仄暗き本性

 タイチとシライシの死闘から数日後の赤壁チービー帝国、帝都の宮廷の一室。

 ある男が、真っ赤な果実酒で喉を潤しながら、死闘を思い返していた。



……。確かにアレを犠牲無しで捕らえる、倒すのは難しいだろう。だからこその”搦め手”だったが。で、正面から挑むとはな……」


 シライシ、一人を制するのに兵士の多くを、フェイ・ランやシーといった勇者や英雄を失うのは国としての損得勘定では許容しがたかった。

 だからこその”人質”であり、”搦め手”であったのだった。



「あのような分の悪い戦いをするような”命知らず”などと、貴方は思っていませんでしたからね」


「本人ですら、生きたままで勝てるとは思っていなかっただろう。光武帝父上の問いに直接、答えなかったしな。良くて、刺し違える覚悟だったのだろうな」


 いつの間にか部屋に入っていた別の男の相槌に、驚いた様子を見せずに男は答えていた。


「あの男。タイチとか言いましたかな。あの男は、との想いの方が強かったと思いますよ。


「ほう! お前は、そう見立てるか___




 ___”渾沌コントン”よ」


 皇太子・ノンの部屋に忽然こつぜんと現れた男は悪神”四凶スーシィォン”の一柱、コントンであったのだ。




 ーーーーーー




 犬の獣人のような風貌で、その瞳は光を失っているように濁り、何処を見つめているのか定かではないコントンが見解を答える。


「タイチを斬った際にシライシは。アレが無ければ取られるより速く、取られても押し切っていたかもしれません。アレを”罠”として使っていたにしては、死を覚悟している悲壮感が強かったと愚考します」


「それが無ければ結果が変わっていたと言うか。であれば、この件。。下手に口封じをしたら、命懸けの"お節介焼き"が来るからな」


 コントンの見解を聞き、この事件からの一切の介入を取りやめることを決心する。



「元々、目障りな妹が諸国を漫遊するのを自重させられれば良かったのだ。父上も今回の件で以前よりも自由に漫遊を許さないようだしな。これで、シーの帝位継承権が上がることも無いだろう」


「その程度のことの為に大掛かりなことをしましたね。本当はのでしょう? ”賊”が処遇に困って殺しても良し、救出の際のどさくさに紛れても良し」


 コントンの問いには答えず、三日月のように歪ませた笑顔だけで答えていた。


「警告には、なっただろうさ。シーが守りたくなった薄汚いネズミ共には過大な恩情を与えて、ある程度の自由を許してやった。これ以上、派手には動き回らんだろう。ネズミ共、全員の安全と引き換えにな」


「怖い怖い。全員の所在を分散することで守りにくくして、『いつでも消せるぞ』と行動を制限する訳なのですね」


 バン達、灰鼠フゥイシュ族の”黄巾フゥァンジン党”に課せられた労役は夜間での運送、警備、農作業などの多岐に渡る労働。

 元々が夜目の効く種族であるため夜間労働が苦でもなく、素早いために夜に出没しやすい死霊スーリンからも容易に逃げることが出来る。

 ”罰”と呼ぶほどの過酷なモノでなく、実質的に放免と言っても過言ではない過大な恩情だった。



 手に持っていた果実酒を一気に飲み干すノン。


「それも形だけの警告だな。文字通り、命懸けでネズミ共の為に戦うだろう、タイチ。シライシと違って、公然と”人質搦め手”は使えない。シライシ同様、【武道】持ちは厄介だ」


 シライシのように弱点を突けないタイチの存在のせいで、よほどのことが無ければ切ることの出来ない手段カードになってしまったが、一応の牽制になっていた。

 空になった酒を補充しながら、新たにさかずきを用意し、コントンへと渡す。



「酒は人をので、私は好きなのですよ。渾沌の名に相応しく、私は混沌としたモノ、狂ったモノが好きなのです。【狂化クゥァンファ】が私の【神技シェンジー】」


「その自慢の【神技】で俺へと繋がる痕跡、証拠を狂わせ……俺自身をも訳だな。とんでもない奴に魅入られたモノだ」


 狂わせられ、自身が、自我が変貌していくことさえ受け入れられるように狂ったのか、コントンと酒を飲み交わしながら笑っていた。




「望み通り、俺が帝位を継いだのなら。だ。善人が死に、悪人が跋扈する。最高に狂った侵略戦争をしてやるぞ! 血が流れ、混沌とした愉快な戦場を用意してやる!! そして、俺が世界の頂点に立つのだ!!!」




 ーーーーーー

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 ーーー


 ーー


 ー






 私は貴方に惹かれ、確かに貴方の野心のために尽力してきましたが___



 ___別に、貴方を【狂化】していませんよ?




 私に狂わされたのだという口実を、理由を見出したことで本来の狂った本性が出て来ただけなのです。

 その闇よりも昏く、仄暗い狂った本性、野心に引き寄せられるように私が来ただけなのです。



 その他人の血を、地位を、命を求める欲深き本性は、生来のモノなのですよ。




 狂ったという点では、タイチとかいう男も素晴らしい。


 トウコツが先に目を付けていなかったのなら、私が手を付けてしまいたくなるくらいに

 他人の為に誠心誠意、己の命を捨ててまで助け、尽くすのは”種族全体ヒト”として正しいですが”個人ヒト”としては、どうでしょうか?



 今回は収支がプラスでしたが、あのような我欲を排した生き方は

 他人のために”媒介”を使い果たすことだって有るだろうし、実際、今の今まで余分を確保していなかった。



 ”善”としての生き様は気に入りませんが、ノン様と同じように私を楽しませてくれると、ありがたいですねぇ。






 是枝これえだ太一たいち消滅まで、あと三年と九ヶ月……。






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