第59話 二人一組の決闘

 クラリアの号令を受け、まず最初に動いたのは。


「俺が突っ込む!! お前は援護に回れよ!!」


「脳筋が……! だから組むのは嫌なんだ!」


 そもそも、この手合わせの発端となったハキムその人であり、いかにも重厚な大剣を軽々と振り回して双子の方へと突撃していくのを見たリゼットは、ハキムの背を忌々しげに見つめながらも腰の長剣を抜く。


 どこの国においても【騎士】というのは杖などではなく、その騎士団の誇りたる剣を触媒として魔法を行使するようで、ハキムもリゼットも剣に魔力を注ぎ。


「行くぜ餓鬼ども! あの六花の魔女がどうとかは大して興味もねぇが──ちったぁ粘ってみせろよ!!」


 二人一組ツーマンセルとは思えない一騎駆けをするハキムが挑発にも近い叫びを上げて、その全身が揺らめいて見えるほどの熱量を帯びると同時に振りかぶっていた大剣が形を変え──それは次第に鋼鉄の大槌と化していく。


 無論、六花の魔女の教えで魔法にも明るいフェアトは、ハキムが行使した二種の魔法を看破しており。


「【火強ビルド】に【土打ブロウ】……魔法、使いますか?」


 【ブロウ】──と呼ばれる属性に応じた打撃を発生させたり、または斬撃武器に打撃を付与したりといった用途を持つ【スラッシュ】と相反する魔法と、身体の熱量を上げて身体能力を向上させる【火強ビルド】を行使していると明かした後、魔法で対抗するかどうかを姉に問う。


「いらねぇだろ。 剣としての性能も試しときたかったし、ちょうどいい機会じゃねぇか? なぁ、パイク」


(りゅー!)


 すると、スタークは首や肩を鳴らして『魔法なんざ使うまでもねぇ』と迫り来る騎士を軽んじる発言をしながら彼女の腰に差された剣にスタークが目を落とすと、その声に応えるように剣が小さく一鳴きした。


 一方、充分すぎるほどに魔力を注ぎ終えたらしいリゼットは、その剣の鋒を双子に──いや、正確には双子が立つ地面やその白く細く綺麗な足に向けて。


「少女二人が相手でも加減は失礼だろう! まずは視界を奪わせてもらう──【闇眩ブラインド】!!」


 【ブラインド】と呼ばれる相手の視界を属性に応じた方法で封じる事ができる魔法を闇属性で行使した瞬間、剣の鋒に展開された紫色の魔方陣から放出された黒い霧のような何かが双子の方へ一瞬で忍び寄っていく。


「何だ──うわっ! 何だ!? 目ぇ見えねぇ!!」


 その霧に呑み込まれたスタークの真紅の瞳はジワジワと黒く染まっていき、あっという間に視界が完全に閉ざされてしまった事に焦り散らかしてしまう。


「……」


 一方のフェアトは姉とは違って焦る事もなく、あたかも【闇眩】を受けてしまっているのだとアピールするかのように空色の瞳を片手で覆い隠していた。


 無論、聖女や並び立つ者たちシークエンスの序列一位の魔法すら効かないフェアトに通用する筈もないのだが──。


「六花の魔女様を“先生” だなどと言うから少し構えていたが……どうという事はないな! 【氷縛バインド】!!」


 それを見たリゼットは、フェアトが六花の魔女を先生と呼んでいた事からも少々警戒していたが、『魔法は問題なく通用する』と判断し、ついでだと言わんばかりに氷属性の支援魔法、【氷縛バインド】を行使する。


 瞬間、視界を闇に包まれた双子──包まれているのは片方だけだが──の足元に藍色の魔方陣が展開されたかと思えば、そこから出現した水晶のような氷塊によって顔を除いたほぼ全身が凍りついてしまう。


「あ"っ、つ、冷て──冷てぇっつーか痛ぇええ!!」


「……」


 フェアトが全く声も上げず微動だにもしない中、冷たさを通り越して痛みすら感じていたスタークの身体は、すでに広範囲での凍傷を患っており、このまま放置すれば死にかねないと妹は誰より理解していた。


 氷の拘束具程度、スタークの力なら破れるだろうと思うかもしれないが、それが魔法によるものであれば彼女は残念ながら指一本すらまともに動かせない。



 これも全て、スタークの打たれ弱さがゆえに。



「や、やたら効くな……? ま、まぁいい、ハキム!」


 一方、大袈裟なほどの反応を見せるスタークに違和感を覚えるも、そんな場合じゃないと気を取り直したリゼットが未だ前進中のハキムに声をかけた。


「はっ、お前にしちゃあ上出来だ! 後は任せろ!!」


 そうこうしている間にも、ハキムは鋼鉄の大槌と化した大剣を地面に擦らせながら肉薄し、その摩擦の影響で火花どころか実際に火が着いた大槌を振り上げており、このままでは一撃の下に粉砕されてしまう。



 ──そんな危機的状況にあって。



(姉さんの事はパイクに任せるとして……この魔方陣の構築にも、その後の魔法の発生にも全く持って無駄がない。 流石は副団長といったところかな──でも)



 ──パイクがいるし何とかなるだろう。



 そう判断したフェアトが、スタークとは対照的に少しの凍傷すらも負わず視界も良好という健常状態のままに、リゼットの魔法の腕について独り言ちる中。



「こうなってくると虐めみてぇだが……俺も一人の騎士だ! 手心なんざ加えねぇ!! 受けてみろ──」



 どうやら先にフェアトをターゲットにしたらしいハキムが、【火強ビルド】で熱量が上がった影響か陽炎のように揺らめいて見える身体で肉薄しつつ、その赤熱した溶岩石の如き【土打ブロウ】製の大槌を振り上げて──。



「──【溶岩太鼓アグニドラム】!!」



 【土打ブロウ】を付与した武器に摩擦によって着けた炎を纏わせて相手を叩き潰す技なのだろう、その圧倒的な破壊力を持つ一撃をフェアトの脳天目掛けて見舞う。



 瞬間、補強されている筈の地面がけたたましいほどの音を立てて割れていき、それを見ていた部下たちは自分たちの力不足を心から実感するとともに、ハキムの実力を再認識して気を引き締める──筈だった。



 ──相手が無敵の【盾】でさえなければ。



「──お見せしましょう」


「は──っ!?」



 赤熱した大槌が少女の頭に──そう思っていたハキムの視界には、【氷縛バインド】で動けなくなっている筈のフェアトの右手が前に出されている光景と、【闇眩ブラインド】で真っ黒に染まっている筈のフェアトのが確かにこちらを見つめている光景が映っており。


(【闇眩ブラインド】も【氷縛バインド】も効いてなかったのか!? いや待て、わざわざ効いたふりをしてたって事は──)


 ハキムは瞬時に思考を巡らせ、あえて通用したと思わせたという事は必ず何か罠があると判断し、その大槌を騎士団一の膂力を持って止めんとしたが──。



 ──もう、遅い。



「無敵の【盾】の──真骨頂」


「……っ!!」



 ぐらぐらと沸騰するように赤熱した大槌が、フェアトの右の掌に今まさに触れた──その、瞬間。



 ──どぱんっ。



 と、そんな間の抜けた音とともに何かが破裂した。



 受け止めきれなかったフェアトの身体が?



 フェアトの守備力に負けた大槌と化した大剣が?



 ──否、そのどちらでもない。



 破裂したのは──。



「あ"──がぁああああああああああああっ!?」



 振り下ろす大槌をしっかり握っていた筈の──。



 ──ハキムの、だった。

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