”二つ名”を冠する者達

ご機嫌な朝飯

 朝早く、まだ夢見心地のなかで聞こえてくる、食材を軽快に刻む包丁の音。

 汁物が煮込まれ、じっくりと魚が焼けていく良い匂いが、タイチの寝室まで届いていた。

 匂いに、実家を出てからは用意の出来なかった匂いに食欲をそそられたのか、食卓へ向かっていた。


「あ、おはようございまぁす。すぐ出来ますからぁ、待っててくださぁいねぇ。うふ」


 タイチが座るはずの席に、すぐに用意された熱い茶と今日の朝刊が置かれていた。


≪義賊”黄巾フゥァンジン党”。悪徳金貸しを襲撃。店主、護衛を含む7名を斬殺。末端の従業員は縛られていたものの無傷。窃盗だけだった数年前と違って、2年前から殺人を犯すようになってから、ついに今年は3件目の襲撃≫


 物騒な見出しの最近、話題の強盗団の記事を読みながら、世話になっているツァンの店の防犯事情を考えているのか、タイチは渋い顔をしている。


「怖いですよねぇ。ウチは悪徳なんかとは無縁ですから安心ですけど、なんて怖いですよぉ。……もし、私が巻き込まれたら、助けてくれますかぁ?」


ジィェンだけじゃなく。俺の手が届く範囲に居る、善良な人達は可能な限り助けるさ」


 タイチからされなかったが、助けると言われたことに機嫌を良くしたのか、いそいそと甲斐甲斐しく朝食の準備に戻っていった。



 独り暮らしの男の朝食では用意するのが困難な、が並ぶ。


 シンプルな豆腐とワカメの味噌汁、甘い卵焼き、魚の塩焼き、サラダ、ごはん。


 日本人が考えるであろう単純で、至高の朝食の一つの形が、そこには在った。



 中国風の異世界で、日本人の男女が巡り合ったおかげで生まれた、が、そこには在ったのだ。



 ーーーーーー



「ふわぁぁあ。凄いお。美味しそうだお」


「タイチさんから、ツァンさんの店で働かせると言われたので、接客は前職の方から習ってそうでしたけど。料理も出来るなんて凄いです」


 出来上がった朝食の匂いに誘われたのか、ぞろぞろと起き出してくる。


「ジィェンもタイチ様と同じ世界からの”迷い人ミィーレェン”なんだよね。タイチ様みたいに、を名乗らないのかな?」


「本人が心機一転。前世過去は捨てて、今を生きていきたいと言ってるからな。好きにさせよう」


 当然、俺はジィェンの本当の、日本名を知っているが、それを言うと”知り合い”だったのがバレるので言ってはいない。


「フフーン! 尊く慈悲深き玄武シェァンウー様から頂いた名前を名乗るとは殊勝ですねえ」


 成り行きで付いて来た玄武の精霊ジンリンシンが何か言っているが、そういった理由で名乗っているのではないのだろうと思う。



 ーーーーーー



「さあ皆さん、食べてみてくださぁい。お口に合えば。うふ。嬉しいですぅ」


「うわぁあ、コレって”ミソ”でしょ? タイチ様、僕コレ苦手。だって見た目が、ウ〇コみたいじゃん」


「……ガンちゃん。絶対、言うなよ。言ったら二度と食事の時に【実体化】させないからな」


 正しい作法にのっとれば、【実体化】せずとも食事を取れるのだが、ジィェンが精霊達の反応を見たいと言うので【実体化】させる前の発言で良かった。



「ふうわぁ……。美味しいです。ツァンさんのように、ガツンと来るものが有りませんけど。優しくて、染み入る、朝に相応しい食事です」


「美味しいですね。偉くて賢いボク。可憐で健気なボクに相応しい繊細な味ですね!」


 ジィェンにも見えるように【実体化】したリウとシンが、料理に賞賛を送る。


「ガンちゃん、さぁん。何か苦手なモノでも有りましたかぁ?」


 味噌汁を手に、苦い顔をしていたガンちゃんが、不安そうに覗き込むジィェンの視線に意を決して一息で飲み込んだ。


「……っ、プハァ!! 美味しい!? 何コレ!?? 本当に”ミソ”? めっちゃ美味しいじゃん! ”ミソ”なんて”クソ”だと思ってたけど、食わず嫌いだったよ。タイチ様!」


「? え? ? え??」


「……めっちゃ美味しいだとさ。良かったな、ジィェンさん。俺も滅茶苦茶、美味しいよ」


 を言うなを”クソ”と言いかえただけのガンちゃんの発言を、少し強引に誤魔化す。


「うふふ。お口に合って、良かったですぅ。それに”さん”は要りませんよ、タイチさぁん。私は貴方の物なんですから、気楽に呼び捨ててくださぁいねぇ。うふふふふ」



 多少の波乱があったが、楽しく和気あいあいとしたの時間が過ぎていく。



 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー





「あれ? タイチさん。そんな立派な煙管キセルでしたっけ。また無駄遣いしたんですか! ジィェンさんみたいな件も有りますし、お金は貯めておくのが一番ですよ!!」


 食事を終え、食後の一服をしている時に目ざとく俺のキセルが変わっているのに気付いたリウが、無駄遣いだと騒ぎだした。


「ああ、コレはチィゥリーからの追加報酬みたいなモノだ。無駄遣いではないよ」


 まさか俺のタバコとの交換が、一服だけではなく、リーのキセルごとの交換だったとは夢にも思わなかった。

 あまり飾り気は無いが、ちょっとした刃物や打撃に余裕で耐え抜き、”仙力シィェンリー”を込めれば妖魔ヤオモの攻撃ですら耐えられる代物だ。

 相当に高価なのだろうが、惜しみなく交換したリーは、流石は色街一の妓女ジーニュだと再認識したのだった。


「チィゥ・リー。タイチちゃんと、寝た女の人……」


「うふ。うふふ。うふふふふふふふふふふ」


 リーの名前が出たことで、ご機嫌な朝飯の空気が変わる。

 いつ”消滅”するか分からない俺に好意を寄せてくれているであろう女性から幻滅されるために、何も無かったとはいえリーと一晩を過ごしたかいがあったようだ。

 嫌われる加減を間違えると、ジィェンやツァンから刺されるかもしれないから、程々にしておかないと危険だがな。







「ヤッホーーーー! タイチぃ!! またセック〇しよ、ぽよ!!!」



 俺の世界での一昔前のトレンディ・ドラマの名セリフと共に訪れたリーのおかげで、張り詰めた均衡が崩れる。

 ご機嫌な朝飯が一転、鬼が住むか邪が住むか”伏魔殿修羅場”と化す。




 今日は、俺の命日なのか?






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る