不安

『戦いの神とも呼ばれる”刑天シンティェン”は、基本的に村人などの弱き者には危害を加えません。が、出現から時間が経つと周辺の妖魔ヤオモが危険を察して人里などに逃げ込んできます。それは下級から、次第に上級。最終的には、獲物が居なくなった刑天までもが人里に来るようになります』


 チィェンから聞かされた刑天の特徴、討伐する理由を思い返す。

 最初に依頼を請けたパーティー一党が一ヶ月前に討伐失敗し、”願い依頼”を出した小和シャオフォ村に時間的な猶予は少ないだろう。



「ワタシの故郷、”小和村”は南西の遠い場所ネ。”ダーフォ”国との国境近く。早馬でも数日。大人数、パーティー一党で動くとなると馬車で、十数日程ネ。急がないとネ」


 故郷の危機に逸る気持ちを隠し切れないといった様子で、チュイが急かすように進言してくる。


「今回は時間も無いことだし、俺の【神技シェンジー】で一瞬で移動しようと思っている。逸る気持ちも分かるが、少し落ち着いた方が良いぞ、チュイ」


「え!? 今回は馬車を使わないですか!?? やった! 偉く賢いボクの繊細な、お尻が守られましたよ」


 馬車の固い荷台を苦手としている精霊ジンリンのシンが、移動に【神技】を使うことに歓喜しているが___


「馬鹿ね。行きは急ぎでも、。帰りは馬車に決まっているでしょ。覚悟なさいな」


「ええぇ~~!!? そんな~~! 結局、馬車を使うんですか!? やだ~~!!」


 ___同じく精霊のホンが言うように、帰りは馬車を使って帰ってくることになるだろう。




 ーーーーーー






「タイチさぁん。行きは良くても、帰りも有りますからぁ。皆さんの多少の着替えなんかの荷物と。お弁当を用意しましたから、持っていってくださぁい」


 参加できる力量の無いジィェンが、雑用を一手に引き受けてくれたおかげで支度はスムーズに進行し、すぐにでも出発できる所まで来ていた。



「…………」


「ん? どうした、ジィェン」


 それぞれに適切に分けられた荷物を手渡しながら、俺に渡す荷物だけ渡すのを渋られる。

 黙って、ただ黙って不安そうに俺の顔を覗き込みながら見つめていた。




。……、帰って来て、くれまぁすよねぇ」




 震える手で、潤む瞳で、食いしばった口元で、俺の安否を心配する姿が、そこに在った。




 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー




「こんなことを言い出したら、おかしくなったと思われるから言いませんでしたぁ」


 俺に頭が変になった女だと思われるのを恐れていたのか、言い出せなかったジィェンが意を決して言葉を紡ぎ出す。


「私はタイチさぁんとは、存在を感じていましたぁ。と言うのでしょうねぇ。……シライシさんとの後から。その感じています」


「……それはシライシとの一件で、俺に関わる人間が多くなった。だから、迷惑にならないように引っ越しを考えていることと関係が有るんじゃないか?」


「えぇ~~!!? タイチちゃん、引っ越しするお!? 全然、迷惑じゃないからツァンの所に、いつまでも居ても良いお!」


 居候させてくれているツァンは迷惑に思ってはいないのは分かっているが、”特級”として様々な依頼が舞い込み、悪神”四凶スーシィォン”の三苗トウコツに付け狙われる立場。

 遅かれ早かれツァンに、ツァンの大切にする育ての親の店に、迷惑なことになるのは明白なことだった。



「それとは一切、関係ありません。タイチさぁんが、居なくなるような漠然とした不安を感じています。ずっと……ずぅ~~と……シライシさんとの戦いの後から感じています」


 言い出しにくかったことを意を決して発言するほどに、ジィェンの中で一種の確信めいたモノが有るのだろう。

 ホンやガンちゃんのように、きっとツァンも気付いているのだろう調に気付いていないはずの、ジィェンの不安。


「不安で、不安で、堪りません。……タイチさぁんがに帰って来ない気がするんです。約束、してください。……また、帰ってくるって。」


「約束する。帰ってくる。リウに言われるように”無駄遣い”が多いからな。引っ越し費用を貯まるまでは、此処に帰ってくるさ」


 冗談を交えて不安を消すように答えたが、ジィェンの不安の表情は消えなかった……。






「村の場所はチュイの思考をリウが読み取って、目的地に誘導してくれ」


「分かりました、タイチさん。チュイさん、出来るだけ鮮明に故郷の風景を思い浮かべてください。出来るなら頭の中に地図を思い浮かべて、故郷の場所に印を付けるイメージ補足をしてくれると助かります」


「分かったヨ。お任せアレネ」




 もっとを考えるべきだったと、後になって思うことになるのだった。




「じゃあ、行ってくる。【瞬歩シュンブー】!」




 ーーーーーー

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 ーー


 ー




 ーーーーーー






「おおおお! ココは、確かにワタシの故郷! 移動の【神技】は初めてだけどネ。まさに瞬間移動ネ!!」


 遠き故郷へ、初めての【神技】で一瞬で移動できたことに無邪気に感動するチュイ。

 その瞳は幼き日の少年時代を思い起こさせるように輝いていた。




「「「「タイチ!」さん!」」様!?」




 そんな感動を消し飛ばすように、チュイの背後でタイチに憑いてきている精霊達の悲鳴が聞こえてくる。


「タイチ!!? どしたネ!??」


 即座に反応し、振り返ったチュイの眼に映ったモノは___






 ___自身のを抑えて、昏倒しているタイチの姿だった……。






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