第52話「無糖のコーヒーがほしい」
すぐに食いつくかと思ったけど、意外にもあまり乗り気じゃない様子だ。
「何か引っかかりますか?」
「素人の私が入っても足手まといにしかならないじゃない」
「そんな事はないですよ。春野先輩も料理を作りますし」
「それって私の事を遠回しに足手まといって言ってる?」
「いや、あの、言葉を――」
「むしろ自分が冬月君たちと同じくらい料理ができると思ってるの?」
俺の迂闊な言葉から春野先輩が落ち込み、フォローをしようとしたら俺の言葉を遮るように白雪先輩が春野先輩にツッコんでしまった。
それにより春野先輩が頬を膨らませて拗ねてしまう。
そして俺を味方につけようとしているのか俺にくっついてきて、仔犬が捨てられたような目で俺の顔を見上げてきた。
「手伝ってくださるだけでとてもありがたいですよ。足手まといとか、そんな事は考えなくて大丈夫です」
「本当にすぐ甘やかすのね」
「いや、今のは甘やかしたとかじゃなくて、心から思ってる事ですし……。ですから、白雪先輩もよかったら参加して頂きたいです」
「……考えておくわ」
白雪先輩は口に指を当てて考える素振りを見せた後、ゆっくりと頷いてくれた。
直観だけど、多分この人は手伝ってくれる。
春野先輩も仲がいい人がいたほうが安心できるだろうし、白雪先輩が来てくれる事はありがたい。
まぁ、翔太にはこの事は内緒にしておくけど。
◆
「はい、ここで有塩バターを入れて熱してください。いい感じに溶けたら、予め切っておいた具材を入れていきます」
今日はふわとろオムライスの作り方を春野先輩に教えている。
左手では春野先輩の左手の上からフライパンを握り、右手ではヘラと春野先輩の右手を握って料理を進めていた。
オムライスくらいなら先輩だけでやってもらってもいいような気がするんだけど、どうやら先輩は一人だとまだうまく作れないからこういうふうに手を取って教えてほしいらしい。
しかし――。
「…………」
春野先輩からは、返事がなかった。
横から顔を覗き込んでみると、心ここにあらずというのか、ふにゃぁっとだらしない笑みを浮かべていた。
前から時々ある、ボーッとしているような顔だ。
「あの、先輩? 聞いていますか……?」
「え? あっ、う、うん!」
声を掛けながらトントンと肩を叩くと、春野先輩がキョトンッとした顔で首を傾げた。
そして元気よく頷いたけど、これは聞いていなかった時の態度だ。
だって、子供が一生懸命に誤魔化そうとしているようにしか見えないのだから。
「料理に集中する事も大切ですけど、注意ポイントとかも言ってますので聞いていてくださいね?」
「う、うん、ごめんね……?」
「いいですよ、これから気を付けてくだされば」
申し訳なさそうに上目遣いで先輩が謝ってきたので、彼女が深く考えすぎないように俺は笑顔を返す。
これで先輩が年下だったら頭をポンポンッと叩いて安心させるのだけど、さすがに歳上相手にそんな事をするわけにはいかない。
まぁ春野先輩だと喜んでくれそうな気もするのだけど。
ここ最近二人きりになるとすぐにくっついてくるようになったし、やっぱり先輩はこう見えて甘えん坊のようだからね。
本当にかわいい人だと思う。
「無糖のコーヒーがほしい……」
春野先輩の相手をしていると、隣で料理をしていた人から少し疲れたような声が聞こえてきた。
隣を見れば、呆れたような表情でジト目を向けてきている白雪先輩と目が合う。
結局白雪先輩も来てくれる事になり、本格的に料理を練習するために春野先輩に付き添ってきてくれているのだけど……どうやら今は不機嫌らしい。
「あはは、本当この二人は相性ばっちりだよね。それで、ふぶきちゃんの調子はどうかな?」
「な、夏目さん……! は、はい、順調です……!」
うん、この人は誰?
――と思われたかもしれないけど、今しがた緊張したように返事をしたのは白雪先輩だ。
白雪先輩は憧れである夏目さんと話す時に緊張してしまうらしい。
普段はクールなのに、美優さんを前にすると少しだけテンパっている事がわかる。
何より、美優さんを見る時の目が子供のように輝いていて凄かった。
本当に心の底から美優さんを尊敬していて、好きなんだなという気持ちが伝わってきたくらいだ。
美優さんも素直で物覚えのいい白雪先輩の事が気に入ったのか、今ではまだ勤務時間にもかかわらず白雪先輩にアドバイスをしたりしていた。
なんでも、白雪先輩は磨けば輝く宝石のような子だという事らしい。
そんな抽象的な評価の言葉を使わずに素直に才能があると言えばいいのにね。
まぁ何か思うところがあったんだとは思うけど。
それに美優さんが白雪先輩に教えるようになったのはおそらく将来自分のお店で働く可能性があるからだろう。
美優さんは自分に憧れていると聞いているのだから、いずれ自分のお店のドアをノックしてきてもおかしくないと判断をしたのかな。
まぁそれに、自分のお店で働いてもらいたいというのもあるのかもしれない。
なんせ、白雪先輩は独学で覚えたにもかかわらず料理がかなり上手だからだ。
学生のうちから高い料理の技術を持っている人はそうそういない。
おそらく、要領がよくてセンスがあるのはもちろんの事、かなり努力をしている。
だから経営者としての顔を持つ美優さんも目を付けたんだろう。
美優さんは白雪先輩にコーヒーを渡すと、ニマニマとした笑顔を俺に向けてきた。
相手をすると多分めんどくさい事になるため、俺は気にせずに腕の中にいる春野先輩に集中するのだった。
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