最後の精霊

 主に”蒼”を基調にした中国風の礼服、ふちを銀糸で縁取り、留め具ボタンには亀の甲羅を思わせる意匠デザイン

 全身を這う、派手な青龍チンロンがデザインされているが、服と同系色のため派手になり過ぎず、格式高いクラシカルな場面でも使える服を着込む。

 俺が神の、”四神スーシェン”の内、三柱との縁があること示すための証の意味が込められているのだ。



「凄く似合ってるけど、わざわざ新調する必要あったの? タイチ様」


「非公式とはいえ、皇帝と謁見するんだぞ。普段着って訳にもいかないだろ? ガンちゃんだって似合ってるし、作っておいて損は無いだろ」


 俺だけでなく、精霊ジンリン達の服も新調した。

 ガンちゃんの普段、着ている薄いピンク色の少しだらしない服装ではなく、白を基調とした清潔感溢れるチャイナ服。

 俺の銀糸で作られた模様と同じく、縁を桃色の糸で”虎”の爪を模したギザギザ模様を施してある。

 大きく張り出した胸が苦しくないように、胸周りに気を使った一品だ。



「申し訳ありません。タイチ殿に兄達を止めて頂いたばかりか、こんな素敵な服まで頂いてしまって」


 皇帝に事の経緯を説明する、兄達の”死罪”回避の陳情をするために参加することになったツァィが恐縮していた。

 灰色の着古したボロボロの服ではなく、薄い黄色を基調とした平凡なチャイナ服。

 最低限の礼節、減刑を求めるという立場であることから飾り気の無い安価な礼服だが、物語の”姫”のようだと喜んでいる。



 この貧困のために、今回の事件が起きてしまったのだ。



「まったく! タイチさんは無駄遣いが過ぎますよ。私達は全員、こういった礼服が有るのに作るなんて」


 ”招き人ヂァォレェン”に付き添い、この世界に変化をもたらす精霊には、クラシカルな礼服になる用意は有る。

 無駄遣いを諫めながらも、普段の薄い青色の質素な服でなく、黒を基調として銀糸で青龍を模したデザインが嬉しいのか、尻尾を小刻みに動かすリウ。

 ガンちゃん同様、尻尾や鱗が引っ掛からないよう機能にも優れた一品だ。



 ちなみに”胸”周りは気にする程ではない。



「”示す”ことも大事さ。交渉とかでは特にな。似合ってるんだから良いだろ? 可愛いぞ、リウ」


 文句を言い、顔を不機嫌に歪めているが、内心は”可愛い”と言われて嬉しかったのか、より大きく激しく尻尾を動かしていた。

 皇帝に今回の件、バン達の”死罪”回避のために交渉する際に、神と精霊にも懇意だと”示す”ためにも必要なことなのだ。



「フフーン! この偉く賢いボク! このボクの新しい格好についての感想は無いんですか? タイチさん」


 ”可愛い”と褒められたリウが羨ましいのか、シンが無い胸を大きく張って要求してくる。

 普段の茶色のカッチリしたものではなく、鮮やかな碧色みどりを基調とし、手足の縁を金糸で甲羅を模したハニカム模様。


「ハイハイ、カワイイ、カワイイ。シン、カワイイ」


「前から薄々、思ってましたけど!? タイチさん、なんかボクにキツくないですか!!?」




 ーーーーーー




「あ!? タイチ様!! 助けられた時、以来ですね!!!」


 皇帝の待つ、領主の謁見の間に入った途端に投げかけられた、厳粛な場にそぐわぬ大声。

 一瞬、子供クゥイちゃんに話しかけられたのかと目を向けるが、領主父親達の隣で普段より大人しく、最上級の礼服に身を包んでいるのが見えた。



シャオ・シー。厳正な場だ。不用意な発言は控えるように」


ノン兄様!! ですが、私は来たんです! それが、会えたと思ったら今まで屋敷に閉じ込めるなんて、酷いです!!」


 捕まっている時は、長く紅い髪をポニーテールのように結んでいたが、どのように結んでいるのかも検討が付かないくらい複雑に結い上げ、首が凝りそうな程の髪飾りを差している。

 、気品溢れる美少女なのだが、皇女のシー様は少々おてんばのようだった。


 それを諫める”ノン兄様”と呼ばれた男は、前が見えるのかというくらいのすだれの掛かった御立派な冕冠ぼうしを被っていて顔が分からない。

 と、俺の直感が告げているのだけが分かった。




とはいえ。ちんが軽率だった。もっと護衛を厚くするか、道程を悟られないようにすべきだった」


 漢服と呼ばれる、イメージとしては日本の十二単じゅうにひとえに似た、一人では着れそうもない豪華な衣服を身に包み、ノンと同じような冤冠をした壮年の男性が発言をする。

 シーと違って、決して大きな声ではないが良く通り、そして



 為政者たる高貴な声。



 これが、この世界、この国、赤壁チービー帝国。そのみかど、”光武グゥァンウー帝・ダオ”に間違いなかった。




「まず、朕の可愛い娘。シーを取り戻した者達。領主・シュ侯と、タイチなる者にを取らせよう」


 何処からともなく、締め切られているはずの室内に一羽の真っ赤で鮮やかな金糸雀カナリアのような小鳥が、旋回しながら皇帝の肩に停まった。



「ピョヨヨヨヨ! 感謝しろヨ。今では、俺様の”媒介”は激レア! SSR級だからな!」


 小鳥の正体は”四神”の一柱、朱雀ヂゥーチュエだった。




 ーーーーーー




 俺の世界で”石油エネルギー”を制するモノが世界を動かすように、近代的な技術が存在する世界での動力エネルギーに対する重要度は大きい。

 最も影響力のある皇帝に、積極的に”媒介”を与えることで世界での信仰を効率的に集めることに成功していた朱雀。


 ”媒介”一つで、この世界での近代的な街の一年の電力、水力、火力、風力、ありとあらゆる動力エネルギーを賄える朱雀の”媒介”。


 各地の領主達は貯めこんだ青龍チンロン白虎パイフー玄武シェァンウーの”媒介”の数個を使ってでも皇帝の”願い”を叶えようとする。

 見返りに街の為に朱雀の”媒介”を手に入れ、街を豊かにするために奔走するのだ。



「私は皇帝の”願い”を叶えようとした訳ではありません。その”媒介”を受け取る資格は無いのです。出来ますれば、私の分も領主様に」


 周囲のほとんどが信じられないモノを見る目で見てくるが、俺を知る街の人間、精霊達は『やれやれ』といった表情で見ていた。



「噂通りの謙虚で、頑固で、誠実な男だな、タイチよ。だが、コレは朕の”願い”を叶えた褒美では無い。朱雀からタイチに”願い”と言うのか。提案が有るそうだ」


「ピョヨヨヨヨ! 正直、”迷い人ミィーレェン”が上手く”願い”を叶え続けるとは思ってなくてな。青龍の提案に乗る気は無かった。お前に与える”媒介”は、提案を受けるという意味ヨ」


 貪欲に、皇帝という最大の影響力のあるスポンサーを手にして尚、他の神への信仰を少しでも自身への信仰に還元しようとするための”媒介”。

 俺の活動に自分も加担していると”示す”ことで、俺の功績を受け取るための配当金の意味が有った。



 勝手に俺に憑いてきているシンが、『あれ? ボク、”媒介”渡してなくない?』と困惑し始めているのを感じた……。



「当然、支援として精霊も憑けよう。ホン! ホンは来ているかヨ!?」


「聞こえているわよ。甲高い、耳障りな大声を上げないことね」


 室内に巻き起こる色とりどりの羽根の旋風から聞こえてくる高圧的な声。

 旋風の中心から、長い赤茶色の髪を優雅に風に遊ばせながら出現する。

 挑発的で、煽情的な赤紫色のセクシーなチャイナドレスを着た、切れ長の鋭い目つきの孔雀の亜人の精霊。




朱雀貴方が皇帝に飼われて、せこせこと”願い”を叶えなくて良くなったと思ったら。”招き人ヂァォレェン”でなく”迷い人”に憑けとわね。私が憑くからには、あまり手間を掛けさせないでね、タイチ


 こうして、”四神”全ての精霊が俺に憑くこととなった。






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