拳鬼

「【対龍ドゥイロン】!!!」


 竜ではなく青龍チンロンと対する白虎パイフーの如き【神技シェンジー】。

 タイチは身体強化の【仙術シィェンシュ】の最高峰【白虎青龍に対する者】で、その身を強化していた。



「”圧”が増したが、それでもかね!!!」


 生前からうたわれたシライシの【居合】は、【仙術】によって文字通りの神速の域に達しているのだ。

 相手がタイチでなく、白虎であっても制空圏に入ったのなら斬り伏せる自信が有った。



 タイチの【神技】による【結界】の中に閉じ込められた者達が固唾を飲んで見守る中、両者の位置が段々と近づいていく……。



「これが【武道】。【武道】同士の戦い……」


「タイチ師父シーフー……。拝見させて頂きます」


 念願のタイチの【武道】を目の当たりにしたのにも関わらず、極上の殺気の飛び交う戦いに静観するしかないシー。


 隠蔽のための【仙術】も使えぬ程に集中したタイチから少しでも学ぼうと、破れたのなら次は自分が仇を討とうとシライシの挙動を分析するのに集中するフェイ・ラン。



 先日の戦いの再現のように動かぬタイチと、にじり寄るシライシの距離が近づいていく……。



ちんの名。”光武グゥァンウー帝・ダオ”の【武】と【道】。その字を持つ技術を使う者達か……」


 この世界の、ありとあらゆるモノを見てきたと思っていた皇帝・ダオですら見たことのない緊迫感で言葉が出てこなかった。



「これが【武道】。……


 大きくすだれの掛かった冤冠ぼうしのせいで表情が読めぬ皇太子・ノンが静かに呟いていた。



 両者の位置が、距離が、ゆっくりと近づいていく……。




 ーーーーーー




 シライシの制空圏が近づいてくるのに対して、何もしないように見えるタイチは、”動かない”。

 タイチの持つ【武道】の中で最も自身に適し、一流プロを超え、達人の域に達している【武道】を使っているのだ。

 前世でも、今の生でも最も多く、その技術だけをもちい、表立って使【武道】。



 その名を【合気道】!!!



 理念上、攻防一体の最強を謳う【武道】であるが、完全に相手の気配を、殺気を感じ取る必要が有るため現実的では無い【武道】。

 道場での約束事【型】通りでしか通用しない悲しき最強の【武道】。


 を司る青龍の下に”迷い人ミィーレェン”として落ちる程に相手の気配の、殺気の、動きの流れを読む技術だけを用いてきたのだ。




 前世で超えられなかった人間ヒトとしての限界を超えることで、初めて使われるタイチの最高で、【武道】!!!




 ーーーーーー




 シライシの灰色の片目に、タイチの姿が映っている。

 前回と同じように動かぬタイチを不審がりながらも、必中の制空圏に捉える為に近づいていく。



「終わりだね!!!」


 制空圏に首が、頸動脈が入った瞬間に放たれた



 しかし、瞳に写るタイチは変わりなく立ち尽くしていた……。



(空振り!?? ありえない!!?)


 瞳の中のタイチが動いた素振りも感じず、いつも有るはずの”ムラマサ”の手応えも感じなかった。

 確かなのは、制空圏から離れているタイチとの距離だけだった。




 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー





 ほとんどの者からは、何も行われていないように見えていただろう。

 両者が、すり足で一定の距離を保って動いているようにしか見えなかっただろう。



 たった1メートル動く間に、両の手指でも数えきれぬ斬撃がタイチを襲っていたのを。



「……出し惜しみは、無しだね!!!」


 このままではらちが明かぬと、今まで【居合】の一瞬だけ使っていた【仙術】を最初から全開にして対抗する!


 殺せさえすれば、タイチの持つ”媒介”が手に入り、術者が死んだことで【結界】が消える間に【在留】を使えば【消滅】を克服出来る。

 屋敷の中に居る”媒介”持ちと抵抗してくる者、国の関係者を殺せば多量の”媒介”を手に、バン達家族と何処までも逃げられると夢想するのだった。



「法を犯し、人を殺して生きるのは”正しくない”。ツァィは≪正しく生きて欲しい≫と”願い”をしたんだ!!!」


「知った風な口を!!!」


 全力のシライシの【居合】がタイチの【合気道】と交錯する!!!






 ーーーーーー






 シライシはを感じていた……。



 タイチの右腰から胴を両断し、左の脇腹を抜けたはずの”ムラマサ”から伝わってくる妙な手応え。


 を両断した感触は有るが……感触が無かった。

 ような全身の痺れと硬直が襲って来ていた。



 しかし、動揺を押し殺し、【消滅】が進んで”ムラマサ”を振るえなくなる前に、二の太刀でタイチを殺そうと即座に大上段に構える!



 タイチの使う【合気道】の相手は”刀”を想定している。



 神速の【居合】でなくとも、シライシの使う剣術の全ては目にも止まらぬ速さを誇っていた!!



 相手の【気】を読み、【機】を読み、【起】を読み、”刀”を制圧する奥義の名は___



 片手の【居合】ではなく、多少の速さを犠牲にしたでの斬撃力は、まさに一撃必殺!!!






『敵は、自分が出来ることは、出来て当たり前だと思え』






「あははははははは!!! !? いや、あの時より速く鋭いはずなのにね!!?」



 ___シライシの凶刃を止めた奥義の名は、【白刃しらは取り】!!!




 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー






 物を掴む時に重要な指は、端の指なのだ。


 親指は言わずもがなだが、が重要であると知っている者は少ない。

 ヤクザが辞める時や破門の際に小指を詰める切断するのは、二度と刃物仕事が上手く出来ないようにするためなのだ。



『そうだね。……とりあえず、俺に一撃、入れてみせろ!!』


「先日の問いかけ! 今!! ココで証明する!!!」


 万全の状態のシライシであったなら、こうも容易く”ムラマサ”を奪われていなかっただろう。

 左手のが存在していたのなら、挟み込まれたのを物ともせず、そのまま両断していたかもしれない。



 ”ムラマサ”を後方に放り投げる際に、の隙間から、フェイ・ランの渾身の一撃にも耐えた___



 ___妓女ジーニュチィウリーから贈られた煙管キセルが、両断された状態で零れ落ちていた……。



「【消滅】を俺とは違って!? 反撃への足掛かりにしたのか!?? タイチ!!!」


 武器を失ったとはいえ、シライシは

 戦意を微塵みじんも失わず、素手による格闘術で応戦しようとするが、悲しいかな、二人を隔てたのは積み重ねた



 シライシの時代よりも研鑽を、歴史を、積み重ねて来たタイチの【武道】の方が、遥か高みに居るのだ!!




「奥義___


 フェイ・ランの奥義を目の当たりにした時にタイチによぎった、ある【武道】の技。

 密着した状態から放たれる【武道】に酷似していたため、即座にタイチは模倣が出来たのだ!



 ___【ヂェン寸勁ツンジン】!!!」


 その【武道】と技の名を、【截拳道ジークンドー】の【寸勁ワンインチパンチ】!!



 青龍、白虎、玄武シェァンウー朱雀ヂゥーチュエ、”四神スーシェン”全ての精霊ジンリンが揃い、元からの【武道】により底上げされた改良版!!!




 ーーーーーー




 肉を叩いたとは思えないような乾いた音が響き渡り、シライシの全身を駆け巡り、背中から抜けていく見えぬはずのが見えたような錯覚。



 噴水のように口から血を噴き出しながら、膝から崩れ落ちるシライシが、死ぬなら前のめりだと言わんばかりにタイチの衣服を掴んで覆いかぶさる。




「……見事だ。”童貞”などと言って、済まなかったね。……戦争を経験していない若造が、ここまで迷いなく出来るとは思えなくてね」


【消滅】しかけ、死にゆくのも相まって、シライシの弱々しい声はタイチにしか聞こえていなかった。



「”童貞”なら。既に捨てているさ」


 それに答えるタイチの声も、シライシにしか聞こえていなかった。



 死闘を終えた二人の誰にも聞かれない声なき笑いが零れていた……。




「”ムラマサ”を譲ろう。”日本人”だからというだけでなく。”かたな”は俺の”魂”だ……。俺の代わりに、バン達を。魔を討ち滅ぼす本来の使い方を、誰かを___




 ___やってくれ……ね…………


 そう言い残して、前のめりに、玄武の下に迷い出た一人の”迷い人ミィーレェン”が、前のめりに、玄武の象徴たる大地に抱かれて、その第二の人生を終えたのだった……。






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