限り……おそらくレコロ村はすでに壊滅していると考えていいだろう」
そして、さも一人一人に語りかけるかのような静かな声音で、ハキムと同じ『村自体は間に合わないだろう』との考えを持っている事を明かすと、やはり騎士たちも同じように考えていたのか表情に影を落とす。
ここにいる双子以外の誰もが、レコロ村に立ち寄ったり村民と交流したりといった経験があったから。
「しかし、それでも生存者がいる可能性はある。 もっと言えば、あの黒煙を──いや、あの黒煙の元となる火災を起こした何者かが現場にいるかもしれない」
そんな騎士たちを鼓舞するかの如く、クラリア少しずつ声量や声のトーンを上げると、それに釣られるように騎士たちの表情も前を向き、その表情には強い決意と覚悟が誰の目にも見てとれるようになっていた。
単純だと思われるかもしれないが──それだけ彼ら騎士団は、クラリアを強く尊敬しているのである。
「ならば! 我らのなすべき事は何だ!? リゼット!」
「はっ! 火災の消火活動及び生存者の捜索と救出! そして火災を起こした咎人、或いは魔物の討伐です!」
「その通りだ! では──」
そして、いよいよとばかりに語調を強めて副団長に今回の一件での騎士団の使命を問うと、リゼットは心臓の位置に右の拳を当てつつ正確かつ簡潔に部下たちにも聞こえるように叫び放ち、それを受けたクラリアは真剣な表情で頷いてからレコロ村の方へと──。
──向かおうとした、その時。
「っと、そうだ。 スターク、フェアト。 急ですまないが君たちの力も貸してもらえないだろう──か?」
ハッと双子の存在を思い出したクラリアが、『勇者と聖女の血を引く双子』に力を借りる事ができればと考えて、スタークたちがいた筈の方へ振り返った。
しかし、そこには二頭の
「今度は無駄に一回転とかしないでくださいね」
「分かった分かった皆まで言うな」
「ふ、二人とも? 馬から降りて何を……?」
すでに馬から降りていたらしいスタークの背に乗ったフェアトが、『どこにも需要のないファンサービスはやめてください』と忠告し、うざったそうにスタークが返答しているのを見たクラリアは、そんな双子が何をしようとしているのか要領を得ず問いかける。
「ん? あぁ、あたしは馬に乗って行くより走った方が速ぇからな。
すると、スタークが顔だけを騎士たちの方に向けつつ『自分の足が馬より速い』と魔法を使って初めて可能とするような事実をあっさりと返答する一方で。
「貴方たちは後から来てくださいね」
『『ブルルル……』』
フェアトがパイクやシルドの魔法で創り上げた二頭の
「は、走った方がって……いくら何でもそんな」
そんな中、信じられないといった表情を浮かべていた騎士たちを代表したリゼットが、すでに自分たちを見ていない双子に対して無謀だと告げんとするも。
「じゃあな! 遅れんじゃねぇぞー……!!」
「「「!?」」」
そんな彼女の声を遮るように一時の別れを叫んだスタークが走り出した瞬間には、もう双子の姿は騎士たちの視界に映るかどうかというほどに離れていた。
「やっぱり凄ぇ、あの二人……!」
「今のって、魔法は使ってなかったわよね……?」
「素の脚力って事か!? どんな鍛え方してんだ……」
それを垣間見た騎士たちは一様に、スタークたちを称賛する旨の言葉をガヤガヤと騒ぎ立て、やはり小休止の際に彼らが送っていた視線や密談の中身は双子に対する憧れのようなものだったのだろうと分かる。
「六花の魔女の教え子、か……はは、敵わねぇな」
一方、先程フェアトに手酷く敗北したハキムだったが、すでに彼の脳内からは遺恨は消え去り、どころか諦めにも近い畏敬の念を言葉の節々から感じられた。
「……規格外、だな。 流石と言うべきか……」
更に、クラリアまでもが誇らしげな微笑みを浮かべつつ、いかにもな小声を持って双子を讃える中で。
「……」
リゼットだけは、そんなクラリアを据わった瞳で睥睨した後、双子が走り去った方向を見遣っていた。
──どこか、仄暗い感情とともに。
「少女二人に遅れは取るわけにはいかない! ヴァイシア騎士団の誇りにかけて迅速かつ適切に行動せよ!」
「「「はっ!!」」」
その後、再び長剣を掲げたクラリアの号令を受けた騎士たちは、つい先程までとは違いレコロ村を囲うような陣形を取る為に散開しながら団長に呼応し、スタークたちに遅れぬように緊急任務を遂行し始める。
(……何で、あんな子供たちが……っ)
そんな騎士の一部を先導していたリゼットは、バレない程度に強く唇を噛み締めつつ、脳内でのみ二人の少女に暗い昏い感情を抱いてしまっていたのだった。
その感情は、まるで揺らめく
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