”極真武”・”無手”開幕

「この前は、この≪帝都ムーダンに行ってきました・クッキー≫のせいで酷い目に遭ったよ」


 くだんの≪ムーダンに行ってきました・クッキー≫を食べながら、”極真武ジーヂェンウー”が開かれる会場の観客席でガンは愚痴をこぼしていた。

 会場は競馬場のような形の施設になっており、四方に観客席、中央に正方形の石で組まれたリング、開けている対角線上の通路から出場者の入退場、物資の搬入などが行われる。



 イメージとしては大きな運動会、競技大会を想像してくれれば良いだろう。





「タイチさんが買ってきた時はセンスを疑いましたが、さすがは青龍チンロン様の”迷い人ミィーレェン”。本質を見極める才能が有りますね。非常に美味しいです」


「ですねぇ。ツァィちゃんに買ってあげた”玉簪たまかんざし”。うふふ。私にも、ちゃぁんと、買ってきてくれてますからねぇ。うふふふふ。しっかりと、しっかりしてますよぉ、タイチさぁんは。うふふふふふふふふふふ」


 ガンが食べているソレを横から、ちょこちょこと食べるリウにジィェンが微笑みながら相槌を打っていた。

 ジィェンの差す”玉簪”はツァィに贈られたモノよりも装飾が派手で値が張るモノなので、を受けたと感じて上機嫌だった。



「……よ、良かったですね。ジィェン殿」


 当て馬にされた形のツァィだが、ジィェンに贈るなら自身のモノよりも豪華にしなければ”かど”が立つとタイチに忠告していたので内心は、ホッとしていた。



「いいモノ貰ったね! ジィェンちゃん!」


 素直に褒めるツァンだったが、そのにはタイチから贈られた平凡なオレンジ色の髪留めが光っていた。

 本来、左側頭部に在った”グゥイ”の”ジャオ”はタイチにより切断され、右の”角”は生え始めの極端に小さいモノだった。

 女性なのだから髪型で、もっとオシャレをしたいだろうと贈られた”角”を隠すだけの簡単で小さな髪留めだった。

 ”角”を隠すため、”鬼”を閉じ込めるために大きく包むために、お団子にしなくて良くなったために、いつもと違う髪型を楽しめるようになったのが嬉しく、タイチが誰に何を送ろうと気にしなかったのである。



「良かったぽよね。ジィェン」


「ジィェンお姉ちゃん! 良かったねーー!」


 ツァィと同じような”玉簪”を貰ったリーとクゥイも素直にジィェンを祝福していた。

 遊郭で一番の妓女ジーニュであるリーは経験から来る余裕と、クゥイは幼さから来る無邪気さでジィェンに嫉妬の心を持たなかったからである。






「しっかし、”無手”って人気ないね。お客さんも少ないし、出場者も少ないよ」


 クッキーをボリボリと食べながら、”無手”の開催されている現状が寂しいことをガンが指摘する。


「仕方ない事よ。”無手”、つまりは”白虎強化”か”青龍動作の最適化”が基本的に競われることになるのだからね。モノじゃないわ」


 皇帝などの重鎮にしか、その”媒介”を授けない朱雀ヂゥーチュエ精霊ジンリンであるホンは帝都に滞在する期間が長く、そういった世情に詳しいので解説を始めていた。




「”強化”で試合が決まれば、強く大きい方が勝つから見ていて大味で退屈。”最適化”で試合が決まれば、観客は記憶できないから退屈。だから人気も無いし、始まる前の段階で勝敗の予想が付くし退屈なのよ」


 ボクシングや柔道が体重別に階級が分かれているのは、離れた階級だと圧倒的になってしまって試合が成り立たなくなってしまう為である。

 体重、体格、筋力を覆す”最適化技術”は、【仙術シィェンシュ】によって得られたモノなら、いかに目を見張り、驚嘆する”技術”だとしても記憶が出来ないので面白味が無いのだ。

 大番狂わせ、下剋上、ジャイアントキリング、そういった観戦する楽しみが失われた”無手”の部門は、”仙術”と”武器”のくらいの意味合いしか持たれていない。






 ーーーーーー






「アババババ、アババ、アバババババババババ」


、”無手”は人気が無い。予選が行われるどころか、本選を開催するための8人が集まらなかった年が有るくらいだ」


 他国に誘拐される等の危険な俺を、フェイ・ランの父”フォヤー”が護衛する目的で付いている。

 俺よりも世情などに詳しいヤーから”無手”の不人気さを説明されていた。



「今回は国代表枠の4人以外、予選にか。多い方ではあるかな。普通なら1回、勝てば通過だが、


「アバババ、アバババババ」



 __『タイチの【武道】を多く見せたい故に、予選を全て出てもらうぞ』



 皇帝からの≪指名依頼≫の為に、本選出場のための基本的に俺が試合をすることになっているのだ。




「タイチが請け負う初戦の相手は……極東の”洋露波ヤンルーブォ”の新人だな。この国は世代交代したから情報が少ない。こいつは”仙術”で国代表枠だから、そこそこ強いとは思うんだが。聞いたことが無いヤツだ」


「アババババババババ」


 国代表枠は基本的に前回の代表か、その国で部門毎の最高の成績を収めた選手が選ばれる。

 しかし世代交代など、色んな事情から国代表枠が変更されることが有るようだ。

 先日に出会ったニーナも”新人”と言われていたし、”ヤンルーブォ”は世代交代したせいで要注意だという話だった。




「うおおおお! ギラギラと盛り上がってきたぁぁあぁぁあ!! フラッッァシューーーー!!!」


 全身がキラキラと、ラメ入りのド派手な衣装を着た猿の獣人の青年が、天空を指差しながら大声を上げている。


「うおおおお! 良いですね!! 盛り上げて行きましょう! ボンバァーーーー!!!」


 何故か触発された皇女のシーが青年と一緒に、天空に拳を振り上げながら叫んでいた……。



 …………アレが俺の初戦の相手か……。






「アバ……アバババ」


「ま、初戦は勝てるだろうが、次の相手は……。コイツは情報が全く無いな。たまに居るタイプだな。何処かの国で名を上げた訳ではなく、仕官などの目的で出場する無所属のヤツだ」


 俺が、もし負けたら代わりにアレの相手をするだろう次戦の対戦相手に視線を送る。




「………………」


 先ほどから、一言も発せずに俺に対して”殺気”を飛ばしてくる次戦の対戦相手。


「なかなか鋭い”殺気”じゃないか。なあ、タイチ。よりは歯応えと手応えが有りそうで良かったな。服装を見るに常夏の南国”タルワール”の出身だろうか」


 ヤーが言うように、中東系のターバンを目深に被り、マスクのような覆面で顔が良く分からない男が和装なら”大和ダーフォ”のように、中東系や南国系は”タルワール”に多い服装だ。



 ただ、コイツとは何処かで会ったような気がするのだった。






「予選を勝ち抜いても本選の相手はキツイのが多いぞ。アイツは初見だよな。”タルワール”の。前年の”武器”の優勝者。ポンチャイ・ウェストは強敵だぞ。……ここだけの話、。何度か仕事をしたことも有る」


 さっきのヤツと同じような中東系の格好の男、褐色の肌、灰がかった銀髪、少し長く尖った耳、亜人のエルフなのだろうか。

 壁に寄りかかって佇む姿に隙は無く、自分のことが話題になったことを遠くからでも感じ取り、一度だけ鋭い視線を送ると、退屈そうに元の姿勢に戻っていった。




「他にも本選には息子のフェイ・ラン。”ダーフォ”のヨシコ。”ヤンルーブォ”のニーナ。強敵揃いだな。受付の嬢ちゃんのために”無手”は最低でも優勝せんといかんし。難儀だな」


 確かに難儀なのだが、今この場で一番に難儀なのは






「五月蝿いゾ! さっきから『アババ』と! 数日間もウチのタイチにを付けて貰ったのだからナ! 自信を持て!!!」


「アババ、アババババ」


 いつの間にか、勝手に出場手続きをしていたトウコツがを激励していた。



 __『これは出来たらで良い。帝位継承権3位。ちんの娘のシーのことだ』



「緊張するなと言う方が無理な話だと、俺は思うがね、トウコツさんよ。曲がりなりにも”特級”しか出てこないような”極真武ジーヂェンウー”に。”1級”のコイツが出ることになったんだからな」



 ____『此度の”極真武”に際し、任せようとしたが。シーは出ると言って聞かなかった』



「俺のようにが掛かっている訳じゃない。気楽に行けよ___



 ______『シーを懲らしめて欲しい。本選にすら出場出来ないのが望ましい。そろそろ政務を覚えてもらわないとマズいのでな。それを口実に出るのを控えさせたい』



 ___チュイ。大丈夫だ。俺の言う通りにすれば勝てるさ」


 これ以上の緊張をさせないために、皇帝の”願い”は伝えていない。






「タイチ様の指導を受けたのですね! 私、楽しみです!! 良い試合をしましょう!!! チュイさん!!!」


「アイヤーー!? やっぱり、ワタシは場違いヨ! 帰りたいヨーーーー!!!!!」


 の二人が仲良く叫んでいた。






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